第二章/1
第二章/1
退屈な授業中はどうしても眠くなる。なぜ先生たちは教員ではなく催眠術師に就職しなかったのだろうかと疑問に思うくらいだ。
あくびをしながらぼんやり外の景色をながめていると、うしろから背中をつつかれた。
「なあ、カズアキ。昨日の放課後、弥子ちゃんとふたりでなにしてたんだい?」
先生に気づかれないように小声で(といってもたいていバレバレなのだが)、うしろの席の小次郎が尋ねてきた。
俺もできるだけ目立たないようにしながら、
「なにって、べつに」
「まったまたー。見たんだぞ? お前らがふたり揃って旧校舎に入っていくのを。いやぁ~幼馴染の男女が、放課後に人気のない旧校舎へ消えていく……。いったい、そこでなにが行われたのか……」
「なにもねえよ」
「友だち思いなボクは尾行して覗き見なんて悪趣味なことはせず、あとで詳しく尋問しようと思って、ふたりの背中を見送ったんだけどねぇ」
「タチが悪いことには変わりねえからな、それ」
呆れて溜め息をつきつつ、あほな勘違いを正してやる。
「だから、俺と弥子はそういうんじゃないって。昨日は、第一音楽室に行ってたんだよ。ほら、いつも授業を欠席している女の子、いるだろ? その子がそこにいてさ」
「ふぅーん。たしか……姫宮さん、だっけ」
小次郎はいつも空きになっている席の方へちらと目配せをした。名前くらいは知っているらしい。
「そうそう。弥子が、できればその子をクラスに出てこられるようにしてやりたいっていうから、幼馴染のよしみで付き添いしてやったんだよ」
「ふむ……」
小次郎は口の中でさくらんぼの茎を結ぶみたいに、なにかを吟味するような顔で俺の顔を見て、
「その子は、可愛かったのかい?」
なんとも素直に興味の持ちどころを方向転換してくれた。
「ボクは姫宮さんと過去にクラス一緒になったことがないからよく知らないんだ」
「俺も昨日初めて会ったけど……まあかわいいんじゃないか。動物にたとえるなら、おとなしめなネコって感じかな」
なんとなくのたとえだが、わりかし的を射ているような気もする。もの静かで落ち着いた雰囲気とか、誰からも好かれそうな半面、自分の領域みたいなものをもっていて、簡単には踏み込ませてくれなさそうな感じとか。
「ふぅーん、なんか興味わいてきたなぁ」
小次郎はじゃっかん身を乗り出し気味に、机に肘をついて
「なあなあカズアキ。今度またその子に会いにいくんだったらボクもつれてけよ。ボクのあまーい言葉でその子を教室でもどこでも誘い出してあげようじゃないか」
自信ありげにいうが、小次郎が色恋沙汰で良い成果をあげたという話を、俺は寡聞にして知らない。多聞だったとしてもおそらく知ることはできないだろうけど。
「まあ、おまえの力を借りたくなったときはそうするよ」
おそらくそんな日は一生こないだろうと思いつつ、俺はそう答えた。それに真面目な話、いきなり複数人でおしかけても彼女を戸惑わせるだけだろう。
「少しずつ段階を踏んで、徐々にクラスに慣れていけるようにできればいいんだけどな」
俺は頬づえをついて、なんとなく窓のむこうを見た。そして旧校舎の第一音楽室を見つめる。
旧校舎と新校舎はたとえるなら『1』と『一』で、アルファベットの『L』の字形につながっている。この教室と、姫宮さんのいるであろう第一音楽室はちょうど端と端の位置関係になるので、遠くて中の様子まではわからなかった。