50 靄が晴れる時
ゆっくり目を開けると、心配そうに僕を見つめる昴の顔があった。
僕の手を優しく包み込む感触に気づき、視線を移すと、あの映像と同じように、昴は僕の手を握りしめていた。
「昴……」
「真白……よかった、目を覚ましたんだな」
「また、心配かけてごめん」
「気にするな。気分が悪いとかないか?」
「うん、大丈夫。……昴の手、温かいね。あの時と変わらない……」
「え……?」
昴は、僕の言葉に、驚いたように声を漏らした。
そして、戸惑ったように視線をあちこち彷徨わせたあと、僕の顔をまっすぐに見つめた。
言葉を探すように、何かを言いかけてはやめ、また言いかけては口をつぐんだ。
僕はちゃんと昴に伝えたくて、体を起こそうとしたら、慌てて昴が体を支えてくれた。
ゆっくりと、支えられながら体を起こす。
そして、今度は僕から昴の手を取り握りしめた。
「昴、ただいま。ずっと待たせちゃって、ごめんね」
「まさか……」
「ずっと、僕のそばにいてくれてありがとう。……僕の記憶がないのに、支え続けてくれて、ありがとう」
「――っ」
僕が精一杯の感謝を込めて伝えると、昴は息を呑んで目を見開いた。
「全部、思い出したよ。……昴のこと、忘れちゃってて、ごめん」
「真白! 思い出したのか!?」
「うん……全部……思い出したよ……」
僕は昴に思いを伝えたいから、ちゃんと笑顔でいたかったのに、胸から込み上げるものがあって、言葉が詰まってしまう。
何か心の中に靄がかかっているような……大切な何かを忘れているような……ずっとそんな思いを抱えていた。
「よかった……本当に良かった――!」
昴は思い切り僕を抱きしめると、ただ「良かった」とだけ繰り返した。
僕と同じで、きっと言葉にならないんだと思う。
昴は、しばらく僕を強く抱きしめたあと、はっと我に返って僕を離した。
「ごめん! 苦しくなかったか?」
「大丈夫だよ。昴の腕の中、暖かくて安心する」
僕の気持ちも落ち着いて、少しずつ余裕が出てきたように思う。
「そっか……。それならもっと抱きしめていたいけど……、先生を呼んでこないとな」
「え? あ、ここ……病室!」
二人きりの世界に入り込んでしまい気づかなかったけど、僕たちが今どこにいて、どんな状況なのか慌てて周りを見回した。
幸い、病室には他に誰もいなかった。昴がずっと一人で付き添っていてくれたんだろう。
「あ! そうだ、リベラリアはどうなったの?」
洞窟で大蛇と戦っていて、僕から光が放たれたことまでは覚えている。でもその先の記憶がぷつりと途切れているんだ。
「そのことも含め、後でゆっくり話をするよ。今は、真白の体調が心配だ。先生にちゃんと診ていただこう」
「うん……。僕、また何日も寝てたの?」
「ううん、今回は一日くらいかな。……でも、あの時のことを思い出してしまって、不安だった――」
僕が記憶を失っていた時の昴は、少し大人びた、落ち着いた男性だった。
けど本来の昴は年上だけど、僕の前では、一緒にはしゃいだりするような人だ。……そして、自分の気持ちにも素直な人だ。
こんな風に、僕には正直な気持ちを話してくれるのが、本当の昴なんだ。
「不安にさせちゃって、ごめん。でも、もう絶対昴のことは忘れないから」
僕は、昴の不安が胸に響いて、思わず抱きしめていた。
年齢差なんて関係ない。僕たちは、こうやって一緒にいるのが、いちばん自然なんだ。
「ありがとう。……じゃあ、ちょっと先生を呼んでくるから、真白は横になって休んでて」
「うん」
ずっと二人きりでいたいけど、そういうわけにもいかないよねと、僕たちは体を離した。
リベラリア……VRゲームの世界にいたはずなのに、なんで僕はログアウトして病院にいるのか。あのあとあの大蛇はどうなったのか。一緒にいたソーマさんもどうなったのか。
聞きたいことは山ほどあるけど、昴の言うように、まずは先生に診ていただかないとならない。
事情はよくわかってないけど、昴の様子を見る限り、また僕はみんなに心配をかけてしまったんだと思う。
記憶が途中で途切れていること、その間に見たあの走馬灯のような映像のこと、それをきっかけに失っていた記憶を取り戻したこと。
僕からも伝えたいことはたくさんある。
でも今は、かかっていた靄が晴れて、昴のことを全て思い出しただけで十分だ。
あの記憶の扉の先に、昴の笑顔を見た時のことを思い出し、胸が暖かくなる。
枕元に並べられた、二つのうさぎのキーホルダーを握り締め、胸に当てた。
記憶を失っていても、心のどこかでずっと繋がっていたんだ。
僕は安心して気持ちが緩んだのか、眠気がやってきて、瞼がだんだん重くなっていた。
そのままふわりふわりと、体が浮くような感覚がして、すーっと意識が薄れていった。




