はじめの一歩
昼食後の冒険も順調だった。
エリスはもともとこの辺りを狩場にしていたわけだし、メイヤは今は人型とはいえ元は怪鳥なので問題なし。俺はといえば十二分にチート属性らしくオールNO問題。
ここに来て初めてMMORPGをやっといてよかったと思う。某有名RPGのような完全ターン制のゲームしかしていなかったらきっとすでに心砕けていただろう。
あと、俺が順調なのはグロくない世界だからだろうか。倒した後に内蔵もろ出し、返り血たっぷりじゃ心砕けるよ、うん。蚊を手で殺すのすらビビる現代っ子ナメるなよ。
そして日が暮れる少し前には目的の街へとたどり着くことができた。
エリスの案内により迷うことなくギルドへとたどり着くと、受付嬢へと声をかける。
受付嬢がエルフなのもこの世界の神わかっていらっしゃる。
「すみません、冒険者の登録をしたいのですがこちらで大丈夫ですか?」
「はい、初めての登録ですね。登録料が5シルバーとなります。よろしければこちらを軽く握ってください。」
エルフが見目麗しいのは全世界…全異世界共通なのか、爽やかに営業スマイルを浮かべてくれる受付嬢に促されるまま小振りな石を握りしめる。
すると握りしめた石が突然淡い光を放ちながら姿を変え、一枚のカードとなる。
「そちらが冒険者様のギルドカードとなります。クエストを受ける際は必ずご提示くださいね。なくされた場合は再発行することが可能ですが、あまりなくされ過ぎますと除名もありますのでお気をつけ下さい。」
「了解です。あ、道すがら討伐した魔獣がいるんですが、それってカウントされないですよね?」
「そうですね、ギルドカード発行前の戦果については記録が無いので、申し訳ございません。でも、収集系のクエストでしたら可能ですので、必要数集まっていましたらお持ちください。クエストはあちらに掲示してありますので。」
示された方を見やれば壁一面に張り紙のようなものがはられている。
聞けば内容別、推奨レベル順に並んでいるとの事で、自分にあったものを探すのはそう難しいことではないとの事だった。
対応してくれた受付嬢に礼を言ってからカウンターを離れギルドカードを見ると名前、レベル、ギルドランク、所持金が書かれている程度の代物だ。
「さて、無事登録できたわけだけど…お金が無い。」
そう、ここに来るまでの半日で取得できたのは俺がギルドに登録をするための金額がギリギリ。
すでに日はほぼ沈みかけているため、これから町の外で魔獣を討伐してお金を稼ぐのはあまりしたくないが、どこか屋根ある場所で寝泊まりするだけの余裕も、むしろ夕飯代すら危うい懐具合だ。
「なぁ、エリス。この世界は吟遊詩人とか路上で歌ってお金を稼ぐとかってありなのか?」
「えっ…?んー道に店を出す場合は領主様の許可が必要なので許可証が無いと難しいと思います。」
「そっか…」
「なんじゃ、主は稼げるほどの歌を持っているというのかのぅ?ならば酒場で交渉してみるがよいのじゃ。まぁ、飲兵衛は酒と女いがには支払いが悪いがのぅ。」
メイヤの提案にそれが最善かと、ギルドをでてできるだけガラの良さそうな酒場を探す。流石にゴロツキばかりの酒場で歌う勇気は今のところ持ち合わせていない。
何件目かの酒場を覗くとそこはステージが常設している他に比べ少し穏やかな店だった。
「すみません、ここの店主さんいらっしゃいますか?」
ここならばとカウンターにいた恰幅の良い女性に声をかけると多少疑問に思われながらも「アンタ、お客さんが呼んでる」と奥にいる店の主に声をかけてくれる。
「俺がここの店主だが、なんのようだ。」
傭兵のようなガッツリと筋肉のついた初老の男性が奥から出てくる。おそらく呼んでくれた人が奥さんだろうからだいぶ年が離れているのではないだろうか?
「突然なんですが、こちらのステージを少しお借りできないでしょうか?少し歌に自信があるので、小遣い稼ぎをさせていただければと。」
「そっちの女性じゃなくて、アンタが歌うのか?フンッ、下手くそだったら即効で追い出してやるからな。あと、場所代は頂くぞ。」
店主は俺を査定するかのように上から下まで視線を向けたのち、今日はステージが開いているから勝手に使えと付け加えて再び奥へと戻っていく。
そんな店の主人に一礼をし、女将さんに連れられて待機室だろう小部屋に案内される。
「アンタ、運が良いんだか悪いんだかね。本当は今日歌姫が来てくれる予定だったんだけど、突然キャンセルになっちまってねぇ、主人も客も不貞腐れてるところさ。まぁ、頑張るんだね。」
なんと、グッドでバッドなタイミング。歌姫を期待してくれば男が出てくる…うん、俺なら全力ブーイングものだ。でだしで何か投げつけられないことだけとりあえず祈ろう。
とりあえず準備とメールオーダーでギターとついでに万が一のためのテントと寝袋、非常食を注文する。
これでも日本では国民的アイドルとかなんとか言われてたんだ、その日の宿泊代ぐらいは稼ぎたい。
そう言えば、瑞江も住吉も横には居ないでステージに上るのは初めてかも知れない。
基本的にあいつらは積極的で、俺は消極的だったから。ほぼ無理やりグループを組まされていただけだったから。
あれ、ステージに上るのってこんなに怖いものだったっけか?
いつもなら前に瑞江がいた。いつもなら後ろに住吉がいた。
それが今はたった一人で舞台に上がろうとしているこの現状に、正直魔獣と戦うほうが気が楽かもしれないなどとも思う。
心を落ち着けるためにキツく目を閉じる。
そんな俺の横で「なーにいまさらビビってんだ、ほら行くぞ!」「お前が行かないと俺がいけねーだろっ」そんな二人の軽口が聞こえるような気がする。
「それじゃま、行きますか。」
二人の声に背中を押され、異世界で初めての俺のステージへと足を踏み出した。
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