終章
終章
旧校舎から出たあと。
姫宮さんを保健室に連れていくと、そこには弥子と小次郎、武山先生に保健の先生と、つまりは姫宮さんを探していた面々が揃っていた。それも、かなり深刻そうな表情で。俺と姫宮さんが一緒にいることに気づくと、いっせいに安堵の顔に変わったのだが。
その後、俺と姫宮さんは職員室に呼ばれ、勝手に立ち入り禁止の旧校舎に入ったことをこっぴどく叱られた。
***
それから数日がすぎ、翌週の月曜日。朝。
俺は学校へ行く途中にある公園で、ある人を待っていた。
ちょっと早く来すぎてしまったかなと思いつつ、春の到来を待ちわびるチューリップみたいな気分で、公園入り口の近くにあるベンチに座っていると、
「おはようございます。お待たせしてしまいましたか」
うしろから声をかけられる。
待ち人来たり。
振り返ると、申しわけなさそうな顔をした姫宮さんがいた。
じつは今日から姫宮さんは教室へ来ることになっていた。もちろん彼女がじぶんの意志で決めたことだ。
しかし、ずっと第一音楽室や保健室に通っていて、いきなりひとりで教室に行くというのも心細いだろうということで、一緒に登校しないかと俺が誘ったのだ。
「俺もいま来たばっかりだから、気にしなくていいよ」
なんともベタな受け答えをして、俺は立ち上がる。
「さ、行こうか」
「……はい」
せっかくだし手でも繋いでみようかと思って、そっと手を差し出そうとした瞬間、
「あっ! おはよーカズくーん! 未恋ちゃーん!」
偶然なのか何なのか、公園を出てすぐのところで弥子と遭遇した。
「おう。おはよう」
心の中でチッと舌打ちをしながら挨拶を交わす。
「おはようございます。鳴河さん」
姫宮さんは丁寧にお辞儀をした。
弥子は両手で口もとを隠すような仕草をすると、指の先からにやにやとした目を覗かせて、
「おふたり揃って登校なんて……ひゅーひゅー妬けちゃうねぇ」
親父くさくはやし立てる。ちなみに弥子と小次郎には、俺と姫宮さんの間柄がどうなったのかということをすでに話してある。
「べつにそんなんじゃなくてだな。今日は姫宮さんが半年ぶりくらいに教室に来るから、最初は一緒に行こうかなって思っただけで……」
「ふっふっふー。それがひゅーひゅーなんだよー」
弥子は、サッカーの選手十一人がみんなゴール前に並んでいるくらいの鉄壁さで、にやにや笑いを崩さない。
「なんなんだよ、ひゅーひゅーって……」
俺は呆れて肩を落とした。
弥子は勢いをそのままに姫宮さんのほうへ標的を変えると、
「でもさでもさ、未恋ちゃんはどうなの? 今日だけじゃなくてさ、明日もあさっても、一緒に登校したいよね、ね?」
夏場に四畳半の小部屋で相撲取りたちと一緒にちゃんこ鍋を囲むくらいの暑苦しさで弥子は尋ねる。
姫宮さんは顔をぽっと朱に染めて、
「あの、えっと……その、カズアキさんさえ良ければ……はい。一緒が、いいです」
そう答えて恥ずかしそうに下をむいてしまった。
「ほーら、カズくん。ちゃーんと女の子のきもちにはアンテナ張っておかないとダメだよ」
ピンとひとさし指を立ててそういうと、
「それじゃ、あたしは先に行ってるからまた学校でね。あ、それとカズくん。教室行ったら未恋ちゃんはあたしを筆頭に女の子集団が独占する予定だから、いちゃいちゃするならいまのうちだよ。ではでは~」
すたすたと先を行ってしまった。
「まったく、あいつは朝から騒がしいな……」
まいった……と俺が肩をほぐすように上下させると、
「あの……」
姫宮さんがそっと指先を俺の手に触れさせる。彼女の方を見ると、
「いまのうち、なので」
ひかえめな声で、大胆に要求してきた。
「そ、そうだな。それじゃ、学校の近くまでな」
俺は照れ気味にその手を握り、学校へと歩き出した。
姫宮さんと話をしながら、朝陽を浴びる通学路を行く。
彼女の首にはもうヘッドホンはさげられていない。純粋に音楽を聴くときにつける程度だから、もう持ち歩いてはいないそうだ。
まあ――。
俺はちらりと横目で彼女の鞄を見る。
「どうかしましたか?」
「いーや。なんでもないよ」
お守りがわりということで鞄にぶら下げた、小さなヘッドホン型キーホルダーなるものが、きらりと太陽の光を反射した。
今の俺の人生は面白さでいっぱいだ。彼女もまたそうであればいいと、願っている。
おしまい




