プロローグ
プロローグ
「あれも! これも! どれも! みんなみぃ~んな、ぜ~んぶきゃっかぁぁあぁぁー!!!」
バン、と机をたたく音とともに、美玲の透き通った大音声がだだっ広い部屋に響き渡った。
その咎め立てをあびているのは、美玲が見慣れている数人の執事たちである。
この九条家を影で支えている男たちであり、今は美玲の忠実なる配下である。
しかしながら、いつもならまったく変化のない彼らの表情に、少し疲れが見えた。
「まったく、ぜんぜん! これっぽちもぱっとしないやつばっかね! まったく使えないわ!」
黄金色に煌めく髪をかきあげ、美玲は目を吊り上げる。
純真な美貌に今にも噛み付かんばかりの表情だった。
激しく不機嫌そうな姿に、数人の執事たちは、ついつい後ずさりしたい気分に駆られた。
だが、執事長である五十絡みの中年、佐藤が消え入りそうな声を言った。
「しかし、お嬢様。源一郎さまが亡くなられた今、この九条家には今すぐに次期当主が必要なのでございます。従いましては、早々に婚約者を決めていただかなければなりません」
「わかっているわよ! そんなこと! 言われなくてもね!」
「でしたらよろしいのですが……。我々と致しましても、婚約者探しに全力を注ぐ所存でございますが、お嬢様のお目にかかる殿方とは、一体どのような方でございますか? かれこれ五十人の見合いをお断りしているようですが……」
そうだそうだっ、縁談を取ってくるこっちの身にもなれっ、と残る数人も口々につぶやく。
それを聞いた美玲はピクピクと眉を動かす。
澄み切った大空を思わせるような蒼い双眼で、執事たちをキッと睨みつけながら、無言でビシッと指をさした。
「な、なんでございましょうか?」
「あんた達ごときの実力で! この! 私の! 婚約者が! 見つかると本気で思っているワケ!? そこまでボンクラだったの? まったく使えない。もういいわ」
「で、ですからどのような殿方であれば、美玲お嬢様のお目にかかるのかをお聞きしたいのです」
ハァとため息をついてから、額に手を当て目つきを鋭くする。
「今の私が望むのは、そこらにいる有象無象ではなく――そう」
言いかけて、フッと笑みがこぼれる。
「圧倒的な威厳を放つ、賢く優秀な男よ。あんた達のように、身の程も弁えられない凡人はいらないのよ。シッシッ」
美玲の言葉を聞き、執事たちは表情が曇る。
圧倒的な威厳を放ち、賢く優秀な男といえば、今は亡き源一郎その人だったからである。
一代で巨万の富を築いたカリスマ。
日夜、世界中を飛び回り、九条商事をわずか五年で、世界的にも有名な『九条グループ』に育て上げた実力。
……しかしもう、源一郎はこの世にはいない。
「……お嬢様。お気持ちは察しますが、当主代理として早急に次なる九条グループの代表者を決めていただかなければ」
彼らの一人、鈴木が絞り出すように言った。
美玲は先ほどとは打って変わり、沈痛な面持ちを浮かべ、椅子に深く腰を下ろす。
「お気持ちは察します……か。まあいいわ。どのみち、あんた達の力を借りるつもりはないから。以後この問題については、あんた達には関係のないこと――」
突然、美玲は立ち上がり、そのままズカズカと執事たちの前を通り過ぎていく。
その時、執事長の佐藤が前に立ち塞がった。
「お待ちください、美玲お嬢様!」
「邪魔よ! どきなさい!」
佐藤とぶつかった際、彼の胸ポケットから一枚の写真が、美玲の足元に落ちる。
その一枚の写真にふと目が留まった。
『この子……』
拾い上げて、しげしげと見つめる。それは一人の少年の記念写真だった。
「ねえ、佐藤。この子、あなたの孫?」
「はあ……はい、そうでございますが……なにか……」
「そう」
美玲の双眼が怪しく光る。
「少し興味が湧いてきたわ、この子に。至急、九条家の諜報班にこの子について調べ上げさせましょう」
「お、お嬢様!?」
写真を見ながら、スタスタとドアの方へ向かっていく。そしてドアの前で一旦立ち止まり、そして振り向いた。
「それで、この子の名前は何?」
やや弾んだ声で美玲が尋ねる。
「晴……二ノ宮晴と申します」
「そう、わかったわ。あとこの写真はいただいて行くわね」
そう言うと、もはや佐藤には目もくれず、ドアを開け、廊下へと出る。
廊下を出ると、美玲はクスリと笑みをこぼした。そして写真を胸ポケットにしまい、歩みを進める。
「さてさて。この子が一体どれほどのものなのか。私がこの目で確かめないと。私が求めるほどの人がどうかはわからないけれど……」
独り言を呟きながら、またクスリと笑う。
まあ、他にも候補はたくさんいるわ。
――いろいろ、試してみたいしね。