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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第1章 鋼竜討伐篇
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異世界画材店未来堂

『異世界画材店未来堂』


 ボロい。ボロすぎる。それが看板を見た俺の第一印象だった。

 極東文字で書かれた店名は何を売っているのか一目瞭然だった。

 

 とはいえ、だ。

 なにゆえ、だ。


 何故にその看板は大火の後の炭の塊のように真っ黒になっているのか。

 まあ、考えれば答えは簡単なもので、ただ単に手入れを怠っているのだ。


 この俺、ケンシロー・ハチオージ様の就職先がこのざまとはなんとも笑えない。

 ヴィクトリア帝国の首都ヴァレリーの魔法騎士養成学校で大剣士と呼ばれた俺は、宮廷騎士となるためにこの大都会に来たというのに、流れ流れて画材屋にて働くことになったのだ。


 志は高かった。それは間違いないのだが、どうして才能は俺に微笑んでくれなかったのか。


 どうしようか。うん、俺の歴史を少しだけ振り返ってみよう。


 ケンシロー・ハチオージはヴィクトリア帝国の極東・ハチオージ村で農家の息子として生まれた。おぎゃあおぎゃあと暴れて産婆のあごを蹴り上げて気絶させたらしい。

 なにかと事が起きれば喧嘩をするような子どもで、木の枝や氷柱なんかを武器にすれば大人でさえ手が付けられなかった悪童だった。


 そんな素行の悪さから、友人は少なかった。


 年の頃が十三になる時だった。村に隣村を荒らしていた山賊が現れた。そして奴らは当然のごとく乱暴狼藉を働いた。

 だもんで俺は村長の家の片刃刀で奴らと戦った。なんとも驚いたのは俺自身だ。村に出現した山賊合せて十六人全員を易々と斬り殺してしまったのだから。


 そうなると村の人間は三種類に分かれたのだ。


 ひとつはケンシローを英雄として称賛した。

 ひとつはケンシローを異端として拒絶した。

 ひとつはケンシローを悪鬼として敬遠した。


 俺の扱いに困った村民、村長は俺をヴァレリーの学校に通わせることにした。


 体よく村から追放されたのだが、村の農民よりも宮廷騎士のほうが魅力的に感じた俺はその提案の意味を知りながら承諾して魔法騎士養成学校へ入学した。授業料は村から出してもらっている。


 しかしそこで待っていたのは最悪の日々である。


 剣の振り方しか知らなかった俺は座学と魔法学に対して悉く遅れを取った。全く分からないのである。剣技だけなら学内一位の成績を叩き出せたのに、それ以外ではからっきしだ。


 よって一年に一回ある騎士団への入団試験に悉く落ちた。


 魔法が使えない。

 一般教養がない。


 そういった理由で悉く、だ。各騎士団に入れる最低ラインは基本的な戦闘術・魔術・学術を兼ね備えたもの……であるからして、俺は受からなかった。そして四年目である現在。


 とうとう村からの仕送りが尽きた。


 尽きたことにより、まず生活費がなくなった。暖炉の炭も夏にかける上掛けも勉強に使う藁半紙も夜を照らすロウソクも買えなくなった。男の嗜みである春絵なんてもってのほかだ。


 それよりも俺が一番困ったのは、入団試験の受験料を払えなくなったことだ。


 魔法騎士予備生の肩書きさえあればいくらでも銀行から借金できたのに、極東の田舎から出てきた狼藉ものに誰が融資しようか。いや、しない。


 さらに困ったことに、学校の授業料も払えなくなったのだ。学校といえど、向こうも商売だ。なにゆえに俺が入学し、四年間も学校に在籍できたかといえば、向こうさんも授業料が欲しいからである。


 マネーさえ手に入れば学生が魔法騎士になれなくてもいいのだ。……もちろん就職率は気にしているようなので、あぶれた者には騎士以外の就職先を斡旋する。


 そんなこんなで余りものケンシロー・ハチオージに回ってきたお鉢は、


『異世界画材店未来堂』


である。ちなみに書類選考だけで内定が取れてしまった。


「金が払えねえとなると向こうさんも行動が早いねえ……」


 俺には剣の才能はあっても騎士の才能はなかったようだ。

 才能と呼ぶか、素質と呼ぶかは人それぞれだが、


「俺もいちおう、努力はしたんだけどな……」


 魔導暦三六八年春季。

 今年で十八になる俺の就職先が決まった。


「……つうかよ……俺は画材店でなにすればいいんだ?」


 俺の将来設計では、騎士の中でも最高位の宮廷騎士となって皇帝陛下を護ったり、市井を脅かす邪竜の類を討伐したり……そこからの宮廷騎士団長になり、富と名声を勝ち取る予定だったのだ。画材店では絵筆と絵の具しか掴めないではないか。


 なぜ俺がこの店の求人に食いついたのかと言うと、少しだけ絵が上手いということと、求人票に『体力のある人、歓迎!』と書いてあったからだ。それくらいしか俺に売りはない。


 まあ、店先で立ち尽くしているわけにもいかないので中に入るしかないが、俺がつっ立っている間、この路地に人っ子ひとり現れないあたり、つまりはそういう店なのだろう。かわいそうだ。俺が。


 ……と、そういうわけで店のドアをノックする。店の名前は極東文字なのに扉は極東仕様ではないのな。


「……」


 返事がない。この店は屍かなにかか?


「まあ、返事がないなら自分で開けるよな……」


 なにせ自分の生活費を支給してくれる『職場』なのだから。働かせてもらえなくては困る。

 ドアノブをひねって扉を開けると、カランコロンと鈴の音が鳴る。


「ちわーっす……」


「……」


 店内に入ったはいいものの、やはり返事はなかった。そして店内には明かりが灯っていなかった。燭台はあるのにロウソクはない。薄暗くて店内の様子がよく見えない。


「すんませーん……ハチオージなんスけど……」


「誰?」


「いや、だれっつか……どこっスか」


 ようやく返事が来た。しかし声のした方を見ても暗くて声の主は見えなかった。


「ここだよ」


 その声が聞こえるとともにピョンッと俺の頭に小動物が乗っかる。

 俺は唐突な重圧に「? ? ?」と驚いて辺りを見渡した。


 なんだなんだ今度は? と頭に手をやろうとしたら対象はピョンッと跳びはねて薄暗い店内に跳び退る。


 するとなにもない燭台から炎が灯った。火炎魔法の一種だ。


 柔らかいオレンジ色の炎に照らされた対象の姿は…………猫、毛の青い猫だった。


 おお。賢獣か? 変身か?


 人間並みかそれ以上の知能を持った動植物を総合して賢獣と呼ぶ。

 対して人間にも動植物に変身してぱーちく喋る魔法を使える者がいる。

 首都ヴァレリーでは双方が入り混じっているので判別がしづらい。


「こんにちは。我が輩は猫でしゃる。名前はアオネコ。賢猫アオネコでしゃる」


「……賢猫さんでしたか」


「なにか御用でしゃるかな。我が異世界画材店未来堂へ?」


 給料袋が欲しいんだが。

 さすがに堂々とそんなことは言えなくて、「あ……っと」と辺りを見渡す。なるほど店名の通りだ。色々な国(国風?)や地域の画材が陳列されている。俺の故郷、極東諸島の墨筆まで網羅しているではないか。なるほどまさしくこの画材店は『異世界』なわけだ。


「俺は今日からここで働かせていただくことになったケンシロー・ハチオージなんスけど……店主さんを呼んでくれないっスかね? っぶ!」


 俺が言い終わる前に賢猫アオネコの細くて硬い尻尾が俺の顔をひと薙ぎした。ひどい。


「我が輩の言葉を聞いてなかったんでしゃるか? ここは我が輩の店でしゃる」


「マ……マジすか……」


 賢獣が店を経営するというケースは珍しくない。特に人種のサラダボウルである首都ヴァレリーでは男が女のふりをするし、子どもが大人と危ない遊びをするし、知能を得た動物が人間の上司になったりもする。そこら辺のことは上京して四年も経てば常識の範疇だ。


 つまりこの青い毛をした猫が今日から俺の上司なわけで、給料袋を握っているのだ。怖っ。


 話に聞いていたことではあるので賢獣に遣われるということは分からなくはないが、少しだけ屈辱感がある。


「あーそういえばもう一人いたね。君がケンシローでしゃるね! よしっ! 今日は新人歓迎会でしゃる!」


「あ……はい……」


 新人歓迎会。


 なかなか楽しそうな単語が聞こえてきたぞ。魔法騎士養成学校の頃は田舎者だと一笑されて全く相手にされなかったからな。

 そういう楽しそうなのは大歓迎だ。


 俺がニヤニヤしていると、「じゃあ、はい」とアオネコは俺に一〇〇〇ヤン硬貨を数枚渡す。


 わーなんだろーと手のひらのそれらを眺めていたら、


「それで我が輩と自分の食べ物と飲み物を買ってくるでしゃる」


 俺の画材店初めての仕事は上司のパシりだった。


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