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声の力

「つっかれた…」


ぼふっと程々に清潔に保たれたベッドへと身を投げ出し全身をベッドへと委ねる。さほど柔らかいベッドでは無いものの、昨晩のソファーに比べれば十二分にちゃんとした寝具だ。


結局あの後やや緊張しながらでていったステージは成功だった。

最初の一曲目はバラードで客の興味を引き、次の曲では歌を知らなくても乗れるような繰り返しの多めの曲。温まってきたところでハイテンション目のノリの良い曲…と、ここまでは良かった。


来たのだ。来られなくなったはずの歌姫が。


多分あれはわざとだったんだろう。がっかりさせて焦らしてからの登場…と行きたかったんだと思う。正直ゲイノウカイにも似たようなやつは居たからな。

なのに、来てみれば全くの新参者が完璧に場を暖めていた。それはもう前座だなんて言えないぐらいに。

それから勝負だなんだと言って何曲歌わされたか。下手なコンサートより歌った気がする。

最終的に店の主人がもう閉店の時間だと止めてくれて助かったが、彼女の出る杭は打つ的な精神はホント感服する。


結果、店は大賑わいで大儲け、気づかぬうちにどちらが勝つかの賭けも行われていたらしく、それに便乗してかけていたウチの連れ2名がボロ儲けしていたのはまた別の話。

大儲けに気を良くした店主に一泊無料の権利を与えられ、なおかつ思った以上のおひねりも貰うことができた。

それなりに勝算が無かったわけでもないが、若干引くぐらいの成果である。


「そんなに、この『歌声』がいいのか?」


ベッドの上で仰向けになると喉元に手を当てポツリとつぶやく。

素は確かに残念系オタク男子だが、表にはほぼそれを出したことがない。

成績だって一番とまでは行かないものの必ずベスト10には入っているし、運動だってさほど悪くない。なのに褒められるのはたいてい『歌声』なのだ。

大抵みんなの記憶には歌声だけが残り、名前を覚えてもらえない。

故に、文化祭からアイドルなんて物に担ぎ上げられる結果となった。

俺は自分の価値に僅かな疑問を懐きつつ、慣れぬことを色々した疲れから睡魔の手招きにすんなりと迎えられて行った。



翌日、久々にぐっすり寝れた俺が起きたのはすでに太陽は高く上がり昼も目前の時間。

日本に居たときから時間に追われ、毎日数時間睡眠が続いていたのだ!なんとも晴れ晴れした寝起きだろうか。

が、やけに下が騒がしい。なにか事件でも起こったのだろうかと身支度を整えてから1階へと降りていく。


「おはようございます。何かあったんですか?」

「おや、遅い寝起きだね冒険者にはあるまじきじゃないのかい。」


階段したには困った表情を浮かべている女将さんが立っている。俺が声をかけると明るく返してくれるが、はぁ~っとため息を付いて再び入り口の方へと視線を向ける。


「あんた、人に注目されるのは好きかい?」


視線を入り口へと向けたままポツリと女将さんが問いかけてくる。不思議に思いながらも首を左右に振り否定の言葉を告げると、「やっぱりね」とこちらを向く。


「お役人がアンタを探してるんだ、ほぼほぼ歌姫に決まっていた祭りの歌い手をアンタにと言い出してる。望まないなら仲間を連れて裏口から出な。」


あぁ、めんどくさい事が確実に起こっている。

逃してくれる女将さんに感謝の言葉を述べ上階へと上がり別の部屋で待機していた二人に軽く説明をして店を出る算段をつける。

といっても、こっそり裏口から脱出するだけなのだが。


なんとか気づかれずに裏口からでると、とりあえず人が多いところに身を隠そうと大通りへと向かい、人々の喧騒の中ため息を一つ。


「身元がどこの誰かもわからぬ者を祭りの主役に建てようとは…この街は大丈夫なのかのぅ?」

「俺も全力で同意したい。けど、原因は俺にあると思うから一概には言えないんだよな。」


昔からそうだった。

普段一緒にいる人はともかく、初めてあったような人が俺の歌声を聞くとおかしなぐらい絶賛するのだ。

だがここに来て初めてわかった。能力として、文字としてそれをはっきり視認することができたから。


魅了チャーム


この能力はあの女神様がつけてくれた物ではなく、はじめから俺が所持していたのだろう。

分かってしまえはなんてこと無い書いて字の如く。魅了する能力。俺は歌うことでその力を発揮することができるのだろう。

あったばかりの宿屋夫婦に効かなかった理由が気になるところではあるが、とりあえず歌わなければ問題ないと結論付ける。


「というわけだから、吟遊詩人の真似事して小銭を…ってのはできなくなったので、しっかり冒険しよう(働こう)!」


とりあえずは昨夜稼がせて貰った分があるので各々の装備を整えることにする。まぁ、買わないと行けないのはほぼ俺だけなんだけど。

とりあえず何時ものとおり歌の印象が強く顔は覚えられていないであろう事を踏まえて、特に返送することもなく買い物へと繰り出していった。


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