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空は青く澄んでいた。
家から中学校までに広がる桜並木が、いつもとは変わらない顔でもうあの頃とは違うと言ってくる。
何も考えずに毎日通っていた通学路。知らない間に染み付いていたあの感覚。
だからなのか、気持ちを伝えられなかったのは。隣に当たり前だった影が今はもう無い。
翔太がこの世を去ってから2年。
もうそろそろ切り替えなければと思い、こうして通る必要もない道を歩いてみるのだ。
私は今日、隣の街の高校に入学する。
家の近くにもいくつか高校はあるが、翔太が居なくなったこの街に居続けるのは心がもたなかった。後は学校までは電車通学なのだが、幸いにも毎日翔太と歩いた桜並木は通らなくてすむ。
別に待ち合わせをしていたわけではないが、並木の途中でいつも「おはよう」とあいさつを交わす。これが日課であった。
小学生の時から内気な私はクラスに友達も作らずに本ばかり読んでいた。
明るい性格だった翔太はそんな私にも分け隔てなく接してくれた。誰とも関わろうとしなかった私がクラスの一員でいられたのは翔太のおかげかもしれない。
誰とでも仲良くできるはずの翔太だが何故か私と一緒にいてくれた。昼休みも男友達とサッカーをせず、私が本を読んでいる隣でただ微笑んでいてくれた。そう、話していくうちに翔太にだけは心を開けた。
翔太とはいつも一緒にいたが、付き合っていたわけではないし「恋人」という関係をお互い口にしたこともない。
でも私は好きだった。だから翔太がいなくなった後も、こうして跡をおってしまう。
未練がましいと言われてもいい。でもあの時私に幸せな時間をくれたのは翔太だった。忘れられるわけがなかった。
これから毎日自分が過ごす学校にようやく到着する。相変わらず空は雲ひとつない晴れ模様である。
中学とは違い、あきらかに校舎もグラウンドも規模が違う。こんなに大きなところでやっていけるのだろうか。
不安な気持ちとは裏腹に、太陽は斜め上から笑顔を見せてくる。折角の入学式にもかかわらずため息さえ出る。なんとも空気が読めないものだ。
溢れかえる新入生にもまれながらも、校舎の玄関に貼り出されているクラス表を必死に確認する。見つけた、1年4組だ。個人の番号も書かれており、1の4の21番だと記憶する。
隣の街の高校ということもあり、友達なんていなかった。中学の同級生のだいたいは地元の高校に行くのである。
とは言っても中学の時の本当に仲の良い友達も数えるほどであった。私にはちょうど良かった。
しかし今は少し状況が違う。知り合いが数人と言わず一人もいないのである。
小学生の頃から変わらず、私は自分から話しかけるタイプではない。困った時に知り合いがいないのは少しキツいが、自分から話しかけて引かれるよりはマシである。
どうしてこのような考え方をするようになってしまったのだろうか。
自分でも疑問だが、おそらく色々な本を読んでそういうケースを物語の中でよく見てきたからだと思っている。実際はそうなのだろうか、それを確かめる勇気も今は持ち合わせてない。
高校入学をきっかけに心機一転、見た目から変わっていこうと思い、まずピアスをあけ、ずっと伸ばしていた髪の毛をショートにした。これが噂の高校デビューというものなのだろうか。雰囲気はかなり変わったと思う。あとはもっと前向きな心を持てればいいのだが。
教室に着くと、田舎の高校だからなのか皆知っている顔が多いらしく、他愛ない話で盛り上がっていた。こういう輪に入っていくのが苦手な私は座席の番号を確認し、そそくさと21番のところに着席する。特にやることがない私は、一冊の本を取り出した。
中学の時に読んでいた小説である。
これを機にもう一度読み返そうと1ページ目を開いたその時、左側から視線を感じた。
まさか見られているなどと思わない私は必要以上に驚き変な声を出してしまった。
左隣の席に座っていた一人の男の子がこの小説をまじまじと見つめている。見た目は
黒髪だが前髪は長め、まつ毛は長くて目は大きく二重。俗にいうイケメンというやつだろうか。
なんでそんな人がこっちを見つめているのだろうか。そこで彼がようやく口を開いた。
「その本‥面白い?」
突然の質問だったため、しどろもどろになりながらも、面白いよと返答する。
するとさっきまで真剣というか真顔だった彼の表情が明るくなる。
「だよね!俺もその本好きなんだよね」
意外であった。こういう繊細な恋愛小説を、少女マンガなどに出てくるような「クラスのイケメン」が読むとは予想もしていなかった。私にほんの少しだけあった勝手なイメージが覆された。
「俺、佐伯綾人。よろしく」
「わ‥私は、立石遥。‥よろしくね」
あまりの展開の早さについて行けない気持ちを置いて、口はとりあえずの自己紹介をしていた。
良いタイミングで教室に先生が入って来、先ほどの空気は途切れた。これから入学式のため体育館に移動するらしい。
これはよくある入学式の時だけ挨拶をしておくアレだろうか。社交辞令のようなものだろうか。そうは思いながらも自分から話しかけられない分、声をかけてくれたこと自体嬉しく思っている自分がいた。
佐伯綾人。隣の席になった男の子。
もう一度、話せるだろうか
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