53 あの日のこと
「昴は、気にしているみたいだけど、僕は嬉しいんだよ」
昴の胸に飛び込んだ僕は、ぬくもりを感じながら、僕の素直な気持ちを伝えていく。
「だって、僕が昴のことを忘れてしまったのに、それでもずっと僕を支えてくれた。その上、僕のことを思って、優しいお兄さんのままでいようとしてくれた」
「それは……本当のことを伝えても、真白は混乱するだけだろ? 負担をかけたくなかったんだ」
「ほら、昴はいつでも僕のことを一番に考えてくれる。……そんな人が、ゲームの中で正体を明かさず、僕と友達になろうとしてくれた。たとえ下心があったとしても、昴は自分本位にはならずに、ゲームの中でも僕を守ってくれたでしょ?」
昴は、せめてゲームの中では、僕と対等でいたいと思って、ラパンとして偶然を装って僕を助けてくれた。
正体を明かせず悩んだと思う。だけどラパンとして、いつでも僕のことを考えて、そばで寄り添ってくれた。
「だからね、もう気にしないで欲しいんだ。昴もラパンも、僕にとって大切な人であることには変わりがないから」
「真白……」
「よし、この話は終わり! 次は……あの日のことを聞かせて欲しいんだ」
僕は、まだ何か不安そうな昴の気持ちを切り替えるように、この話は終わり! と区切ることにした。そして昴から体を離し、僕は呼吸を整えた。
リベラリアの世界が少しずつおかしくなり、体験版にいないはずの大蛇に遭遇した日。僕からまばゆい光が解き放たれたことまでは覚えている。
そのあと、記憶の海に放り出され、気がつくと病室にいたんだ。
「わかった。……あの日突然ホワイトバロウに現れた洞窟は、本来はないはずなんだ」
「じゃあ、なんで……?」
「それが、わからないんだ。途中まではストーリーに組み込まれていたけど、結局は削除されたデータなんだ。頻繁に起きてしまっている、バグのひとつだと思う」
「バグ……?」
「真白が遭遇したログアウトボタンの消失や、サポートキャラの頻繁なメンテナンス。それにあの日は、街並みや洞窟の乱れ、ドット欠けなどの異常があちこちで確認されていた。その都度データ修復してきたけど、一度サービス停止して、修正することになった」
やっぱり、バグだったんだ。
でも、削除されたデータが勝手に復元されるなんて、本当にただのバグなんだろうか。
まるで、誰かがあの場所を残そうとしているみたいだ……。
「しばらく、リベラリアにログインできないんだね」
「ああ。けど、真白の手術が終わって元気になった頃には、またログインできるようになるさ」
「そうだね。楽しみだな」
リベラリアの世界に行くことは、僕の生活の一部になっていたし、心の支えになっていた。
初めは、自由に走ったり、思い切り戦ったりできることが嬉しくて、VRゲームはいいなって思っていた。
けど今はそれだけじゃない。リベラリアで出会った人たち……たとえNPCだとしても、僕にとってかけがえのない存在になっているんだ。
「あ、そうだ! 洞窟で、僕から光が出たのは覚えてるんだけど、あのあとどうなっちゃったの?」
「ああ、あのあと大蛇は光に包まれて消滅した。あの戦いで、シロを見て驚いていたようだけど、予期せぬ形で出会った敵だから、なぜあんなセリフを吐いたのかも謎なんだ」
「ラパンとソーマが倒したんじゃないの?」
「ああ、シロから放たれた光が、あいつの動きを止めて飲み込んでいった。おそらく、シロからの何かしらの力が働いたんだと思う」
「あのとき僕は、大蛇を倒してみんなで洞窟を出るんだって、強く祈ったんだ。魔法だったのか祈りが天に届いたのかはわからない。でも、みんな無事で――」
と言いかけて、僕はやっと思い出した。
「ソーマさんは!? 無事なの?」
「大丈夫だ。あいつは今、会社に戻ってバグの対応に追われている」
「ああ、よかった……」
あのとき洞窟内にいた僕たち全員が無事だとわかって、ほっと胸を撫で下ろした。
けどまだ気掛かりはある。ホワイトバロウに残してきた子うさぎたち、街から忽然と消えた人々。
「子うさぎたちも無事だ。データ異常は見当たらないって、さっき蒼馬から連絡がきたよ」
「無事なんだ……よかった」
昴は、僕が街の人々や子うさぎたちを心配していることをわかっていて、事前に蒼馬さんに頼んでくれていたんだ。
体験版は一人プレイ用だと言っていたから、僕がログアウトしている間は時の流れが止まる。それにNPCだから何かあっても修正ができるのはわかっている。
それでも、バグが発生しているのなら、あの子達にも何か影響があるかもしれないと、心配になってしまったんだ。
「大蛇が消滅したあと、シロは意識を失ってしまっていた。その時ちょうど運営側が脳波の異常をキャッチして、強制ログアウトさせたんだ。俺たちもログアウトし、念のために真白をかかりつけの子ども病院に搬送したんだ」
「僕、全然覚えてなかったから。……そっか、そんなふうになっていたんだね」
「病院で診ていただいたけど、特に異常はなしと言われた。けど、すぐには目を覚まさなくて、俺は不安になってしまったんだ」
僕が高熱を出し、何日も目を覚まさなかった時を思い出したんだろう。
「心配かけてごめんね」
「……本当に、無事でよかった」
昴は、いつものように、僕の頭をポンポンと撫でてくれた。
昴に聞いて、あの日のことがわかった。次は、僕の体験したことを、昴に話す番だ。




