3.二人きりの夜
夜は長い。俺は仕事で疲れている。それでもこの状況。ぐっすり眠れるわけがない。
電灯はつけたままで、起きたら何をするかわからないギャミの、すぐ隣で横になっている。動き続けるエアコンの音に混じる、ギャミの寝息。
気持ちよさそうに眠っているのを見ると、無性に腹立たしくなる。特に、台所に目をやるとさらにむかつく。壊された冷蔵庫の扉に貼り付けた段ボールの隙間から、冷気がもれ続けている。こいつのせいで、冷蔵庫は買い替えだ。
それにしても。こいつ。
ギャミは眠っていても異常な成長を続けていた。モヒカン風だった髪はどんどん伸び、栗色の立派なたてがみに。植物成長記録の早回し映像を観ているようだ。こいつが何なのか、という疑問も俺の中で膨らみ続け、シャワーを浴びてもすっきりしない。
一睡もせずにギャミを見守り続けていた俺は、耐えきれなくなり、明け方近くになって、彼女に背を向けた。
Tシャツの下にある、ギャミの膨らんだ胸。当然ノーブラ。Tシャツが尻を隠しているものの、下半身は何もなし。もはやTシャツに入りきらなくなった生足は丸出し。見てはいけないような、だけど、ちょっぴり見たい女性のあの場所が、あやうく見えそうだ。
あまりにもエロすぎやしないか。独身男、彼女なしの俺には拷問。
――って、ちょっと待った。こんなやつに欲情している場合じゃない。こいつはいったい何? 金属喰らいで、異常すぎる成長速度。
もしかして、どこかの実験施設から逃亡してきた改造人間のたぐいか。地球を救うべく作られたサイボーグ、とか?
ギャミがまだ目を覚ましていないことを確認すると、かばんの中にしまってあった携帯電話を手に取り、【改造人間】と打ち込んで検索にかけた。
SF祭りの小説や、ドラマの情報がいくつも出てきて、情報が多すぎしぼりきれない。
【未知の生命体】で調べると、ワーム系生物の情報がヒット。
こいつは、これからワームになるのか? 少しは見た目がましになってきたのに、ワームに進化するなんて想像したくない。
今度はニュースサイトを開き、世界の驚き情報などを検索。UF0目撃情報などがあったが、ギャミが異星人とはどうしても思えない。他の星から来ることができるような、高度な文明を持った異星人が、単体でゴミ捨て場に埋もれているわけがない。
この近くのニュースを探すと、近くを走る首都高速でトラック横転事故があり、上下線とも通行止めになっている、という情報がヒットしたが、高速が止まっていたとしても、ここで寝ているこいつと関係があるとは思えない。
他は、この地域でひったくり多発、という情報が出てきた。財布狙いでひったくったかばんの中に、こんなのが入っていたら……捨てるしかないかも。怖すぎる。きっとひったくり犯は悲鳴を上げて――
自分の妄想に噴き出した。
「なんなんだ、おまえ。どこから来たんだよ」
俺は情報収集をあきらめ、携帯電話をしまった。いつまでも携帯をいじっていたら、スプーンの時みたいに、いきなり長い手が伸びてきて食われてしまうかもしれない。
「どうせなら、俺の冷蔵庫でなくて、うちの会社が納入した先の商品をみんな食ってくれよな。それなら俺も幸せになれるのに」
平和そうな規則正しい寝息。
そして、俺たちは二人きりの朝を迎えた。ロマンチックの欠けらもなく。
一夜明けたギャミは、俺よりも少し大きいぐらいになり、すっかり大人の女になっている。悩ましすぎる彼女に、着せる服を何か探してこようと、立ちあがろうとした時、彼女の目がパッと開いた。
「ピイ」
やっぱりピイとしか言わないのか。顔と声が合わない。
彼女はまた「ピイ」と鳴き、愛くるしい黒い瞳で俺を捕えた。こういう顔をされると、冷蔵庫を壊された恨みを忘れてしまいそうだ。
「おはよう、ギャミ。今、服を用意してやるから待っていろよ。そこから動くんじゃないぞ。それから、この部屋に置いてある物を勝手に食うな。今度やったらひっぱたいてやる。わかったか?」
彼女は、理解したふうに、ピ、と声を出してほほ笑んでくれた。
が。
「うおっ?」
視界がいきなりひっくり返る。
ちょっと待て!
「ギャミ! よせっ、わぁ!」
すぐ目の前にギャミの顔が。至近距離すぎ。
さらに迫り来る。
「やめろって言っているじゃないか。やめっ!」
ガキッ、と音がして彼女の歯と俺の歯が衝突した。
唇に走る痛み。
うっ、と思ったら、次の瞬間には首にもギャミの歯が当たり――
「うぎゃぁぁぁー!」