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1.ゴミ捨て場の人形

空想科学祭2011【RED部門】参加作品です。全8話完結。

「吉川君、遊んでいてはいけないな」

 部長はいつもしつこい。

 俺は精一杯やっているのに。

「来月こそは目標数字を達成できるよう、がんばります」

 申し訳なさそうな顔をして、ひたすら頭を下げる。


 高校卒業後、就職して三年目の夏。

 俺が勤めている会社は、コピー機などの大きな事務用品を扱っているが、このところ不景気で、商品はさっぱり売れていなかった。月末の営業会議が終わった後は、目標に達していない営業マンはいつも残されて叱られる。

 こんなクソ会社、いつかやめてやる。そう思いながらも次の就職のあてはなく、退職してニートになる勇気もなく、結局明日も同じ会社へ行くのだ。


 その日も、くどいお小言をもらい、俺は心からくたびれながら、ひとりで住んでいる1DKのアパートへ向かって、ぼんやりと歩いていた。湿度が高く蒸し暑い。

 近所の大型マンションの、ゴミ捨て場の前で思わず足が止まった。明日はプラスチックゴミの日で、ゴミ捨て場には、すでにたくさんの袋が積み上げられている。そんな場所で立ち止ったのは、ゴミの山から付き出ていた人形の足が少し動いた気がしたからだ。

 人形の足の大きさは、大人の手のひらの半分もなく、靴も、靴下もはいていない。街灯の明かりだけで暗い中、無造作に積み上げられているゴミ袋の山から人形の生足だけが出ている光景は、ホラー映画の一場面を見るようで気持ち悪かった。

 どうしても気になったので、ゴミの悪臭を吸い込まないように息を止め、人形の足に手を伸ばして、そっと触れてみた。

 そのとたん、足は泳ぐように前後に数センチ動いた。

 生きている! 捨て子だ。

 かわいそうに、泣く元気もないほど弱っているらしい。

「今、助けてやるからな」

 急いでゴミ袋の山に手をかけた。

 どういうバカ親だろう。事情でどうしても育てられないなら、養子に出すなり、施設へ預けるなり、捨てる以外の道はいろいろあるだろうに。

「こんなことをしたら窒息するじゃないか」 

 怒り言葉をつぶやきながら、ゴミ袋をいくつかどけて、哀れな捨て子の顔を確認。

「ギャ!」

 自分の顔がピクつき、顔に瞬間接着剤でもかかった気がした。

 この赤ん坊……ちょっとばかり、ぐぇぇぇ。

 あせって、捨て子の顔の周りにゴミ袋を積み上げて、すっかり隠してしまった。

 俺は何をやっているんだろう。自分で苦笑い。顔を見たら隠すしかないと思った。助けるつもりで、助けていない。

 その時、俺の後ろを学生らしき男が乗った自転車が、二台並んで通りかかった。どちらの自転車の人も、ゴミ捨て場の前に立っている俺をじろじろ見ながら過ぎて行った。

 彼らの反応は普通だ。こんなところに突っ立っている自分は、不審者以外の何者でもない。

 自転車が去り、周囲に誰もいないことを確認すると、意を決し、赤ん坊を隠していたゴミ袋を再びどけた。暗い中、赤ん坊の全身が現れる。

 服も着せてもらっておらず、おむつもしていない。そそうはしていないようなので、放置されてから時間が経っていないのかもしれない。

 赤ん坊は、ゴミ袋がなくなってすっきりしたのか、両手をゆっくりと動かした。宙をつかもうとする小さな手は、身体のわりには長い。六十センチほどしかない身長と、手の長さが同じぐらいに見える。それでも足の長さは普通で、手足の指もきちんと五本ずつある。

「よしよし……」

 恐る恐る抱き上げ、街灯の直下へ移動し、多少明るくなった場所でもう一度じっくり観察。

 ツルツルの小さなお尻、筋肉がないやわらかな太ももなどを見る限り、普通の赤ん坊となんら変わりないが、手が長すぎるだけでなく、首から上の容姿は、人を驚かすには充分だった。

 頭の真ん中縦一列に、薄茶色の細い毛が並んだモヒカン風の頭髪。毛の生え具合は、馬のたてがみか、鶏のとさかのような感じがする。ふっくらとした頬は愛らしいのに、頬の半分ぐらいは魚の鱗のような銀色で得体が知れない物が張りついており、鼻はペチャンコ。パクパクと口を開けば、まるで、酸欠の金魚。しかも、こんな赤ん坊のくせに、魚仕様の細かい歯が奥まで生えそろっている。この顔のサイズにしては黒い目は異様に大きい。

 この子を産んだ母親は、異様に長い手と常人離れした顔を恐れ、捨ててしまったに違いない。

 気持ち悪い……が。

 ほとんど白い部分なしの真ん丸な黒目で真剣に見つめられたら、悪い気はしない。俺は、持参していた社名入りフェイスタオルを使って「捨て子」をすばやく包み、足早にその場を後にした。

 捨て子を見つけたのに通報せず連れ帰るとは、俺は、仕事で叱られすぎてどうかしていた、としか言いようがない。ゴミ捨て場から赤ん坊を救出した英雄にでもなったつもりでいた。もちろん、育てる気など全くなかった。変わった子が捨てられていたから、興味を惹かれただけで、後のことなど考えていなかったのだ。


 アパートへ連れ帰ったその子に、俺のTシャツを着せ『ギャミ』という仮の名前を付けた。見た時に、ギャー、と思ったから『ギャ』で、それに女の子らしく『美』という字を当て『ギャミ』。

 自分でもうまい具合に名付けたと満足しながら、畳の上に置いた彼女を上から覗きこむ。真っ黒な瞳が何かを訴えるように俺を追う。


 とりあえず、牛乳を飲ませてみよう。ひとりきりで暮らしている俺の部屋には、赤ん坊に与えてもよさそうな物は、他にはない。

 電子レンジで温めた牛乳をスプーンに少しだけすくい取り、畳の上に寝かせておいたギャミを抱き上げ、口元へスプーンを持っていった。

 金魚のようにつるりとした唇が、待っていたように開く。

「腹が減ったか? こぼすなよ」

 やさしく話しかけてやる。いつかは俺も、こんなふうに自分の子を抱いてみたい。会社でネチネチ言われ、へこみ気分で帰宅した時に、赤ん坊が偽りのない笑みを見せてくれたら、疲れも吹っ飛ぶというものだ。

「おまえ、意外とかわいいじゃないか。おまえの名前はギャミに決めたからな」

 たとえ、不細工な赤ん坊でも、こんなにも俺は頼りにされている。俺が見つけなければ、こいつは死んでいたに決まっている。

 牛乳を待ちわびて、口をぱくつかせるギャミ。その必死ぶりがたまらず、すぐに与えず、ギャミが口を動かしている姿を楽しんだ。全身全霊で俺を待っているこの小さな存在。こいつを無責任に作って、捨てた親は本当にバカだ。

 ああ、かわいい。癒される。

 無意識に唇と頬が弛んで……

 

「っ!」

 俺は思わず、抱いていたギャミを床の上に放り出していた。

 一気に血の気が引き、ほんわか気分は急速冷却。

「マジかよ」

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