どこまでが、嘘?
一日遅刻などしていないと言い張る。
俺は嘘つきだ。
いっつも嘘ばかりついているし、皆だってそれを知ってる。
だからエイプリルフールは俺の日な訳で、俺はいつもよりも大げさな嘘をついた。
「明日、地球が滅ぶらしいぞ!」
俺が大声でそう言いながら教室に入れば、クラス全員がキョトンとこちらを見ていた。
その表情に、ニシシと笑って俺は告げる。
「なーんて、嘘!」
その瞬間。
俺が予測したような、なんだ嘘かよ、なんてリアクションはなく——クラスメイトは一斉に携帯をいじり始め、叫び声を上げ、廊下に走り出た。
「え? ちょ、ちょっと待てよ!?」
声をかけるが誰一人手を止めないし、誰一人俺の方を向かない。
比較的落ち着いている幼馴染の男の肩を叩く。
「なぁ何なんだよ、これ!?」
クルッと振り返ったそいつの顔は、珍しく焦りの色が見えた。
「お前が『明日、世界が滅ぶ』ってのが嘘って言ったんだろ? じゃあ、明日世界が滅ぶんだよ。だって、お前——」
「誰よりも、正直者だろ?」
「は?」
「いいか、よく聞け」
と、そいつはまず切り出した。
「今までずっと言わなかったけど、お前は正直者っていうよりも予言者なんだよ」
「は? 余計意味分かんねぇよ!?」
「俺だってよく分かんねぇよ! ただ、皆でいくらかルールを出したんだ」
「ルール?」
俺が問いかければ、チラッと携帯をいじってまた口を開いた。
「ひとつ、お前が嘘として吐いた嘘は本当になる。
ふたつ、お前が嘘として吐いた嘘で10秒以内に『嘘だ』と宣言した場合、それは本当にはならない。
みっつ、お前が嘘として吐いた嘘のうち、過去に関するものは何にもならない。
よっつ、お前が吐いた嘘で、嘘をついた翌日からその日までに同じものに関する嘘を吐けば、後に言った方が適応される。
そして、エイプリルフールに限り——みっつ目を除き全て逆転する」
「なに、言ってんだよ、お前……!?」
あんなのは、ただの嘘だ。
嘘でしかない。ルールなんて知るか。
そんなの、あってたまるか。
「皆、聞いてくれ! 俺の腕時計は三分早いんだ!」
ありえないことを、嘘として叫ぶ。
だって、俺の時計は三分遅れてるんだ。
俺がそうやってセットした。
1、2、3、4、5、6、7、8、9……10!
「ほら、嘘だとも言わなかった! そんなルールなんて無いんだよ! 現に、俺の時計は遅れてるんだから!」
時計を見せると、周りのやつは一瞬顔を上げて——それからすぐまた狂ったように携帯をいじり始め、また数人は外に飛び出していった。
「おい、あんなのただの嘘だろ!? いつもの嘘だ!」
「あのさぁ」
幼馴染はため息混じりに言った。
「俺は最後の一日を謳歌したいんだけど。邪魔しないでくれねぇ?」
「なん、だよそれ……!?」
そして、そんな俺を追い詰めるように校内放送が響く。
『えー明日地球が滅ぶということなので、本日の学校はお休みになりました。生徒の皆さんは直ちに帰宅してください』
——本当になんなんだよ、これは!?
街だって、学校と同じように狂っていた。
泣き叫ぶ声があっちこっちの家から聞こえて、駅やバス停は大混雑だった。
見れば、誰もが家やら実家やらに帰りたがっているようで、電話をする音と着信音や通知音が入り混じり、騒音という言葉では足らない。
堪らず耳を塞いで家に戻ると、やっぱり家も狂っていた。
「兄さん」
いつも無表情で、あまり話をしなくなった妹が、珍しく俺が帰ってすぐに声を掛けてきた。
「……なんだよ?」
俺はその珍しさが今は、とてつもなく怖かった。
「兄さん。明日世界が滅ぶと言ったというのは、本当ですか?」
「う、嘘に決まってんだろ!? なんでお前がそれを——」
「なるほど、嘘だと言ったのですね。10秒以内に」
「なっ!? お前まで、何言うんだよ!?」
「何をって……皆、知ってますよ。兄さんが絶対的に、正直だってことはね」
「それ、うわっ!?」
そんなのは、あいつの戯言だったはずなのに、なんでこいつまでそんなことを言うのか。
聞く暇もなく、俺はリビングからて出てきた母親に抱きしめられていた。
「いきなり、何すんだよ!?」
「帰ってたのね。いいのよ、あんたは悪くないんだから。お父さんもね、今から帰ってきてくれるって」
「はぁっ!?」
「最後の一日、家族みんなで過ごしましょ」
母さんは、そう言って誤魔化すように笑った。俺は、訳が分からなくなっていた。
開け放たれたリビングから、ニュースの音が聞こえる。
『今朝、明日世界が滅ぶことが明らかになりました。なので、今をもってテレビの放映を中止します。繰り返します、明日世界が滅ぶことが明らかになりました、今をもってテレビ放映を中止します……』
世界が終わるそうだ。
俺のつまらない嘘が実は予言で、本当になるんだそうだ。
何だよそれ。意味が分かんねぇ。
でも、テレビの放送はあそこで本当に終わり、数時間後に電気もガスも使えなくなった。街は真っ暗なようだった。
明かりはクリスマスに使う為に買っていた大きなキャンドルだけだった。
どういう理由か知らんが、辛うじて携帯やらスマホやらは使えるらしく、地震用の手回し充電で充電しながら、母さんも父さんも実家に電話をかけては何かを喋っていた。
妹は、LINEからいつまで経っても顔を上げない。
腕の時計を見る。23時58分。今日はあと2分。
あと2分で地球が終わる?
馬鹿げてる。でも、この状態はそんな簡単に一蹴できない。
その時、リリリ、と俺の携帯の着信音が鳴った。
名前表示を見れば、今朝クラスで話したあいつだった。
「……もしもし?」
『もしもし、聞こえてる?』
「ああ。お前、一体なんでこんな時間に——」
言いかけた時、電話の向こうとこちらとで、一斉にパァン! と音が聞こえた。クラッカーだ。
「なっ!?」
『ははは、ビックリした!?』
「えっ、は、何!?」
『はははっ! 聞いて驚くな、嘘でした!』
「はぁっ!?」
親たちの顔を見れば、ニヤニヤと笑っていた。
何だよ、え、嘘?
時計を見る。0時ジャスト。
つまり……エイプリルフールは、終わった?
「嘘? うそ……あはは、そうだよな! クッソ騙された!」
『あはは、見てる方は面白かったぜ! 俺は今のお前の顔が見れなくて残念だよ!』
「見にくんなよ、絶対!」
家が近いからそう釘させば、行かねぇよ、とそいつはまた笑う。
良かった。安心したせいか今、うっかり泣きそうだから。
時計は12時03分。
「ははは、なんだよもう、嘘かよ!」
『ああ、ドッキリなんて初めてだけど、楽しかったわ! お前の家族みんなにも協力してもらってさ!』
「そうだよ、すっかり騙されたよ! ……ん?」
ちょっと待て。
安心が解けて、冷静に考えればおかしい。
嘘なら、何が嘘なんだ?
校内放送は? ニュースは? この停電は?
だって、一人の思いつきで出来る範疇を超えてる。しかもこいつは何と言った?
俺の家族みんなにも協力してもらって?
じゃあ、他の人たちは?
「おい、お前……」
『あー楽しかった! 地球最後のドッキリは』
「何言ってんだ、エイプリルフールは、もう終わって——」
「なぁ」
そいつはいきなり真剣な声を出した。
『お前、自分の時計が3分早いって、知ってた?』
「え?」
それは、俺が吐いた嘘のはずだ。
腕時計と携帯の時計を比べる。
腕時計は12時05分。携帯は——
12時02分。
「は!? 何で!?」
『知らねぇよ。朝、お前が時計を見せた頃にはもう、3分早かった』
「ちょっと待ってくれ! 一体どういうことだよ!?」
突然、母さんが俺たちをギュッと抱きしめてきた。
父さんがその上から抱きしめる。
俺は必死にもがいて、あいつとの通話を続けた。
「じゃあ、お前が『嘘だ』って言った、あの瞬間はまだ——」
『4月1日だった。ああ、そうだよ』
「待て、一体どこまでが——」
そいつは、カラカラに乾いた声で笑う。
『地球最後の日は楽しかったか?』
どこまでが、嘘?