07.秋の園遊会
今日は、王家主催の秋の園遊会。婚約破棄後、初めての公の場だ。アメリアの付き添いがないから、少しだけ緊張している。
足を踏み入れると、色とりどりのドレスに身を包んだご令嬢たち、格式高いご婦人たちが次々と挨拶に訪れた。
今日の衣装は、こげ茶にピンクの甘めデザイン。王太子の婚約者時代からすると少し柔らかい印象。
「パティール様、素敵なドレスですね」
「パティール様、先日、パティシエール・レナウンでお見かけしましたわ」
「あら? 私は植物園でお見かけしましたわ」
次々と声をかけられ、頬を少し赤らめる。
(はぁ……やっぱり。皆気づいても私的な場だから声をかけずにいてくれたのね……嬉しい)
恥じらいの微笑みを見せると、周囲の視線がいっそう集まり、「キャー」「まあ!」と皆の目が輝く。婚約破棄されても、私は社交界の華として輝いていた。
横目で見た王太子は、壁の華。なんと悲惨なことか……。
ふと後ろから聞こえた声に耳をそばだてる。
「お久しぶりです。義姉上」
(ん? 義姉……どこかで聞いたような……でも誰だっけ……?)
振り返ると、そこには背筋が伸びた青年が立っていた。見覚えはある気がするけれど、思い出せない。
「あ、僕だよ、グラニス。幼い頃は、ラニーと呼んで、僕のことを可愛がってくれただろ?」
(ラニー……そうか。留学から戻ったのね)
私は思わず肩の力を抜いた。
「兄上と婚約破棄なさるんですって?
兄上は、なぜそのような愚かなことを……」
しかし、言葉が途中で止まる。
(えっ? 婚約破棄…なさる? したじゃなくて……?)
頭の中が混乱する私に、ラニーがそっと微笑みかける。
「代わりに、僕を婚約者にしてくれる?」
顔を近づけ、耳元で囁くその声。ふんわりと可愛い笑顔を浮かべる義弟――な、何なの!
義弟に恋なんかするわけないのに、胸がキュンとして止まらない……。
(いや、違う! 私は、義弟に恋しちゃダメ……絶対に……っ!)
ラニーはさりげなく手を差し伸べ、私のドレスがふわりと揺れるのを支えてくれる。
その優しい仕草に、つい心が揺れるけれど、私は必死で自分を戒めた。ラニーと婚約なんてしたら、王位争いの火種になってしまうもの。
「くっ……私は、義弟に恋なんかしないんだから……っ!」
「自由も大事だけど、僕なら、義姉上を幸せにしてあげられるよ?」
即座に私の顔を覗き込み、ラニーがニヤリと笑った。
胸の高鳴りを抑えつつ、睨み返す。
「また会えるといいわね」
私はそっと園遊会の人混みに身を預けた。湖畔の彼が言った言葉が、自分にブーメランのように返ってきた。心の底から、彼の言葉が社交辞令だったことを噛み締める。
(王太子と婚約破棄して、その弟となんて非常識よ)
頭ではわかっているのに、あの微笑みが目に焼き付いて離れない。
(落ち着かなきゃ、落ち着かなきゃ……)
唱えても消えない彼の笑顔に、大きな息を吐く。
(自由って何?)
秋風が答えの代わりに髪を揺らした。街路樹の葉が黄金色に輝き、園遊会の余韻が静かに胸に残る。答えはまだ見えない――その問いは、抱えながら生きるものなのだろう。揺れる馬車に身を任せ、そっと瞳を閉じた。




