第三章/1
第三章/1
俺はただぶらぶらと街中を歩いていた。日中に散歩といえば健康的だがもちろんそんな理由ではない。
今日は土曜。休日だ。小次郎が新しいテレビゲームを買ったらしく「昼過ぎにボクの家においでよ」と誘われ、家を出たまではよかったのだが――。
はあ。俺は呆れの溜め息をつく。
小次郎の家の前まできたところで電話がかかってきたのだ。「わりい、なんかこれから家族ででかけることになっちゃってさー。だから帰ってくれっ」と。
なんと身勝手な! と抗議をしようと携帯にむかって息を吸った瞬間、ガレージから一台の車が出てきて俺の目の前を通り過ぎていった。もちろん中には小次郎とその家族たちが乗っていて、俺に気づいた小次郎は携帯を片手に「じゃーなー」と言いながら窓から手を振って去っていった。
小さくなっていく自動車を見送りながら、俺はがっくりと肩を落とし、このまま自宅に戻るのも小次郎に振り回されたみたいでしゃくだったので、適当に散歩でもするかという結論に落ち着いたのだ。
とはいえ目的もなく歩くというのは思ったより退屈というか時間を無為にしているような気がしてしまって、ものの十分ほどで飽きてしまう。
ちょうど本屋が近くにあったこともあって、せっかくだから漫画なり雑誌なりを読んで時間を潰すことにした。
店内に入ってすぐにある新刊本コーナーをチェックする。好きなシリーズの新作でもあれば買っておこうかと思ったのだが、とくにないみたいだ。せっかく損をフォローしようと思ったのになかなか都合よくはいかない。こういうときの噛み合わせの悪さというのは、テストでの三択系問題は適当にこたえても三分の一で当たるなんてことはなく、おおかた外れてしまう現象と似ている気がする。
うーん……と頭の中でうなりながら、もうすこし奥のコーナーへと進んだところで、意外な人物を見つけた。
小説コーナーの棚のまえ。何冊もの本を抱えるようにしてなお、さらにまだべつの本を探している少女――。
そこに、姫宮未恋がいた。
私服だったので、ふつうなら気づかなかっただろう。
ただ、姫宮さんは学校にいたときもそうであったように、頭に大きなヘッドホンをかぶっていた。だからまわりよりも目立っていたし、ぱっと見ただけでも姫宮さんなんじゃないかという連想が浮かんだのだ。
彼女は白いワンピースに黒のカーディガンを着ていて、もともとの上品な容姿とあいまって良いところのお嬢さんという感じだった。その大きなヘッドホンを除けば、だが。
意外だったのは、姫宮さんがいたという事実だけでなく、もうひとつあった。笑顔――とまではいかないが、それでも第一音楽室で会ったときよりもずっと柔らかな表情をしていた。平たくいってしまえば『楽しそうな顔』だ。へえ、あんな顔もできるのか。そう思った。
せっかくだし、声でもかけてみるか。
俺は姫宮さんのほうへと歩いていくと、
「よ」
彼女の肩をぽんっと叩いた。
「――きゃっ」
途端、びっくりしたように(実際びっくりしたのだろう)姫宮さんは肩をすくめて、身を丸くした。その拍子に、抱えていた本が一冊落ちる。
「おっと」
反射的に、俺は手をのばしていた。
そして床に落ちるすれすれのところでキャッチに成功する。我ながらうまいと感心してしまった。百回に一回しか成功しないような確率のその一回が最初にきた、そんな気分になった。
「大丈夫か? ごめんな、驚かせちゃって」
謝りながらその本を手渡す。姫宮さんはすこし戸惑い気味にそれを受け取った。
「……大丈夫です。ごめんなさい、びっくりしてしまって。松木さんがいると、思わなくて」
謝り返されてしまった。
「いや、いいんだよ。ふつう誰だって驚くからさ。あと呼び方なんだけど、俺のことはカズアキでいいよ。苗字にさん付けはしっくりこなくてむずがゆい」
ははは、と冗談めかしていう。姫宮さんはこくりと頷いた。
「それじゃあ、カズアキさんで」
「おう。それより――。本、好きなのか」
俺は彼女の抱えた本の山を指さしてきいた。ざっと見積もっても二十冊くらいはある。
「はい、ええっと、あの……」
返事をしつつ、困ったように姫宮さんは、
「すみません、先に会計をすませてきます。声が、聞き取りづらくて」
首をかしげるようにして、その頭につけたヘッドホンの耳当てを肩であげた。