7.強風に巻かれて
あれから二年が経った今では、町は落ち着きを取り戻しつつある。
俺たちと同じ姿をした、金属喰らいの手長巨人、通称「ギャミ族」は爆発的に増え、俺たちはおかしな目でみられることはなくなった。ただ、諸外国では、この肉体変化は、日本人だけがかかる奇病として報道されている。日本政府は、円盤とギャミ化現象については、ひたすら「調査中」と「不明」を繰り返して月日を稼いだ。
俺たちと、俺のドレッドヘアから巣立った子どもたちは、政府の保護を受け、東京湾の不燃ゴミ処理場の一角に立派な専用マンションを建ててもらい、毎日金属ゴミを食べ続けている。普通のマンションよりも天井が高くて快適。しかも屋上もちゃんとある。
俺たちの子に襲われた多くの人は、俺と同様、ギャミ族に変化してしまい、彼らが押し寄せてくる不燃ゴミ処理場は大人気。食べた量に応じてお金がもらえるので、毎日大勢のギャミ族がひしめき合う。
俺たちのせいで変身してしまった人たちには申し訳ない気持ちもあるが、今の俺は、以前の俺よりもずっと輝いている気がして幸せだ。
ギャミがいつもそばにいてくれる。彼女と踊っていると心から笑顔になれる。
俺とギャミは、毎日、マンションの屋上で、腰を回して元気に踊り、ギャミ族の司令塔としての役割をはたしている。
謎の円盤は、たまに現れて俺たちを監視しているようだが、今のところは何もしてこない。
その日も円盤がどこからともなく現れた。いつもなら、俺たちの姿を確認するとすぐにいなくなるのに、今日に限って、俺たちのマンションの真上で止まり、徐々に高度を下げてきた。
「おまえ、とうとう帰るのか?」
「ピイ?」
きょとんとした瞳。本当にギャミは何も知らない。イライラさせられるほど無知だ。円盤がどこから来るのか、ギャミをどうして放っておくのか、いつまでここにいられるのか、俺は何度もたずねたが、ギャミは首を横に振るだけだった。残念ながら、俺には円盤と通話する能力はない。
どんどん降下してくる円盤。久しく感じていなかった緊張に鳥肌が立った。円盤は思った以上に大きく、押しつぶされるような威圧感で迫ってくる。ついにその日が来たのだろうか。ギャミと別れる日。
降下するにつれ、その下は、渦を巻くような強い風にとり巻かれた。
ほほ肉がブルブルするほどの強風が俺たちを襲い、俺もギャミも屋上の手すりにつかまろうとしたが、まともに歩くことすら困難だった。
もうダメだ、立っていられない!
足が浮いた、と思ったら、全身が舞き上げられ、手が宙を漕いだ。
ギャミの体も浮いている。
ギャミが円盤に吸い上げられていく。
「待て、行くな!」
こんなに簡単に別れてたまるか。
とっさに、ギャミに両手を伸ばし、彼女の右手をつかんだが、風にもぎ取られるように離れてしまった。
「ギャミ!」
「ピイイイ!」
目を開けることすら困難な強風の中、飛ばされ続ける俺たちの体が離れていく。伸ばした指先は再び触れることすらなく、さらに距離が開いた。
届かない!
俺の体もギャミの後を追うように風に巻き上げられる。薄目を開ければ、円盤の下部には大きな穴が空いていて、ギャミの体が吸い込まれていった。
「ギャミイィィー!」
俺たちはあっけなく離ればなれになった。
それがギャミの姿を見た最後だった。
◇
二畳ほどの狭い空間のにおかれたベッドの中で、俺は目が覚めた。
この部屋の壁は金属製で、ゆるやかな弧を描いているところから想像すると、ここは円盤の中らしい。エンジン音はしないので、どこかへ着陸しているのかもしれない。
「迎えに来るにしても、ずっとギャミの面倒を見てきた俺に、いきなりこの扱いはないだろう」
ぶつぶつ言いながら、起きあがろうとして、言葉に詰まった。
手にも顔にも、いや、全身に包帯が巻かれている。まるでミイラのように。
「あっ!」
あんなに長かった手が短くなっているじゃないか。立ったままでも足指に触れられたのに。
視界もずいぶん低くなったように感じる。
やはりすべては夢だったのか。手長巨人になったと思っていた俺は、狂っているのか。
「ギャミ? そこにいるのか?」
反応はない。
いてもたってもいられなくなり、ところかまわず壁を叩きまくった。
「ここから出してくれ。ギャミに会わせろ」
突然扉が開き、俺は目を見張った。
「えっ!」
抗議の言葉すら忘れるほど、扉の向こうをまじまじと見てしまった。