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第四章/1

第四章/1



 週があけて月曜日。


 目覚まし時計がけたたましく鳴っているが、どうも休みあけというのは他の日にくらべて寝覚めが悪い。それに昨日――日曜日は慣れない読書に一日中いそしんでいたので、よけいに疲れがまとわりついているような気がする。

 人体の構成要素の六割は水だというが、寝ている間にそれらが水よりも比重の重いべつの液体に変わってしまったんじゃないかと思うほど重い身体を起こしベッドから這い出る。


 俺はすこし離れた窓際に置いてある目覚まし時計を止めた。寝たままでも手を伸ばせば止められる枕もとではなく、歩かないと止められない位置に目覚まし時計を置くことで確実に起きられる、という母のアドバイスを受けて実行しているのだが、眠いものは眠い。


 このままふたたびベッドの中にもぐりこんで目をとじれば、すぐに二度寝できるだろうなという誘惑をふりきり、俺は机のうえに置いた文庫本を手に取る。


 土曜日に、ファミレスで姫宮さんが貸してくれた本だ。


 なにか姫宮さんのことに関わるヒントでもあればと思って読み始めたのだが、そう都合よくはいかず、これといって有効な情報は得られなかった。ただ、本そのものは面白くて、五冊借りたうちの一冊目を読み終えることができた。ふだん本を読まない俺にしては早い方だ。


 鞄の中に本をしまうと、俺は部屋を出て、居間へと降りる。父さんはすでに仕事へでかけているので、母さんとふたりでの朝食だった。


 例のごとく、

「勉強はしっかりしてるのかい? ちゃんと高校受験のこと考えてんでしょうねぇ」

 などと発破をかけられながら、俺はご飯にふりかけをかけて、一気にかきこんだ。手早く朝食をすませると、家を出る。



「おっはよ、カズくん」


 玄関先には弥子がいた。挨拶がてらに軽く手をあげる弥子に合わせて、俺も、

「おう。おまえがむかえに来るなんてひさしぶりだな」

 手をあげてこたえる。


 弥子とは家が近所なので、中学にあがってからも最初のうちは一緒に登校していたのだが、俺の起きる時間がまちまちで弥子を無駄に待たせてしまい申しわけなかったので、いまではタイミングが合ったときに一緒に行く程度だった。


 だが、今日はどうやら俺の家のまえで待っていたらしい。


「どうかしたのか」


「うん、未恋ちゃんのことでね」


 話しながら俺たちは歩き出す。


「去年未恋ちゃんと同じクラスだった子から話をきけたから、カズくんにも伝えておこうと思って」


 弥子の所属している演劇部に去年の姫宮さんのことを知っている人がいたらしく、休日にきいてきたのだそうだ。


 弥子は話の内容を思い出すようにゆっくりと語る。

「まず……これは前にもいったけど、未恋ちゃんは去年の冬休み前まではふつうに学校に通ってたんだって」


「そうらしいな」


「その頃はね、控えめな子ではあったけど、でもクラスの子とも楽しそうに接してたみたい。もちろん、教室でヘッドホンをつけているなんてこともなくね」


 俺はファミレスで本の話をしていた姫宮さんのことを思い出した。あのときの彼女の表情は、とてもやわらかで、明るかった。


「その子――去年未恋ちゃんと同じクラスだった子ね、未恋ちゃんの家にも何度か遊びにいったことがあったらしいの。そのときも、べつに変わったところはなくて、部屋も本が多いくらいでふつうの女の子の部屋だし、遊びの内容もお菓子を食べたり雑誌を見たりしながらおしゃべりしたりとか、至ってふつう」


 弥子の表情は、いつになく真面目なもので心なしかすこし硬い。言葉を選ぶように、話を続ける。


「来なくなったのは冬休みが明けてから。最初の何週間かは学校じたいに来てなかったみたいで、そのあと第一音楽室に。そのときの担任も武山先生だったんだけど、先生は『複雑な事情だから』ってことでクラスのひとたちには説明しなかったみたい」


「やっぱり冬休み中に、姫宮さんになにかあったってことか」


「うん……」

 弥子は神妙に頷き、

「それでね、未恋ちゃんが第一音楽室に通うようになって数日後、その子も気になって会いに行ったらしいの。でも何も教えてくれなくて。それで、休みの日に、今度は未恋ちゃんの家に行ってみたんだって。そしたら――」


 交差点にさしかかる。


 図ったみたいに信号が赤になって、俺たちは立ち止まる。


 弥子が俺の方をみた。その顔は能天気ないつもの弥子とは程遠い、深刻そうな顔だった。


「家はなくなってたの。火事が、あったみたい」


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