23 もちもち
「メプさん、こんにちは!」
僕は気持ちが重くならないように、努めて明るく挨拶をした。落ち込んでいても仕方がない、できることをやるんだ。
「あら〜、シロじゃな〜い。ユーアから聞いたわよぉ〜」
お店に入ると出迎えてくれたのは、声はメプさんなのに、姿がこの前と違う。あれ? って一瞬びっくりしたけど、人型にもなれるのかな?
「あ〜。今日はねぇ、さっきまで出かけていたから〜。ちょっと待ってねぇ〜」
そう言ってメプさんはボンっと音を立てて、前に会ったときのもふもふあざらしの姿になった。
「この姿の方が楽なんだけど〜、出かけるときはねぇ〜。話をしたいから、奥の部屋で待っててほしいの〜」
「わかりました」
僕は、メプさんの言う通りに、奥の部屋に向かった。依頼を受けたときに入ったことのある部屋だから、慣れた感じで椅子に座ろうとしたら、突然「ダメーっ!」と言う声がした。……え?
椅子の上に置いてあったクッションだと思ったものが、ボンっと消えたと思うと、そこにはふんわりピンク髪の女の子が現れた。
「モモチを潰すつもり!?」
両手を腰に当ててぷんぷんと怒る女の子は、手乗りサイズくらいの、妖精のような見た目をしていた。
「気づかなくてごめんね。初めまして、僕はシロです。キミは?」
「……あたしは、モモチ。桃の妖精だよ」
僕がしゃがんで目線を合わせ、優しく話しかけたら、ぷんぷん怒っていた子は、許してくれたのか静かに自己紹介をしてくれた。
「モモチはね、桃の妖精だけど、桃のぬいぐるみ姿でいるのが好きなの。みんながね、可愛いって抱きしめてくれるんだから」
そう言って、モモチは僕の目の前でボンっと変身した。桃のぬいぐるみというより、ピンクスライムのようなぽよんぽよんした感じだ。
でも確かに、抱き心地が良さそうだ。僕も後で抱っこさせてもらおうかな。
「お待たせ〜。あら、モモチもいたのねぇ〜」
あざらしの姿のままのメプさんがやってくると、ソファーによっこいしょと登った。僕は向かいのソファーにモモチと一緒に並んで座った。
「落ち着くまで、ここにいていいのよ〜。二階が住まいになってて〜部屋の空きがあるのよ〜」
メプさんは元々サポートキャラだったからなのか、他の住人よりさらに高性能なAIを搭載しているんだろうな……と思うことがよくある。
僕と同じプレイヤーなのかもしれないと、思わず疑ってしまうレベルだ。
ユーアさんから話は聞いてると思うけど、特に詮索することもなく、僕のしばらくの住居を提供してくれるという。本当にありがたいことだ。
僕にできることは、お土産屋を手伝うことくらいしかないけど、メプさんの言葉に甘えることにした。
◇
メプさんのところにお世話になり始めてから、四日目の朝を迎えた。現実世界では、僕がログインしてからすでに四時間が経過しているはずだ。
毎日一時間という約束でログインしていたのに、四時間経っても僕がゲームマシンから出てこないから、騒ぎになっているだろう。
現実世界で明日退院する予定だけど、このままだと退院もできない状態で、ずっとマシンの中に入ったままなのかな。
……そう思ったら、急に怖くなった。
僕のことを心配してくれたユーアさんやメプさんやモモチに、暗い顔を見せたくなくて、いつもと変わらない僕をずっと演じてきた。……けど、そろそろ無理かもしれない。
あれから、一日に何度もユーアさんを訪ね、水晶で見てもらっているけど、何の変化もないそうだ。
このまま閉じ込められたら、僕の心はどうなるんだろう。僕の体はどうなるんだろう。
「シロチー! モモチだよ。入るよー!」
急に押し寄せた不安に、心が押しつぶされそうになっていた時、ドアの向こうで僕を呼ぶ声がした。
……ん? シロチ?
「なんで返事してくんないのー?」
僕が返事をする間もなく、遠慮なく開け広げられたドアから、もちもちぬいぐるみ姿のモモチが飛び込んできた。
いや、返事しないじゃなくて、する間もなかったんだけど……。
僕が戸惑っていると、モモチはそのままの勢いで、僕の胸に飛び込んできた。
「どーお? もちもちで気持ちいいでしょ〜?」
ぬいぐるみだから表情は変わらないはずなのに、モモチはドヤ顔をしているんだろうなというのが伝わってきた。
そんなモモチをきゅっと抱きしめると、不思議と急に押し寄せてきた不安が、スーッと軽くなった気がした。
「可愛いね」
「当然よー。モモチは可愛いんだから!」
「ふふっ。……ありがとね、モモチ」
僕はモモチを抱きしめながら、小さくつぶやいた。
モモチは何も言わないけど、僕を励まそうとしてくれているんだ。
僕はモモチから元気をもらい、無理だと諦めていた“僕一人でも戦える方法”を探そうと考え始めた。




