05.無駄な寄付? 詐欺にはご注意を!!
数日後、公爵家に一通の手紙が届いた。封筒には丁寧な筆跡で日時と場所が記されていて、私は少し胸を高鳴らせながら、侍女のアメリアとともに、その家へ馬車で向かうことになった。
「リアム様……素敵な名前ね」
思わず口にして、頬が緩む。
「お嬢様、また妄想しているのですか?」
アメリアの冷たい声が背後から飛んできた。慌てて笑って誤魔化す。もちろん、仲良くスイーツを食べさせ合う姿を想像していた。
街の外れにある指定された家に到着すると、突然、元気いっぱいの少女の声が聞こえてきた。
「待ちなさい!
兄ちゃ、また女の人を騙したっちゃ!」
(え? お兄ちゃん?)
私の頭の中が一瞬で混乱する。だって、見た目はどう見ても10歳は超えている元気な少女だ。病気の妹は6歳のはず。
(他にも妹がいるの?
「騙してきた」って……まさか、私のこと?)
「あの……リアム様?」
恐る恐る呼びかけると、少女がくるりと振り向いた。その目が氷のように冷たい。
「リアムって誰っちゃ? 兄の名前はバードっちゃ」
「えっ?」
喉がひゅっと鳴る。聞き違い? それとも――。
「――病気の妹さんは……?」
思い切って尋ねると、少女が目を丸くして、ケラケラと笑い出した。
「病気? 誰が!?
私、元気っちゃ!」
アメリアが隣で大きなため息をつく。
「お嬢様、言いましたよね……」
私は小さく肩をすくめ、それでも、一縷の望みに縋るように問いかけた。
「あなた、本は読める?」
「あぁ、今回は本? バカにしてるっちゃ?
こんな街外れの平民が、読めるわけないっちゃ!」
混乱して彼女の思考に追いつけない。
「お嬢様、病気の妹など、貢がせるための嘘だったのですよ」
アメリアが、私の耳元でそっと囁いた。
「なっ……!!」
(違う。そんなはずはないわ)
頭を振って、悪い予感を振り払う。
「他にも妹さんがいるのよね?
6歳の妹さんはどちら?」
「6歳? 私、16歳っちゃ」
(まさか、アメリアの言う通り、騙されたの?)
自分の名前を名乗ってしまった。公爵家の娘が騙されたなんて、世間に噂が出回ったら大変。頭をフル回転させ、言い訳を探す。
騙されたなんて、認めるわけにはいかない。
「この辺りの教会に絵本を寄付しに来たの。
もし字が読めるなら、あなたにも差し上げようと思ったのだけど……」
私は、まるで何事もなかったように、平静を装った。
「ふん! バカにしてるっちゃ」
少女が私を値踏みするように、視線を巡らせる。
「絵本なんか読む年じゃ、ないっちゃ!」
突きつけられた事実に、息が詰まった。
(実害を受ける前に留まったのよ、落ち込む必要なんてないわ)
本を乗せた馬車を眺め、大きく深呼吸した。
「お可哀想に。
善良なお貴族様は、詐欺師の見分けがつかないっちゃね……」
少女が私に憐れみの目を向けた。
「バード様、今回はご縁がなかったということで」
落ち着いて告げた。騙されたことを認めない私に、少女が蔑みの籠もった笑みを返す。
「どうせ、スイーツ店の行列で騙されたっちゃ」
心の中がざわつく。どうやら彼の妹は、賢そうだ。私が騙された状況を、しっかりと把握している。
「職に困ったら、我が家を訪ねなさい。
愚かな兄と縁が切れるわ」
さも、詐欺師の妹を助けに来たように、颯爽とその場を立ち去った。
(誰にも言ったわけじゃないし、心配することはないわ。
恋にも詐欺にも騙されそうだっただけ。
私の未来は、まだこれからよ!)
馬車に乗り込むと、アメリアの視線が刺さった。今何か言われたら、心が折れてしまいそうだ。
私は、私に恋愛が向かないのだと悟った。
「アメリア、今回は何も言わないでちょうだい!」
そう叫びながら、涙が溢れた。
(しばらく恋はやめよう……。これからは、勉学に励んで、賢い女を目指すわ!)
――『恋をする、その一歩前に立ち止まれ! 相手の身元は大丈夫?』
自分で作った標語に、思わず苦笑した。




