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06.たんぽぽの騎士、現る!

 公爵家の影に調べさせて、ようやく真実を知った。リアム(バード)は騎士ではなく、貴族令嬢たちを巧みに騙しては、貢がせた品を売り払って暮らしていたという。

 世間に姿を見せないのも、恥を隠したい貴族たちが、彼の存在を闇に葬ったからに過ぎなかった。


(もう恋はいらない)


 それからの私は、数カ月、自宅で薬草や歴史の本を読み漁った。


「お嬢様、最近できた植物園に行ってみませんか?」


 侍女のアメリアが提案してくる。どうやら、私の行動を心配してくれているようだ。


「賢い女になるの!」

「お嬢様、それでは賢いだけの女です!」

「どうして?」

「外に出て世事を学ばねば、単なる頭でっかちのつまらない女です」


 仕方なく外出に同意すると、アメリアは、顔を顰めながら笑った。


「ほら、行きますよ!」


 植物園に着くと、アメリアが手早くチケットを出した。


(きっと、ずいぶん前から用意してくれていたのね)

 

 言葉は厳しいのに、いつも私のことを考えてくれるアメリア。アメリアさえいれば、旦那様なんていらないわね。


 色とりどりの花々、緑の香りが辺りに満ちている。私は興味津々で歩き回り、あちこちの植物を観察しながら、足元に置いたスケッチブックに夢中で描き始めた。夢中になると、時間を忘れる自分に、少し微笑む。


(なんて贅沢な時間なんだろう)


 しかし、ふと前方から低い声が響いた。


「そこをどけ!」

「えっ?」


 驚いて顔を上げると、白衣に身を包み、神経質そうな眼鏡をかけた男性が立っていた。


 思わず一歩退く。どうやら、私が小さなたんぽぽを踏みそうになっていたようだ。


「ガサツだな……」


 彼が眉をひそめて言った。


(踏んだわけでもないのに、どうしてこんなに責められるのよ!)


 私は心の中で「嫌な人」と呟き、顔を上げた。


「指摘して頂いてありがとうございます。もう少しで、この健気な子を手折ってしまうところでしたわ」


 優雅に微笑み、強気に返す。


「植物を大事にできない方が、このような場にいらっしゃるのはお控え下さい」


 正直引いた。今まで出会ってきた男性達もろくでなしばかりだったけど、こんな不遜な態度を取る者はいなかったわ。『たんぽぽの騎士』と、皮肉を込めて、渾名を付ける。


 彼が小さくため息をつき、腕組みしながら冷たい視線を突きつけてきた。


「君、こういうところが、いつも――変わらないな」

「いつも?」

「いや、何でもない。忘れてくれ」


(いつもだなんて、私を知っている?)

 

 貴族ならば、私のことを知っていても仕方がない。だって、王太子の婚約者だったんですもの。でも、こんな人は見たことがないわ。


 私は、未来の王太子妃として、主要な家の当主、王太子と年の近い側近になる可能性がある人物を全て網羅していた。


「パティール・セルディと申します。先程は、失礼いたしました」


 貴族の礼をして、微笑んでみる。相手も貴族ならば、名乗るはずだ。


 名乗らない……。


「あの、お名前は?」

「――ああ、アンディだ。ここで、研究員をしている」

 

(何、今の? 何か計算している?)

 

 家名を名乗らないなんて、公爵家を侮辱しているのと同じ。疑問が湧いて彼を見つめたが、それ以上彼が口を開くことはなかった。


「お嬢様、そろそろ帰りましょう」


 アメリアが、少し困った顔で私に声をかけた。アメリアが声をかけてくれなければ、そのまま睨み合いが続いていたかもしれない。


「ええ、そうね」


 私は無礼な男を一瞥し、スケッチブックを抱え直した。

 今回は、素敵だなんて、一欠片も思わなかった。


(今までだったら、この人にも興味を持っていたかも?)


「今日は素敵な妄想、しないのですか?」


 アメリアが、右頬に手を当てて、ニヤリと口角を上げた。その仕草と笑みには、いつもと違う影。


(ああいう男が私には似合っているとでも言いたいの?

 気のせい……よね?)


「妄想する暇があったら、自分を磨くわ」

「あらあら、どの口が仰っているのやら……」


 すんと澄まして顔を上げる。

 きっと、今までだって、他人を素直に信じるなんてしてはいけなかった。王太子の婚約者の頃は、全方向から守られていたけれど――もうそうではない。

 

 自分を守れるのは、もう自分だけ。自分の幸せは、自分で掴むしかないの。

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