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約束の青  作者: 山坂こい
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入学式は滞り無く進み、教室に戻ってくるとすぐにホームルームが始まる。

まだ四月の最初だというのにぽかぽか暖かい。どうせなら窓際の席が良かったと思うくらいだ。日陰にある自分の席が少し物足りなく感じてしまう。


先生が話している途中もずっと佐伯綾人のことを考えていた。いや、この言い方は語弊があるから少し具体的に言うが、この小説を知っていたことに私は驚きを隠せないでいた。


「蒼い春」。翔太が大好きだった小説だ。

ずっと想いを寄せていたがその気持ちに気づいてもらえず男の子の片想いで終わる、という切ないラブストーリーだ。

決して有名な書籍とはいえないが、胸が苦しくなるのに何故か報われた気持ちになる読後がものすごく好きな作品である。こういう状況になることも想定して、御守りがわりに持ってきていたのだ。


中学の時もよくこの本を読んでいたし、ネットでレビューを調べたりしていたが何も見つからなかった。この本を読んでいる人を見たことが無かったのである。

翔太は中学に入ってから読み始めていたが、一体どこで手に入れた本なのだろうか。たしかに聞いたことのない出版社ではある。


だがそれを佐伯綾人は読んだことがあると言う。なんという偶然だろうか。奇跡だとも言える。

自分も自分の好きな人も大好きだった本が褒められて素直に嬉しかった。

この本についてもっと語り合いたい気もするが、彼は応えてくれるだろうか。数時間前に一度会話を交わしただけだが迷惑だと思うだろうか。



そうこう考えているうちに、ホームルームが終わる。クラスの子たちは親睦を深めるためか、希望者でカラオケに行こうとしているようだ。私は静かに席を立とうとしたその時だった。


「立石さんは行かないの?」


上から声が降ってきた。この教室で始めて私に言葉をくれた声だ。佐伯綾人だった。彼は行くみたいだ。


「えっと‥私は‥」


(そういうの行っても上手く仲良くできないから)

思った言葉を瞬時に飲み込んだ。

きっと彼は私の性格をなんとなく分かってきてるんじゃないかと勝手に思った。

なんだか声をかけてくれたのに申し訳なくなる。

(やっぱり、行こう‥!)


「佐伯くーん!行こうよ!」

「早くー!」


遠くからクラスの女子たちが、黄色い声を彼に浴びせる。やはり『イケメン』なだけあり、もう声をかけられている。

あんまりにもこういう空気が続くと場違いなのではないかと思ってしまったが‥


「行く?行こうよ」


やっぱり行くことにする、と返答する前に、さらに佐伯綾人は言葉をくれた。

この言葉で心の中でのカラオケ行きは決定した。


「うん、‥行く!」


その瞬間に彼の顔にも笑みがこぼれた。どうしてそんなに優しい顔ができるのか

私に声をかけてくれるなんて、本当に"良い人"なのだろうなと思っていた。




この学校付近のことなどわからない私は、とりあえずクラスのみんなについて行く。

今日は佐伯綾人としか話していないため、クラスの子の名前など一切わからない。話せるものなら話したいが、特に話題もないため話しかけづらいのである。

彼は相変わらず女子に囲まれている。私も話したいことはあるのだが‥。敵は作りたくないため、大人しく黙って歩いていようと思う。


学校は駅から徒歩10分のところにあり駅の近くは栄えているため、カラオケBOXまでの道のりもそう長くはなかった。入学式の後ということもあり、店内は学生ばかりであった。騒がしいので店員は少し面倒くさそうで若干適当な接客が見られた。眼鏡をかけた30台手前くらいの髪型はツーブロックの男の人である。いかにもアルバイト感が漂っていた。


希望者だけが来ているため、人数は20人弱ほど。結構イケイケの女子もいる。私の中の「イケイケ」の基準は、茶髪やスカートの丈が膝より上かどうかである。前まではピアスもイケイケ女子の基準だったのだが自分が穴を開けてしまったため、それは別に基準ではないのだと勝手に悟った。半分以上の女子はそのような格好であった。完全に場違いな気がしてしまった。

大部屋に案内され、クラスの盛り上げ役の男子が早速一曲目を入れる。

私はとりあえず椅子に座り、ドリンクを片手に歌っている人の方向をただ見つめている。

するとイケイケ男集団の一人がこちらにやってくる。


「立石さんはどこ中学なの?」


なぜ私の名前を知っているのか。教室にいた時に確認してくれたのだろうか。なんだか嬉しくなってしまった。


「えっと‥隣の市の南中だよ!」


「あ、そうなんだ!通りで見かけない顔だと思った」


そうして色んな質問をしてくれたが、面白くない答えいわゆる普通の回答しかできなかった。少ししたらまたイケイケ集団に戻っていった。

お察しの方も多いだろうが、あまり会話も得意ではない。こうやって私は「面白くないやつ」となっていくのか。もうここまでくるとマイナスなことしか浮かんでこない。

盛り上がってきたところで、マイクは佐伯綾人に手渡された。数年前にヒットしたバンドの曲が入っている。予想はなんとなくついていたが、かなり歌が上手かった。


「佐伯くんめちゃめちゃうまいね」

「あいつ見かけだけじゃないみたいだな」


彼が歌っている最中に、女子だけと言わず半分笑いながら男子までもがヒソヒソと会話をする。

すると近くのイケイケの女子が話しかけてくる。


「ねえ、立石さんって佐伯くんと昔から仲良いの?」


「‥え?」


予想外の質問であった。私と彼はそんなに仲良く話しをしたことがあっただろうか。いや、入学式の前と後の二回しか話していない。


「いや、さっきカラオケ行くかどうかってなった時に佐伯くんから誘ってたからそうなのかなって。」


そういうことか。あの会話を聞いていたのか。


「あ、違うよ!今日初めて話したよ」


少し早い口調になって返答する。すると、へえそうなんだとその女子はまたすぐに盛り上がりの中心に目を移した。すごく嫌な感じがした。


「佐伯くん中学の時からモテてたらしいよ」


違う人がそう呟く。私は納得しながらもまた彼に視線を移す。気づけば曲は変わっていてマイクは次の人に渡っていた。

またドリンク片手に音楽を聴きながら雰囲気に揺られていると、少しして、黒い影が私の方へやってきて手招きする。


「立石さんも一緒に歌おうや!」


突然のことで驚いた。佐伯綾人だった。

彼は目を丸くする私の手首を掴んで盛り上がりの中心まで引き連れようとする。


「え‥!私は歌なんて‥」


「歌うの上手いじゃん!一緒だから大丈夫」


"歌うの上手い"なんて私の歌聞いたことないだろう、と思いながらも、雰囲気に流されてマイクを手に取る。最近の音楽はあまり聴かない私でも知っている曲が入っていた。

人前で歌うことなんてないため緊張するが‥。先に彼が歌ってくれ、その後に続いて息を思いっきり吸い込み、声を出す。


ざわついていた室内が突然静まり返る。バラードでもないのにこの静けさはなんだ、と思ったが構わず歌った。

佐伯綾人の方を見るとニコッと笑いながら一緒に歌ってくれた。それを見て私も笑顔で返した。


曲が終わった瞬間、みんなからの声が降ってくる。


「え!立石さん相当歌上手いね!」

「ね!びっくりしたよ」


口々に褒められ、何も言えなくなる。こんなこと言われたことがなかった。

いや、一度小学生の時に音楽の先生に褒められたっきりである。今思い出した。

嬉しくて言葉を失っていると、


「ね、よかったね」


佐伯綾人は隣ではにかんでいた。

それから次々と話しかけてくれる人が増えた。なんだか初めてクラスの一員になれた気がした。

彼にありがとうと言いたかったが、タイミングを逃し、言えなかった。

読んでくださってありがとうございます^o^

次の更新日は2/19予定です。

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