1.愚か者は口喧しく
陽が真上に昇っている時間だというのにも関わらず、木漏れ日程も明かりが入らない暗く深い森の中を一人の少年が息を切らせながら走っていた。
少年はこの世界では大凡身に纏うものが居ない奇っ怪な衣装を身に付け、旅人の必需品とも言える携行品や身を守るための武器すら持たないという酷い有様である。
まともな常識を持った人間が見れば全員が世を儚んだ自殺志願者だと思うであろう。
しかし、少年は断じて死にたがりなどでは無い。
彼は気がついたら手荷物一つでここに居たというのが正しく、この世界の常識等を分からずにこの世界へと迷い込んだ異邦人というべき哀れな存在であった。
「なんなんだよ一体!?」
少年は大声で毒づきながら足を止めず駆ける。
現代人であり、木々の生い茂る道を全力で走り抜ける経験など持たない彼は木の根に足を取られ蹴躓き、細い枝に皮膚を切られながらも不格好にだが必死で進み続ける。
それは後ろから迫っている死の恐怖から逃れるためである。
幸いこの森は植物自体が光を発しているらしく真昼の様に明るい。
その御陰で森を進むことに慣れていない彼でもある程度まともに走ることが出来た。
そして後ろから近づいてくる存在は自分よりも遥かに歩が遅かったようで、振り向けば最初に比べ倍以上の距離を取ることが出来ている事が解った。
しかし、だからと言ってまだ気を抜くことは出来ない。何故なら相手は未だこちらを捉え続け諦める気配がないからだ。
「いい加減諦めてターゲット外せよ! ゲームだったらそろそろエリアチェンジして安全になる所だろうがっ!!」
少年はここに来た時から手に持ち続けているゲームの仕様を当り散らす様に叫ぶ。
因みにその手に持ったゲーム機から出ている音こそが後ろのモノが追いかけ続けている最大の要因だと気付くのには、追いかける狩猟者が増えた後もしばらく掛る事となる。
もっとも、喚き散らす自身の声もゲーム機に勝るとも劣らない良い目印なのだが。
彼が相手を撒ききった時には、最早声を発する事もできない程に疲弊した後だった。
持っていた荷物に水が入ってなければ喉から干からびてしまうかと錯覚する程で、酷使した足は痛みで疲労を訴え続ける。生きてこその物種だと言えども散々だった。
持っていた500mlのペットボトルは後先を考えずに飲みきってしまったので、次似たような状況に陥ってしまえば後がない。
喉を潤して息を整えられ、ある程度冷静になってからそれに気付いた少年は果てしない自己嫌悪に駆られることになった。自身の浅慮さを後が無くなってからとは云え気付けた事こそ本来ならとても幸運であるはずなのに、彼は自身を過大評価している所為で理解出来ていない。
こんなはずではない、俺はもっとやれるはずと根拠のない言い訳ばかりを思い浮かべる。
何故なら、こんなに絶体絶命な状況であるにもかかわらず、ほんの少しの間危機を脱しただけで自分が「物語の主人公」になったのだと浮かれだしてしまったのだから。
そして愚かにも気を抜いてしまった彼はその背に代償の一撃を受けることとなる。