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第八章/2

第八章/2



 体育館の中に入ると、すでにほとんどのクラスが整列を終えているようだった。

 ただ、私語をしている生徒も多くまだ館内はざわついていて、いちいち中に入ってきた俺たちに気づいたり、注目したりするということはない。


 体育館の後方では工事現場の三角コーンみたいに先生たちが所々に立っている。俺は武山先生の姿を見つけると、姫宮さんとともにそちらへむかった。


「お。きたか」


 武山先生も俺たちに気づいたようだ。心なしかその表情はすこしはにかんでいるような気がした。


「こんにちは。その、……よろしく、おねがいします」

 姫宮さんはおずおずと頭をさげる。


「はっは。そうかしこまるな。気楽に。気軽に。ゆっくり見ていきなさい」


 そのとき一段階、体育館の照明が落ちた。館内がほの暗くなる。


 そろそろ開始だ。他の生徒たちもそれを感じとって、ざわついていた館内は徐々に落ち着いていく。


 やがて、しん、と静まり返った。


 照明が完全に落ちた。

 カーテン越しにさす外光が、真っ暗な館内をやわらかく彩っている。


 不意を打つようにギターの力強いストロークが鳴った。


 間髪入れずにドラムを叩く音がリズミカルに拍を刻みはじめる。


 体育館の舞台上にかかった暗幕がゆっくりと上昇していき、隙間から照明の光が吐き出される。一瞬俺は目をとじたが、すぐに慣れる。

 目を開くと、舞台上では軽音楽部の面々が立っていた。


 あいにく軽音楽部のメンバーには馴染みがないのだが、見たところ三年生が多いようだ。顔くらいは知っている……という生徒が多い。だいぶ場慣れしているようで、堂々とした立ち姿からは緊張などは感じられない。


 舞台の中心にエレキギターを担いだボーカル、その両サイドにギターとベースがひとりずつ。後方にはドラムと、シンプルなメンバー構成だ。舞台の後方にはピアノや大太鼓などの楽器もあるが、それは後で行われる吹奏楽部のものだろう。


 暗幕がひらききったところで、スピーディーに刻まれていたドラムの打音に、ボーカルの担いでいたエレキギターのリフが乗った。


 耳馴染みの良い特徴的なメロディーが、ライブを意識してのことだろう、何度もなんども繰り返される。それは力強く、軽快に館内を跳ねまわる。「おお」と観客もどよめき、次第に気分も乗り始める。


 楽曲も学生に人気のあるバンドの曲なのでウケが良い。いつのまにか前奏にあわせて観客たちの手拍子がはじまっていた。


 本来なら文化部発表会は決して文化祭のように大きな盛り上がりを見せるような大イベントではないのだが……それだけあのバンドが盛り上げ上手ということか。


 俺はそっと横を見る。となりに立つ姫宮さんも驚いているようで、じっと体育館の舞台上を見つめていた。――と、俺が姫宮さんの方を見ていることに気がついたようで、こちらをむくと、


「すごいですね」


 嘆声をもらした。


「ああ、正直もっとチープなのを予想していたけど……これは驚いた」


 そして俺たちはまた舞台上へと視線を戻す。


 リフが激しさを増していき、ボーカルが力強く掛け声を出したのをきっかけにサイドのギター、ベースの演奏が加わり、音圧が一気に厚みを増した。


 わあっと観客の生徒たちが湧き、その熱を維持したままボーカルは歌を乗せる。


 歌唱力も申しぶんない。どっしりと安定した歌声は、ただ教科書的に音程をなぞるだけじゃなくのびのびと、まるでスノーボーダーがデコボコの斜面を一気に駆けおりるような疾走感を持っている。


 あっという間に一曲目が終わり、メンバー紹介ののちに次の曲へ。最終的には計三曲を演奏し、幕がひいた。


 ざわざわと生徒たちの雑談の声がきこえはじめる。ずいぶんと好評だったようで、文化部発表会の滑り出しとしては申し分なかった。


「ほんとう凄かったな。かなり盛り上がって」


「そうですね。カズアキさんも、リズムに乗ってましたし」

 くすくすと上品に笑いながら姫宮さんはいう。


「え、そうだったか」


 無意識のうちにリズムに乗っていた姿を誰かに見られていたと思うと、気恥ずかしい。


「はい、とても楽しそうに」


 そういう姫宮さんも楽しそうに見えたが、口に出すのはやめておいた。


 その後、数組のバンドグループが演奏し、軽音楽部の発表が終わった。


 次に吹奏楽部の演奏が続く。ずいぶんと音楽系の発表が集中するが、楽器の準備の都合上しかたないのだろう。


 その次には家庭科部が創作料理の発表をしていたが、舞台上で紹介しているので遠目すぎてほとんどわからず、その場で試食をした生徒の感想をきくだけのいまいち盛り上がりにかける発表になっていた。


 そうして一限ぶん――前半が終わった。


 十分間の休憩となり、トイレ等で体育館から出ていく生徒もいたが、円滑に後半の発表がはじめられるようできるだけ立ち歩かないようにという指示があったため、ほとんどの生徒はその場に留まっていた。


 みんな、近くのクラスメイトと談笑をしている。


 俺と姫宮さんも同じように、ふたりで前半部分の発表についての感想を話していた。


 と、外に出ていたらしい小次郎が体育館へと戻り、クラスの列に戻るついでに俺たちのところに寄った。

「やっ! カーズアキ。特別席で観覧とは羨ましいなあ」


「ただの立ち見席だよ。むしろおまえらのほうが椅子に座れるぶん良いだろう」


 館内には各クラスごとに人数分のパイプ椅子が並べられているが、俺たちは先生たちと一緒に後方で立ち見だ。


「ごめんなさい、わたしがカズアキさんを、付き合わせてしまったから」


 俺と小次郎の会話をきいていた姫宮さんが申しわけなさそうにいった。俺はちょっと慌て気味に、


「良いんだよ、べつに立ち見が嫌なわけじゃないから。それにパイプ椅子って固くって窮屈だろ? 立ち見のほうが気楽でいい」


「おーい、カズアキー。さっきといってること違うぞー」


 姫宮さんをフォローしたつもりが、小次郎にじと目でつっこみを入れられてしまった。


 が、小次郎は片面だけ焼きすぎたホットケーキをひっくり返すみたいに表情をころっと、物珍しそうな顔に変えて、

「へー。この子が姫宮さん?」


 顎に指を当てて覗きこむように姫宮さんを見た。


「はい。あの、はじめまして。姫宮未恋と申します」

 姫宮さんは丁寧にお辞儀をした。


「どうもー。ボクはカズアキからとても厚い信頼をおかれている大親友の――」


 小次郎はなんだかわけのわからない自己紹介をしていた。


 姫宮さんと二言三言挨拶をかわすと、小次郎は突如、がっしと俺の肩に腕を伸ばしてきて、

「おい、カズアキ、どういうことさ!」

 俺の耳元に小声で、しかし語気を強く問うてくる。


「どういうことって、なにが」


「なにが――じゃないよ。姫宮さん……めちゃくちゃ可愛いじゃないか!」


「は、はあ?」

 なにを言い出すのかと思えば、


「くぅー! こんなおとなしくて健気そうな子と放課後に人知れず密会してただあ? この裏切り者ぉー!」


 あらぬ言いがかりをかけられてしまった。小次郎は怨めしそうに、神社の鈴を高速連打するかのごとくグイグイ俺の制服の襟首を引っ張る。


「お、おい。こら、やめろ」

 小次郎の猛攻を振りほどき、

「裏切るってなにがだ。それに人知れずって弥子も先生も知ってるし、なによりおまえ自身も知ってんじゃねえか」


「むむ。それもそうだね」


 ぱたりと小次郎は動きを止めた。


「あの……どうかしましたか」


 見るに見かねてか、姫宮さんが心配そうに尋ねてくる。


「いやいや! だいじょーぶ! ボクはこのとおり、ピンピンしてるから!」


 攻撃を受けていたのは俺の方なんだから当然だ。


「と、そろそろ時間かー。それじゃ、ボクは席に戻るよ」


 体育館の壁にかけられた大時計をみる。後半の部の開始まであと数分というところだった。


 ぞろぞろと他の生徒も所定の位置に戻りはじめていて、小次郎もその輪の中へと入っていた。


「なんだか、明るい方でしたね」

 姫宮さんはちょっと気押され気味だったが、しかしその頬には楽しそうな笑みが浮かんでいるのを、俺はたしかに感じた。

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