第九章/5
第九章/5
ホームルームは一時間半ほどで終わった。種々の連絡と注意を受け、今日は解散となる。部活動も行われない。
まだ十一時前。
火災の翌日なので全体的にしんみりとした雰囲気ではあるが、早く学校が終わるということじたいは嬉しいという生徒が多く、遊びの約束を取り付けたりしている者もいる。
俺は姫宮さんのところ――保健室へ行くつもりだった。今朝の姫宮さんの様子を見たら、そのまま放って帰る気にはなれなかったのだ。
ただ――。
そのまえに、確認しておきたいことがあった。
俺は黒板前の教卓で書類かなにかのチェックをしていた武山先生に声をかける。
「先生」
「ん? どうした。何かあったか?」
「いえ、そういうわけじゃなくて。……姫宮さんのことなんですけど」
先生の表情がちょっとだけ険しくなる。
「姫宮か。今朝顔を見に行ったときはずいぶんと気を落としているようだったが……」
やはり朝に俺と会ったときと様子は一緒だったようだ。
「そのときに何か言っていませんでしたか? 昨日の火事に関係することとか、旧校舎に関係することで」
今朝保健室で姫宮さんがいった『確認しておこうと思って』という言葉の意味するところが知りたかった。何を、どういう方法で確認するのかまではわからないが、もしかしたらと思って先生に尋ねてみたのだ。
「うーん……特には……」
先生は眉根を寄せて唸り「なかった」――といいかけて、
「いや……そうだ。第一音楽室のピアノは燃えてしまったのか、と聞かれたよ」
「ピアノ……」
あの古びたグランドピアノか。いつも姫宮さんはあのピアノのすぐ近くの席を選んで座っていたけれど、あれになにかあるのか。
「それで、なんて答えたんですか?」
「おそらく燃えてしまったんじゃないか、と答えたよ。出火元の家庭科室はもちろん、その上の階の科学実験室、そしてさらにそのうえの音楽室にもかなり火の手が回ってしまったからな。ほとんどの備品が焼けてしまった。目で見て確認したわけではないが、おそらくピアノもそうだろう、と説明したんだ」
「そうですか……」
俺はありがとうございますといって、一歩下がる。そして、いままで姫宮さんに会いに第一音楽室へ行っていたときの記憶を手繰り寄せる。
あの埃をかぶった、ほとんど使われている形跡のなかったピアノ――。
「あ……」
ふと、ある言葉が浮かんだ。
毎回、俺はピアノを弾くときに目にしていた文字がある。
ピアノの屋根に刻まれた、あの文字。
俺はふたたび先生に声をかける。
「あの、調べたいことがあるんですけど、許可をもらえませんか」
先生は書類の束を机にトントンと当てて角を整えながら難しい顔をして、
「今日は午前のうちには生徒を帰すようにと決まっているから、それまでに終わるんなら良いが……なんだ。内容を聞かないことには良いとも悪いとも言えないぞ」
「この学校の、過去の卒業生のアルバムが見たいんです。えっと……たぶん第二十三回の卒業生の」
あのグランドピアノがずいぶん古い物だと俺が判断したのは、旧校舎にあって、しかも埃をかぶっていたからというだけではない。あれを二十五・六年前のものだと俺が判断したのは、ピアノの屋根に『寄贈 第二十三回卒業生一同』という刻印があったからだ。
先生は俺の意図を掴みかねているようだったが渋々、
「まあ、いいだろう。いちおう個人情報だから私も付き添うがね。来なさい」




