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第三章/2

第三章/2



 姫宮さんが戸惑い気味だったのは、彼女の性格というだけでなくヘッドホンをつけていて俺の声が聞き取りにくかったからという理由もあったらしい。しかも本をもっていた姫宮さんは両手がふさがっていたので、外そうにも外せなかった。

 いわれてみれば当然のことで、そこに気がまわらずに立ち話をしようとするあたり、俺も気がまわらない男だ。弥子によく、がさつだの、ぶっきらぼうだのといわれるわけである。


 まだ本を選んでいる最中だったのにそれを切りあげさせてしまった手前、ちょっと話してさようならというのも申しわけなく、せっかくだからと近くのファミレスへと彼女を誘った。



 昼時を過ぎているため店内はある程度の落ち着きを見せていて、耳を澄ませば聴こえる程度のゆったりとした曲調のBGMもあいまって、のどかな雰囲気だった。


 俺たちは適当に頼んだポテトの盛り合わせをつまみながら話していた。俺はケチャップを、姫宮さんはマヨネーズをつけながら食べている。


「姫宮さんに会うとは思わなかったよ」


 第一音楽室にずっとこもっているという印象しかなかったので、あまり外出とか買いものみたいなアクティブな行動とはイメージが結びつかなかったのだ。


「この近くに住んでるのか?」


「いえ、もう少し離れたところです。あの本屋は大きくて、種類も豊富なのでときどき買いに」


 なるほど。だから一度にあんなたくさん買っていたのか。


 対面のソファ席に座る姫宮さんのわきに置かれた紙袋をちらっと見た。本がぎっしり詰まっている。俺はそれを指さしながら、

「どんな本を買ったんだ? 俺は漫画が好きだけど……見た感じ、小説が多そうだな」


「そう、ですね。小説と、あとは参考書を何冊か。小説は推理ものや青春ものが好きなので、有名なのを中心にいろいろと」


「へえ、推理小説ってことはアレか? たとえば刑事が休暇で行った僻地の温泉で美人OLが殺されちゃってさ。犯人は同僚の女性で、動機はお互いに同じ上司と不倫関係にあっての妬み。最後はそれを見抜いた刑事が犯人を崖に追い詰めるみたいな」


「それは、小説というより二時間ドラマなのでは……」


「ああ、そうか」


 ちょっと控えめにつっこみを入れられてしまった。


「わたしは、もっと古典的なものが好きです。変わり者の名探偵とか、嵐で孤立した洋館。いわくつきの人形とか、怪しい研究をしている博士とか」


「あんまりよくわかんないけど、そういうのってどうにも作りものめいた感じがしちゃってなぁ」


「そこがいいんです。……本を読んでいるときくらいは、現実のことは忘れたいですから」

 すこし語尾を弱くしながら、なかば独り言のように姫宮さんはいった。


 はっとした顔で目を大きく開くと、何かをごまかすように、

「他の小説もそうです。人生は一度きりですけど、そのひとつしかない人生が、けっしてじぶんの満足できるものとは限らない。だから本を読んで、そこにじぶんを投影して、べつの人生をあじわうんです。その中で楽しむんです。もちろん殺人事件とかは話がべつですけど」


「なるほどね、そんなふうに考えたことはなかったな。どうしても小説って授業で読まされる面倒くさいものって印象が強くてさ。実際、字を読むのって疲れるし。なにより眠くなるから、その先を読もうにも、物理的に読めなくなっちゃうんだ」


 ただでさえ学校の授業は眠くなるのだから、そこに小説が合わされば鬼に金棒だろう。そう考えると現代文の授業はもっとも眠くなる科目といえるが、個人的にはやはりここは数学を押したいところだ。


「そうですね。わたしも、面白い本を読んでいたとしても、眠いときは、眠くなります」

 姫宮さんはにこりとほほ笑んで頷いた。

「強制的に読まされるのではなく、自分で興味をもって読んでみた本が面白かったりすると、印象も変わるかもしれません。わたしも、そうでしたから」


 ふと気がついたのだが、姫宮さんはときおり、遠くを見るような、何かを懐かしむような顔をする。いまもそうだった。けっして意識的にそうしているのではなく、無意識のうちに感情が透けてしまっているような、そんな様子で。


「たとえば――」

 姫宮さんはわきに置いた紙袋を取り、膝もとに置くと、中から本を数冊取り出し、

「このあたりは読みやすくて、面白いですよ。内容もインパクトがありますし。わたしは引き込まれて、一気に読んでしまったものばかりです。強制するわけじゃないですから、暇なときにでも」


 そういって俺に差し出した。


「もし、よかったら」


 受け取って表紙をざっと眺めてみる。

 風変わりな洋館とか、題の中にアルファベットを盛り込んだ意味深なもの、殺戮なんて言葉の入ったいかにもおどろおどろしいものがあったかと思えば、七回死ぬというタイトルの時点ですでに奇妙なものと様々だ。


「あれ? でもこれ、さっき買ったばかりの本なんじゃないのか」

 

 ふと疑問に感じ、俺はそう尋ねた。

 姫宮さんが本を取り出した紙袋は先ほどの本屋で受け取っていたものだ。当然、中身はさっき買ったものだろう。

 買ったばかりの本なのにすでに内容を知っているのか、とか、じぶんが読むまえに貸してしまっていいのか、と疑問が浮かんだのだ。


「ええと……」

 姫宮さんは少し間を置いて、

「それは以前持っていたのですが、なくしてしまって。だから買い直したんです」


「あー、俺もよくなくすんだよ。まあ俺の場合は、漫画本だけど。あとさ、たまにもう買ってある巻なのに、すっかり忘れてて同じのを買っちゃったりとかさ」

 ははは、と冗談めかしていうと姫宮さんもにこりと上品にほほ笑んだ。


「俺は本を読むの遅いからすぐには返せないだろうけど、ためしに読んでみるよ」

 受け取った本を鞄の中へとしまう。


「本が好きになるきっかけになれば、嬉しいです」


「おう。ちなみに、姫宮さんが本を読むようになったきっかけはなんだったんだ?」


「わたしは……」

 なにかを思い出すように少し顔を伏せてから、

「母が、本を貸してくれたんです。それがきっかけです」

 残り少なくなってほとんど氷だけになったコップを手に取り、胸元にもっていくと、中を見つめる。なにかを懐かしむような、せつなげなそれは、まるで祈りのポーズのようでもあった。


 少しの間、沈黙が降りて、姫宮さんは席をたった。


「飲み物をもってきますね」

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