47 洞窟を守りし者
かすかな浮遊感と、土臭い匂いで目を開けると、そこはもう薄暗い洞窟の中だった。
「やった……成功した……」
転移魔法は、上級者向けの魔法だと説明された。物を移動させるくらいならできる人もいるけど、自分自身が別の場所に移動するというのは、かなり高度なんだそうだ。
僕は、自分の体全体に異常がないか念入りに確認した。今のところ、異常は見当たらない。
本当に転移魔法が成功したんだ――。
不完全魔法だったら……という不安を抱えていた僕は、ホッと胸を撫で下ろした。
「よし、ラパンとソーマさんを探そう」
僕は両手で自分の頬を、パンッと叩いて気合いを入れた。とにかく合流するために、どこにいるか探さないと。
――そう思って歩き出したけど、数歩歩いたところで僕の足は止まった。
「ラパンだ」
どうして確信できたのか、自分でもわからない。だけど、あの向こうにラパンがいる。
モンスターに遭遇するかもという恐怖など投げ捨て、僕は一気に走り出した。
突き当たりを右に曲がる。そしてすぐ左。――もうすぐだ!
視界が大きく開けたその先に、ラパンとソーマさんはいた。
「――っ!」
僕は大きな声を出しそうになって、慌てて口を塞いだ。
ラパンとソーマさんの視線の先には、黄金に輝く大蛇がとぐろを巻いて眠っていた。
僕は咄嗟に岩陰に隠れ息を潜めた。こんなモンスターを前に、僕が出て行っても迷惑をかけるだけだ。
あまりの恐怖に体が震える。
今まで僕がリベラリアで見てきたモンスターは、その辺に転がる石ころと同じだ。
ラパンとソーマさんが目の前にしている大蛇は、比べ物にならない強さなのだろう。
あまりの圧倒的な存在感に、体が危険信号を感じ取っている。
「おい、なんでこいつがここにいるんだよ?」
「知るか!」
「体験版に出てくる奴じゃないだろ?」
「それは俺が聞きたいわ!」
ラパンとソーマさんは、大蛇から目を逸らさぬように、ゆっくり後ろに下がり距離を取る。ひそひそ声で話す内容からは、二人とも戸惑っているというのがわかった。
その直後、人の気配を感じ取ったんだろう。大蛇が体を起こし、シューシューと威嚇し始めた。赤い舌が二人の方を向いてチロチロと動く。
『侵入者か……』
「しゃべった!?」
「こいつは一体……」
距離を保ったまま、ラパンとソーマさんが顔を見合わせる。
『我は、この洞窟を守りし者――』
「洞窟を守りし者……?」
「……待て。まさか、ヴェルミリオン・コードか?」
「は? あれは、実装中止になったはずだろ!」
「わからない。最近の頻発するバグも関係しているのかもしれない」
「いや、そもそもデータ削除済みのはずなのに、なんでいるんだよ!」
最初は声をひそめて話していた二人も、戸惑いが大きくなるに連れて、声を荒げていく。
体験版にないはずの洞窟が現れて、いないはずの洞窟のボスに遭遇したってこと?
ログアウトボタン消失とか、サポートキャラの頻繁なメンテナンスや、ホワイトバロウの街並みの異変も、全て関係してる……?
僕は胸騒ぎがした。
いくらラパンたちが強いとはいえ、これが想定されていなかった出来事なら、常識は通用しない。
開発者側のチートがあると言っても、本当に大丈夫なのだろうか?
考えれば考えるほど、不安が募るばかり。
あまりにもリアルすぎるせいで、ゲームと現実の境が曖昧になっていく。
本当はここが現実で、倒されてしまったら、もう存在そのものがなくなってしまうんじゃないか?
……そんな間違った思考に侵されそうになった時、目の前の大蛇の鱗の一部が、ドット崩壊してチカチカ光り出した。
その光景に、奪われそうになっていた思考が一気に引き戻された。
そうだ。ここはゲームの世界だ。僕には帰る場所がある。……不安にならなくても、大丈夫なんだ。
「……バグじゃない、こいつは、削除されたはずの、試作ボスだ」
「チッ、バグだろうがなんだろうが関係ない、とにかくこいつをやっつけないことには、戻れねぇよ」
「ああ、そうだな。さっさと終わらせようか」
ハッと気づくと、ラパンとソーマさんが、大蛇に向かって剣を構えていた。
僕が不安になっていてもしょうがない。二人なら難なく倒せるはずだ。僕は邪魔にならないように、ここで待っていれば大丈夫。
ラパンとソーマさんが戦闘体制に入ったのを見た大蛇が、シュルシュルっと赤く長い舌を出し入れする。
『我を倒すと申すのか。……面白い、相手になってやろう』
「こんなとこで遊んでる暇はないんだわ」
「悪いな、サクッと終わらせるから」
ラパンとソーマさんの挑発するような態度に、大蛇はこちらに向かって動き始めた。
移動はゆっくりなのに、巨体が地面を這うたびノイズのような音が響き、地形が乱れる。
大蛇の鱗から始まり全身にドット崩れが広がっていき、背景全てにまで崩壊範囲が広がっていく。
本来ないはずの洞窟は、すでにバランスを崩し崩壊が始まっていた。
まずい、このままだと僕たちも、この洞窟の崩壊に巻き込まれてしまう。
僕は邪魔にならないように岩陰に隠れていたけど、このままじゃダメだ。二人を信じて何かできることを探さなきゃ……。
「ラパン、ソーマさん! 逃げなきゃダメ!」
僕は思い切って、岩陰から飛び出し叫んだ。
「シロ!?」
「なんでここに!」
無我夢中で二人に駆け寄り、逃げようと腕を掴んで引っ張った。
『なぜお前が……!』
飛び出してきた僕を大蛇は目を見開いて見下ろし、信じられないものを目の前にしたかのように低く唸った。




