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6.白衣の男

 まぶしさに目が覚めた。

 見慣れない白い天井。腰ほどの高さのベッドに、何の柄もない白いシーツ。装飾がない灰色の壁など、室内の様子を見る限りでは、どうやらここは病室のようだが、呼び出しブザーは見当たらない。一人部屋で付き添いもいなかった。

 すごい夢を見たものだと、頭に触れ――

「……」

 指先が伝える感触に身震いする。生え始めの、短いツンツン毛が縦一列に。

 よく見れば、俺のベッドは二台つないである。身体が大きくなりすぎた俺に合わせて、ベッドを特別に縦に並べたのだろう。

 俺は「変な人」のままだった。


 格子が入ったガラスの窓は不透明で外が見えない。

「誰かいませんか」

 天井で頭を打たないよう、背を丸めながら、鍵がかかった扉に張り付いて声を出すと、数分後に扉が開かれ、三人の男が入ってきた。

 一人は、五十歳前後に見える、白髪交じりで白衣を着ており、リーダーのようだ。それに従う警備員のような紺の制服を着た男が二人。

 俺が何か言う前に、白衣の男が口を開いた。

吉川貴よしかわ・たか君だね? 私は、とある場所で生物学研究者をやっている柏木かしわぎという者だ」

「もしかして、ここは警察ですか」

 男がうなずく。

「手荒なことをして悪かったが、住民たちの不安を取り除くため、やむを得ず催眠ガスを使った。本当ならば、君は建造物等損壊罪に問われるところらしいが、今回は釈放だそうだ」

「あの……ギャミは……俺と一緒にいた女は」

「心配ない。すぐそこの部屋にいる。眠っている間に、私の研究所で君たちの体のことを調べさせてもらったよ。大変な目に遭ったものだな。君は運が悪かった」

 調査結果を聞く勇気はなかった。この姿に関する生物学的説明を受けたところで、今の俺には、なすすべもない。

「くれぐれもおかしなものを食べないように、彼女をしっかり監視してもらいたい」

 男は力強くそう言うが。

 この柏木という男、生物の先生だかなんだか知らないが、どうもうさんくさい。調べ終えたからと言って、未知の生命体を簡単に野放しにするのか。

 それに、ギャミには身元を確認するすべはないわけで、帰宅許可が下りるのは不自然。生物学者にそんな権限があるはずがない。

「釈放って、なぜですか。あんなにたくさんの人が俺たちを捕まえようとしていたのに」

 柏木は、人のよさそうなたれ目をまたたかせ、気の毒そうに俺を見た。

「研究者の立場としては、君たちについてもう少し調べさせてほしいこともあるが、今はそれどころではないのでね」

「もしかして……ギャミがまた何か……」

「今、外は、君たちのような手長巨人があふれて、大変なことになっている。君たちを釈放するのは、日本政府からの正式な要請であり、この事態を収めてもらう為だ。実は、君たちを捕えてから、すでに一カ月も経っていて、町はめちゃくちゃだよ」

「えっ、一カ月も俺は眠っていたんですか!」

「すまなかった。君を眠らせて、眠っている間の体の変異状態を調べていた。とにかく今の状況をなんとかしてもらいたい。がんばってくれ」


 納得できないまま釈放。うまく言いくるめられた不快感は抜けないが、いつまでも警察署内の閉じ込め部屋にいる理由もない。俺は別室で待っていたギャミと再会し、手をつないで警察署を後にした。

 ――再会時、またしてもギャミに窒息させられそうになったことは、言うまでもない。


 外へ出ればきっと驚く、と柏木が言ったとおりだった。

 町は停電している。信号機は役に立たず、道路はマンホールのフタがない場所がいくつもあり、半分食べられて放置された車が目に付く。人の車はそれらを避けて、のろのろ運転で走っている。

 さらに歩いて行くと、一人の手長巨人が道路標識にかじりついていた。「止まれ」と書かれた看板を、ビスケットを食べるようにバリバリと音を立てて口に放り込んでいる。近くには食いちぎられた電線の残骸が散らかっていた。

 俺も一緒に食べたい――が、ここはがまんだ。ギャミも舌舐めずりをしていたので、彼女の手をしっかり握り、町にあるものを勝手に食べてはいけないと教えた。今の俺たちには、武装している監視兵が数人付いてきている。おかしなことはできない。

「ギャミ、みんなに通信できないか? 勝手に何でも食うなって」

「(踊れば伝わると思うよ。でもここでは届かない。屋上へ行こう!)」

 ……俺に選択肢はない。体が変化して彼女の言葉を聞き取れても、俺には送信能力は備わっていないようだ。俺にできるのは、共に踊ってギャミに元気を与えることだけ。この体は、どうやら自家発電機のようなものになっている。共に踊り、エネルギーを分け与えることなら俺でもできる。

 ギャミは有無を言わさず俺のアパートへ向かっていく。他の場所でもいいのではないかと思いつつ、ならばどこへ、と聞かれれば答えられないので黙って付いていった。


 かくして、またしても俺とギャミは、アパートの屋上で、監視兵たちに見守られながら、あやしい腰振り踊りを披露することになった。

「ピイ」と両手を上げるたび、ギャミのたてがみが逆立ち、放電している。俺も少しでも届くよう祈りを込めて、踊りながらギャミのたてがみに触れた。メッセージは俺たちの子に届いただろうか。

「(ねえ、みんなが何を食べたらいいのって聞いてきているよ)」

 すごい。こいつ、ちゃんと送受信しているじゃないか。

 それなら、不燃ゴミ処理場がいい――って、どこにあったかな?

「後で、場所を調べたらすぐに教えるから、その場で待てと伝えろ。とにかく、手当たり次第になんでも食うのはやめろって言え」

「(了解!)」

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