49 記憶の再生
――あれ?
気づくと僕は、動物園のお土産コーナーにいた。
確かこれは、僕が幼稚園の頃、家族旅行で動物園に行った時だと思う。
うちの家族以外にも、一緒に行った人たちがいた気がする。
『お土産、何か買って帰ろうか』
『うん、今日の思い出だね。【――】は、何にする?』
楽しそうにお土産を選ぶ、僕たち。
でも、なぜか会話の一部が靄に隠れて、聞き取れない。
『俺はね、これにしようかな』
『うさぎのキーホルダー?』
『うん。なんか、これが良いなって思ったんだ』
『じゃあ、僕も同じのがいい! おそろいにしよう!』
『うん、それいいな』
こんなやり取りがあったのは覚えているけど、誰だったのか、靄がかかって思い出せない。
ただ、あの日の記憶をたどると、胸がざわついて落ち着かない。
この時に買ったのが、僕の大切にしている、うさぎのキーホルダーだというのは覚えている。
僕は小学校の高学年の頃から、お医者さんに生活の制限をされてしまい、みんなから取り残されて寂しい思いをしてきた。
でもそんな時は、いつもこのキーホルダーをお守り代わりに持っていた。
物心ついた頃からいつも隣にいて、ずっと一緒だった人――。
記憶の奥がぼやけていて、顔は浮かばない。でも、僕にとってかけがえのない人だったはずだ。
急にふわっと体が浮いた感覚がしたと思ったら、今度は家の近くの河川敷に立っていた。
対岸には屋台が並び、たくさんの人であふれかえっている。
ああ、地元の花火大会の日だ。
夏に花火大会が行われることが多い中で、珍しく三月に花火大会があるんだ。
『花火きれいだったなぁ。また来年も一緒に来たいな』
『うん。来年は、あっちのお店がたくさん並んでいるところで、りんごあめが食べたいよ』
『真白は、くいしんぼうだなぁ』
『だって、美味しいもの食べたら、幸せな気持ちになるじゃん』
『うん、そうだなぁ』
僕たちは、お互いの顔を見合わせて、笑った。それだけでも幸せだったんだ。
――誰と?
僕は、誰と一緒に笑い合ったんだろう。靄がかかって、顔が思い出せない。
あの日、本当は対岸の向こうで人混みに揉まれながら、お祭りを楽しみたかった。
レジャーシートがたくさん敷かれた中で、狭そうに思いながら花火を見上げたかった。
でも僕がお医者さんから止められていたから、少し離れたところでしか、お祭りの気分を味わうことはできなかった。
寂しそうにしていた僕に、『屋台の並ぶエリアには行けないかもしれないけど、花火はゆっくり一緒に見よう』って言って、有料席を予約してくれた人がいた。
――それは誰?
僕は、誰と一緒に笑い合ったんだろう。記憶が霞んで、顔が思い出せない。
もう一度ふわっとした感覚がした後、今度は病院のベッドの上にいた。
まるで魂が体から離れたように、天井から自分を見下ろしていた。夢なのか、記憶なのか、僕にはわからなかった。
『なぁ真白。まだ起きないのか?』
ベッドで眠る僕のそばで、椅子に座って僕に語りかけている人がいる。
僕の手を取り、祈るように頭を下げているこの人は、きっと動物園の時と花火大会の時の人と一緒だ。
顔はやっぱり見えないけど、その人の姿を感じるだけで、僕はとても安心した気持ちになれる。
『今年の花火大会も、一緒に見に行こうって約束しただろ? 早く起きないと、花火大会終わっちゃうぞ?』
切なそうに話しかけても、僕はぴくりとも動かない。
規則的な呼吸音が聞こえてくるだけだ。
ふと枕元を見ると、眠る僕の横に、二つのうさぎのキーホルダーが置かれていることに気づいた。
やっぱり、動物園の人と花火大会の人は、同じ人なんだ。
『なんで、返事してくれないんだ? 俺たち、小さい頃からずっと一緒だっただろ? いつもバカ言って騒いで、本当の兄弟以上に……なのに……』
その人は耐えきれなくなったように、僕の手を握りしめたまま、布団に顔を埋めた。
その背中は、震えているように思えた。
その人は布団に顔を埋めたまま、声を押し殺すように、叫んだ。
『真白、お願いだから、もう一度【――】って呼んでくれよ……!』
その瞬間、グッと意識が引き戻されるように、その場から離れた。
すごい勢いで背中を引っ張られるような感覚のあと、何もない真っ白な部屋に辿り着いた。
「今のは、なんだったの……?」
夢だったのか、僕の記憶なのか。
でも、あの人のことは、靄がかかって思い出せない。
わけが分からず戸惑っていると、真っ白で何もなかった空間に、少しずつ映像が流れ始めた。
そしてどんどん流れる映像が増え、まるで走馬灯のように、僕の中に流れ込んでくる。
ずっと、知りたくても、靄がかかって思い出せなかった、その人の存在。
その人と僕との、忘れていた記憶が、僕の中に次から次へと吸収されていく。
そして、無音だった映像から、声が聞こえてきた――。
『うん、今日の思い出だね。昴は、何にする?』
『真白、お願いだから、もう一度昴って呼んでくれよ……!』
僕の耳に入ってきたのは、さっきは靄がかかって聞こえなかった名前だった。
それと同時に、僕の目の前に流れた映像に映っていたのは、紛れもなく『昴さん』その人だった。
「僕は……昴さんの記憶を、失っていた――?」
戸惑いと驚きの中、僕が導き出した答えはたった一つしかなかった。
昴さんは、ずっとそばにいてくれた、近所の優しいお兄さんなんかじゃない。
僕が生まれた時から一緒に過ごしてきた、本当の兄弟のような、なくてはならない存在で……。
それだけじゃない。
きっと僕は、無意識に昴さん……ううん、昴のことを――。
自分の気持ちに気づいた僕の目の前に、突然扉が現れた。
その瞬間、まるで靄が晴れるように、昴の笑顔が浮かんだ。
この先に、昴がいる。僕はそう確信し、扉に手を伸ばして大きく両手で開いた。




