第二話
西暦二〇三一年。
世界中にとある病気が蔓延した。その病気にかかると、一日足らずで息を引き取ってしまう――厄介極まりなく、恐ろしい病気である。
ひとびとは、正確に言えば科学者は、その病気の原因を究明した。
――結果として、そのウイルスは新種であることが判明したが、それによりワクチンを開発することに成功した。
ワクチンが支給されるようになり、そのワクチンを先ずは未来ある子供に与えることにした。数が限られているため、そうすべきであるという政府の決断によるものだった。
その意見に国民全員が賛成したわけでは無かった。
残念ながら反対意見もあったわけだ。
しかしながら選挙では賛成派が勝利。結果として、子供にワクチンを与えることが最優先事項となり、感染の疑いがある大人は幽閉されることになった。
◇
「話がむずかしくて、よくわからないよ」
「とはいっても、これは社会の授業だからねえ……」
眼鏡をかけた先生は、少女にそう言った。
ついこないだ新しく来たばかりの先生なのか、まだ授業には慣れていない。前任の先生は男性でとてもしっかりしていたが『諸般の事情により』今は休みを取っている。
――とはいえ、生徒も口を開けている。ぽかんとしていた。
「……ちょっと難しかったかしらね。まあ、少しお休みしましょう。もうチャイムも鳴ることですし」
その言葉と同時に、チャイムが鳴った。
授業終了を知らせる合図だった。
◇
『――それにしてもあの病気が蔓延してからもう一年ですか。時間というのは早いものですね』
家に帰ると母親がテレビを見ていた。テレビではワイドショーが映し出されており、あの病気のことが語られていた。
ワイドショーのコメンテーターの話は続く。
『あのワクチン、ほんとうにすごかったですねえ。有効的ともいえるでしょう。しかし――』
その言葉を言ったと同時に母親がテレビの電源を切った。
「お母さん……どうしたの?」
「ううん。何でも無いわ」
でも、少女は見ていた。
一瞬見せた、恐ろしい表情を。
彼女が見たら竦みあがってしまうほどの、恐ろしい表情を。
◇
次の日も、次の日も。
少女は甘いものを駄菓子屋で食べていた。
誰も来ない駄菓子屋で。
少女はお菓子を食べていた。
それは少女にとってとても幸せで。
少女にとってとても嬉しくて。
少女にとってとても――至福のひと時だった。
◇
少女には父親が居ない。
居ない、というのは家に居ないということだ。単身赴任になっている。場所は遠い場所で、そう簡単に会うことは出来なかった。少女は悲しかった。だけれど、それは仕方ないことだと母親に言われて、そう納得するしかなかった。
だから、少女には父親が居ない。
……そういうことになっている。