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君を知らないまま、恋をした  作者: 一ノ瀬麻紀


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55 夢が叶う

 あれから、あっという間に時間は過ぎていった。

 検査に説明、入院の準備。気づけばもう手術当日の朝だ。

 窓の外からは、明るい日差しが差し込んでくる。昨日の雨が嘘のように、晴れ渡った空だった。


 昨日は、手術のことを考えると心が落ち着かなくて、なかなか寝付けなかった。

 ずっと付き合っていく病気だと思っていたから、治るなんて今でもまだ信じられない。


「忙しいのに、ごめんね」

「何言ってんだよ。恋人の大事な手術だぞ? 仕事は二の次だ」

「そんなこと言ってると、蒼馬(そうま)さんに怒られるよ?」


 手術の時間も迫った頃、(すばる)が病室に訪ねてきてくれた。

 やっぱり忙しい両親の代わりなので、家族と同様の扱いをしてもらっている。


「仕事、今大変なんでしょ?」

「まぁね。でも、より良いものをお届けできるように、みんなで頑張っているよ。ますます魅力的なリベラリアにするから、楽しみにしててくれよ」

「うん、またログインするの楽しみだな」


 バグが発生していたリベラリアは、あれから体験版を休止し、長期メンテナンスに入った。

 消去したはずの洞窟とボスが現れるという、不可解なバグが発生した以上、サービス提供しながらというのは難しいらしい。

 ただ、マイナスな理由ばかりではないと言っていた。


 今回の体験版で得た、プレイヤーのフィードバックに基づき、新要素の追加や改善など、大掛かりなアップデートも同時に行うらしい。

 そのため、製品版の正式運用までは、もう少し時間がかかりそうだ。


「手術が成功したら、やりたいことがたくさんあるんだ」

「そうだな」

「ゲームの中だけじゃなく、現実世界でも思い切り走れるようになるでしょう? だから、クラスメイトと一緒に体育をやるのも楽しみなんだ」

「体育祭では、写真をいっぱい撮るぞ」

「それじゃあ、まるで保護者だよ」


 昴は年上のお兄さんとして、ずっと僕のそばにいてくれた時の感覚が、抜けないのかなって思った。

 でもそんなふうに、いつでも僕のことを考えてくれるのは嬉しい。


「花火大会も、楽しみだな……。今年は、人混みに揉まれながら、屋台で買って食べ歩きできるんだよね」

「いくらでも食べ歩きできるさ。……真白(ましろ)が食べたがっていたりんごあめ、一緒に食べような」

「うん。……夢が叶うんだね」


 失っていた記憶を取り戻した時に見た光景。

 近所の花火大会の帰り道、また来年も行こうねって約束をした。

 来年は、人混みの中でりんごあめを買って食べたいって、僕は言った。

 その夢が、叶わないと思っていたのに、今年は本当に叶うんだ。


「これから、長い人生ずっと一緒にいるんだ。楽しいこと、嬉しいこと、時には大変なことも、二人ならなんでもできる。乗り越えられる」

「そうだね。昴となら、なんでもできる気がする」

「だから……早く、病気なんてやっつけてこようぜ。俺がついてるから、大丈夫だ」

「僕、前衛には向いてないけど、昴も一緒に戦ってくれるから、余裕だね」


 成功率の高い手術と説明されているけど、やっぱり不安だ。

 術後、今度は本当に眠ったままになってしまうんじゃないかとか、そんなことを考えてしまう。

 もしかしたら、目を覚まさない僕を二度も見てきた昴は、僕以上に不安なのかもしれない。


「真白、頑張れよ」

「うん、待っててね」


 そして僕は、手術に臨んだ。

 すぐ隣に昴はいないけど、心の中にはいつだって昴がいる。

 僕なら大丈夫。大切な人たちの想いを力に変えて、絶対にボスを倒してくるんだ。



「はい、真白」

「ありがとう! すごい、キラキラしてて綺麗!」

「花火の打ち上げ時間も近い、座る場所探そうか」

「うん!」


 僕と昴は、地元の花火大会に来ていた。この時期の花火大会は珍しいこともあって、大人気だ。

 すごい人混みをかき分け、念願のりんごあめを買った。

 今までなら遠くから眺めているだけだったのに、今の僕は誰にも止められずに、人混みの中に行けるんだ。

 

 りんごあめを食べながら花火を見ようと、僕たちは河川敷に向かった。

 ここも、花火を見ようとする人であふれかえっていた。


「ここにしよう」


 二人分座れるレジャーシートを広げ、僕たちは並んで座った。

 広くないスペースだから、肩を寄せ合う感じで、ちょっとドキドキする。けれど、人混みのざわめきの中で、隣に昴がいることがただ嬉しかった。


「すごい人だね」

「大丈夫か? 疲れてないか?」

「ちょっとびっくりしちゃったけど、すごく楽しい!」

「ほら、花火始まる前に、りんごあめ食べようか」

「うん!」


 そうこうしているうちに、花火打ち上げ開始のアナウンスが流れ、夜空に大きく花火が打ち上がった。


「すごーい! きれーい!」

「ほら、落とさないようにな」


 ポカンと口を開けながら、打ち上げられる花火を見ていたら、隣から袋を外したりんごあめが渡された。


「ありがとう〜。んー! 美味しい!」


 人混みをすり抜けながら、昴と一緒に買ってきたりんごあめは、他の何よりも輝いて見えた。

 ガリッというあめの食感も、口いっぱいに広がる甘酸っぱさも、空一面に広がる大輪の花も、僕にとってかけがえのない思い出の一ページになる。

 僕たちの思い出のアルバムは、こうやって一ページずつ埋められていくんだ。


 そして、僕と昴の大切な思い出のアルバムの中に欠かせないのが、リアルVRゲームのリベラリアだ。

 花火大会が終わって、ちょうど四月に入った頃に、体験版再開のお知らせが届いた。


 僕の新しい日常は、こうして始まった。

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