96
秋晴れの空の下、街道を南へ進むと石畳の匂いが徐々に濃くなる。
鹿の燻製肉と瓶に詰めた試作品を荷馬車に積み、青司とリオナは十日ぶりにリルトの街門をくぐった。
行商人の呼び声、パンの匂い、馬蹄の音。
朝方の街はいつも軽やかで、働く音が混ざっている。
「……戻ってきたわね」
「うん。今日中に報告しないとな」
青司は荷馬車を門近くの駐車場に預け、荷袋を担ぐ。
リオナは鹿肉の積み荷を確認してから、小さく息を吐いた。
「工房は後で? 先に商会?」
「商会だな。ミレーネに資料渡さないと話にならないし、一番に渡さないと怒られる」
リオナは思わず苦笑した。
「ミレーネさん、セイジを怒ったことあったっけ……?……セイジは怒られないわよ」
ミレーネは確かに仕事には厳しいが、青司には決して怒らない。
商会員たちは皆、青司の作るものと働き方が好きで、むしろ怒るどころか支えようとしてくれている。
二人は露店の並ぶ大通りを抜け、商業区画へ。
石造りの二階建て商館の扉には“ホヅミ商会”と掲げられた板。
朝の準備の音が中から聞こえてくる。
◆
「――おはようございます!」
扉を押し開けると、明るい声が二つ飛んできた。
店頭で棚を拭いていたソフィアとリディアだ。
ソフィアは茶髪のポニーテールで、人懐こい笑顔。
リディアは丁寧で落ち着いた物腰の、端整な黒髪。
「あっ、セイジさん! 戻ったんですね」
「おかえりなさい。今回は……ゆっくりできましたか?」
「調合と狩りが性に合ってるみたいなんだよ。リオナが鹿を持ってきた」
ソフィアがぱっと目を輝かせる。
「鹿ですか!? 後でアンさんが喜びますよ!」
「うん、燻製にする分はあるからな」
そこへ奥の事務スペースから一人、軽やかな足音が近づく。
「――戻った、と聞こえましたよ」
帳簿を抱えたミレーネだった。
柔らかい栗色の髪に、細い縁の眼鏡。
工房側との折衝を一手に担う、商会の心臓だ。
「ご苦労さま。予定より早いじゃない」
「調合が上手くいったからね。まとめた」
青司が革の包みを持ち上げると、ミレーネの眉が上がる。
「それは……新商品の?」
「ああ。ファンデーションと頬紅と……眉用」
その三つの単語で、店内の空気が少し動く。
ソフィアとリディアが顔を見合わせ、声が揃った。
「「化粧品だ!」」
リオナが苦笑する。
「二人とも、本当に好きよね……」
「そりゃ好きです! 女の子ですもん!」
ソフィアが胸を張り、リディアは遠慮がちに頷いた。
「街でも需要がありますし……冬婚の人も、多い季節ですから」
「冬婚……ああ、エリンが気にしてたから」
ちょうどその時だった。
階段からぱたぱたと軽い足音が降りてくる。
「――冬婚と聞こえた気がしたんだけど!」
息を弾ませながら現れたのは、明るい栗色の髪のエリンだった。
頬にそばかすが散っていて、瞳の色は蜂蜜のように柔らかい。
「セイジさん戻ってたんですね!」
「ああ。調合品持ってきた」
「ね、ね! その……前に言ってた“顔の色を整える”っていう……それってさ……!」
視線が青司の革包みに吸い寄せられる。
ミレーネが苦笑まじりに補足した。
「ファンデーション、って言うらしいわ。肌の色を整える化粧品。あと頬の赤みを付ける物もあるんですって」
エリンの顔がぱっと明るくなる。
「それ! それほんとに売るの!? すごいじゃない!」
「ただし試験がいる。色合わせと使用感と、持続」
青司は机の上に陶器皿を並べ、中身をスパチュラで示した。
皿は三つ。
一つは淡いベージュの練粉。
二つ目は桜色の粉。
三つ目は黒褐色の粉末。
「肌用、頬用、眉用。
市販なら三つ揃って“顔を整える基本”らしい」
「……基本とかあるんだ……!」
リオナがぽそっと漏らし、ソフィアが得意げに説明する。
「ありますよ! 肌、眉、頬、唇。ここが揃ってると顔が整うんです!」
エリンはじっと練粉を見つめ、指を胸元でぎゅっと結んだ。
「……冬の結婚式までに、どうにかしたかったのよね。
ほら……わたし、そばかすも色むらも多いから……」
俯いた額の横で髪が揺れた。
ソフィアとリディアがほぼ同時にエリンの肩を叩く。
「かわいいよエリンさん!」
「そばかすは魅力でもありますよ……!」
「わかってるけど……婚家に渡る肖像とか残るじゃない……!」
その一言に、女性陣が一斉にうなずいた。
「それは……確かに……!」
「わかる……!」
「すごく……わかる……!」
珍しくリオナまでもがこくこく頷いていた。
ミレーネが椅子を寄せ、腕を組む。
「で、セイジさん。サンプルテストはどう進めるつもりです?」
「まず商会員のみんなに使ってもらえたらと思ってるんだよ。
肌色、乾燥、日持ち、かゆみ、崩れ――全部違うからデータになる」
「肌色の違いがあるのは大事ね。冬は特に乾燥するし」
そこへ厨房からひょこっと顔を覗かせた丸エプロン姿のアンが来た。
「乾燥と言えば……野菜のスープ温まりますよ。鹿肉も煮込んでますよ」
「煮てるのか……さすがね」
ソフィアが笑った。
「アンさんは冬の救世主なんです」
その瞬間、入り口のベルが鳴り、革の音が近づく。
「戻りました。……おや?」
大柄な女性二人、アイリとエルミナが入ってきた。
護衛兼販売員。元冒険者で、街中でもよく目立つ。
「なんだなんだ。妙に華やいでるな」
ソフィアが待ってましたと言わんばかりに声を上げる。
「新しい化粧品ですよ! 顔に色を付けたり均したりするやつ!
ほらエルミナさん興味あるでしょ!」
「……そりゃ、あるわよ」
エルミナの返答は静かだが速い。
アイリは腕を組んで頷いた。
「実戦で汗をかいても崩れないなら凄いが……どうです?」
青司が淡々と返す。
「汗は難しい。そこは考えてなかった。
ただ、潤いと色持ちは冬向けに調整した」
言いながら、瓶の蓋を指先で軽く叩く。
リオナは指先で頬に触れながら、小さく笑った。
「……ほんとにそういうの、ちゃんと考えてるのね」
ミレーネが事務机を叩いてまとめた。
「決まり。サンプルは――
エリン、ソフィア、リディア、リオナ、アイリ、エルミナ。
六人でテスト。肌の強さもライフスタイルも違うからデータが取れる」
青司は頷き、陶器皿を六つの小瓶へ分けた。
「一人ずつ説明する。
まず肌用――“ファンデーション”。
色を均して細かい凹凸を見えなくする。日焼け止めの後に使う」
エリンがそっと手を挙げる。
「……そばかすは……どうなるの?」
「完全には消えない。でも――」
青司は指で粉を少しだけ乗せ、自分の手の甲で広げた。
肌の色が淡く整い、斑が薄くなる。
「光の反射が変わって、柔らかく見える。
遠目だともっと薄く見えると思う」
エリンは息を呑んだ。
眉の後ろで束ねた髪が震える。
「……すご……」
ソフィアが続いて眉用を指差す。
「こっちは?」
「“眉描き”。眉の形を整える。
薄い部分を描き足して表情をはっきりさせる」
アイリが少し身を乗り出した。
「それは……戦場で表情が死なないためにってこと?」
「まあ……そういう使い方もあるんじゃないか」
「なるほどな」
元冒険者らしい発想だと青司は思った。
「最後は頬用。
“チーク”。血色を補って健康に見せる。乾燥する冬には合うんじゃないかな」
「健康に見せる……!」
リディアが思わず繰り返し、アンが苦笑する。
「市場じゃ“顔色が悪い”ってよく言われますしね……冬は特に」
ミレーネが指で資料を閉じて言った。
「色合わせは明日。今日は温かいスープを飲んで、
手と口周りだけ保湿して帰って。
乾燥した肌は粉が乗らないから」
女性陣が一斉に頷いた。
「「了解!」」
青司はその光景を見て思う。
(……こうやって商品は完成していくのか)
森で一人こね回していた粉が、
こうして人の手に渡って、違う形になっていく。
その事実が少しだけ胸を温かくした。
そして――
リオナは横で腕を組んで、小さく笑っていた。
(……やっぱりセイジの散らかりは悪くないわね)
誰にも聞こえない独り言と共に。
◆
秋晴れの冷たい空気の中、通り沿いの看板には朝日が反射して輝いていた。
「――おはようございます!」
「おはよう!」
開店準備で扉を開けると、女性陣が次々と出勤してくる。
エリン、ソフィア、リディア、リオナ。
少し遅れてアイリとエルミナ。
そして進行役のミレーネが最後に現れた。
「全員揃ってるわね。じゃあ二階へ。テストは午前中に終わらせるわよ」
「了解です!」
女性陣の声が揃い、階段を上がる足音が軽快に響いた。
バタン
二階の扉が閉まる。
店内は一瞬しん……となり、
「……あれ、女性陣全員2階?」
と、会計台のルーカスがぽつり。
レオナルドが棚から顔を出して眉を上げる。
「いやでもソフィアもリディアも接客で必要だろ……」
ハリスが説明資料を抱えながら苦笑した。
「アイリさんとエルミナさんもですよ。
けど、ミレーネさん仕切りの“化粧試験”でしょ。
誰にも止められないですよ」
クレス店長はカウンターの帳簿を閉じて肩を回す。
「今日は男だけで回すぞ。……忍耐の練習だ」
そう言った時、二階ではすでに賑やかな声が響いていた。
――――――――――――――――――――
◆ 二階事務室・女子試験
大きな窓から朝の斜光が差し込み、机の上には
・小瓶に分けられたファンデーション
・チーク
・眉用パウダー
・小鏡
・水皿
・柔布
などが整然と並べられていた。
青司は資料の束を抱えながら言う。
「まず保湿。乾いた肌には粉が乗らないから」
女性陣が一斉に化粧水と乳液を塗り込む。
既存商品なので手慣れたものだ。
ミレーネが頷く。
「じゃあ色確認。ファンデの色は二種類。肌に近い方を頬に点置きして、境目を見るの」
エリンが緊張しながら鏡を持つ。
「うわ……ほんとに、違う……」
ソフィアが横から身を乗り出す。
「エリンさんは明るい方かな! そばかすは薄くなるはず!」
リディアは慎重にトントンと伸ばしていき、鏡に顔を近づけた。
「……なんだか、柔らかい光の膜が乗るみたいですね……」
青司はその言い方に少し驚く。
「光の反射で粗を飛ばす仕組みなんだ。たぶんそういう表現で合ってる」
リオナは自分の頬にうっすら塗りながら、眉を寄せる。
「これ、森でつけるとバレないの……?」
ソフィアがすかさず笑った。
「狩猟用じゃないです! 街用ですよ! リオナさん街だとちゃんと可愛いんだから!」
「……街用のリオナちゃん、珍しくはないじゃない。かわいい服、いつも着てるもの」
アイリがからかいに、リオナの耳が赤くなる。
エルミナは淡々と広げていき、ただ一言。
「汗には弱そうね」
「あー……やっぱりそうですか?」
ペンで頭をかきながら青司がこたえる。
ミレーネはノートにさらさらと書き取った。
「婚礼用=長時間+汗耐性要。色は自然寄せ……っと」
「でも冬なら崩れにくいんじゃないかしら。職場用にはいいですよ」
元冒険者組は実用視点が鋭い。
そして次は眉。
青司が眉用の粉を指で示す。
「これは“眉を濃くする粉”。描き足し方で表情が違って見えると思います」
ソフィアがレディアの眉を見ながら言う。
「リディアさんは細いから絶対似合う!描きますね!」
「あっ、ちょっと、待って……きゃっ」
描かれたリディアは鏡を見て目を丸める。
「……わたし、こんな感じだったんですね……」
ミレーネが笑う。
「眉は印象決めるのよ。婚礼でも大事」
その言葉にエリンの肩がぴくっと揺れた。
「婚礼……!」
すかさずチークの番に移る。
青司が淡い桜色の粉を示した。
「これは頬に血色を足す。冬は特に顔が冷えて青白く見えがちじゃないですか?」
ソフィアがすでにリオナの頬にチークを乗せていて、
「あっ……あっ……ちょっと……」
とリオナが身をすくめる。
森で青司に塗られた時とは違って、自分でも鏡越しにどう乗るのか見えるのが不思議だ。
鏡を渡されて見たリオナは、目を瞬かせた。
「……街にいる時の私、こう見えてたんだ……」
「なれるわよ。慣れたら帰りに街に寄る時も大丈夫」
リオナの心臓が一瞬だけ跳ねた。
(……それって、“街に一緒に”ってこと……?)
胸の奥がじんわり熱くなる。
最後にエリン。
青司がそっと頬に指で粉を乗せて伸ばす。
「そばかすは消さない。けど光の反射で柔らかくなる」
鏡を見たエリンは、両手で口元を押さえた。
「……え……待って……すご……!」
蜂蜜色の瞳が潤む。
「これなら……肖像画、怖くないかもしれない……」
女性陣全員がいっせいにエリンを見た。
ソフィアが明るく言う。
「すごく似合ってますよ!冬婚、絶対かわいいですって!」
リディアも小さく笑う。
「色も血色も自然です……」
リオナもうなずく。
「普通に街を歩いてる女の人みたい」
エリンは真っ赤になって笑った。
その頃──
――――――――――――――――――――
◆ 一階店頭・男子たち
一階はというと──
クレスが受付で時計を見てため息。
「女子、戻らんな……」
ハリスは薬効カードを書きながら苦笑した。
「まあ化粧のテストは大事なんでしょう」
レオナルドは棚に石鹸を置きながらボソリ。
「でも接客四人抜けるのはデカい……」
ルーカスも帳簿の間から顔を上げる。
「男だけで化粧品売るの無理じゃね?説明できないでしょ」
クレスは腕を組んで言った。
「ティオ、こい」
奥からティオが顔を出す。
「え……はい、店長」
「お前、ソフィアやリディアの接客、横で散々見てきただろ。
そろそろやってみろ」
ティオの肩がびくっと跳ねる。
「え!?ぼ、ぼくですか!?」
「今やらずにいつやる。練習だ」
その瞬間、扉のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ~」
入ってきたのは女官と思しき二人。
「えっと……化粧水と、あの……唇に塗る赤いの……」
ティオの声が裏返る。
「ひ、日焼け止めと、薬用色付きリップですね!!」
女官が目を丸くする。
「日焼け止め……冬でも?」
ティオは胸を張って言った。
「冬は空気が澄んでいる分、紫外線が刺さります!
乾燥もするので、この……えっと……乳液で蓋をすると……その……」
一瞬詰まる。
が、ハリスが前を通りかかりながら、小声で囁いた。
「保湿の持続と肌荒れ防止。ほら」
ティオが大きく頷く。
「そうです!肌荒れ防止にもなります!」
主婦は目を丸くしながら笑った。
「あら、お詳しいのね。冬でも日焼けするって知らなかったわ」
娘さんも笑って頷く。
「じゃあ……それ一つずつ」
ティオ、胸を撫で下ろす。
支払いをルーカスが受け取りながら小声で言った。
「ティオ、やるじゃん」
ティオは赤面しながら頭を掻いた。
「……た、たぶんたまたまです……」
――――――――――――――――――――
◆ 二階に戻る
試験のメモを書き終え、ミレーネがまとめる。
「この調子なら工房に仕様出せるわね。
汗対応と春夏仕様は後回しでいいもの」
青司が頷き、瓶を片付けながら言う。
「……ありがとう。みんなのデータが必要だった」
女性陣は鏡を見ながら降りていく。
リオナは降りる直前、小さく指先で頬を触れた。
(……セイジは、どう思うかな)
そう思った自分に気づいて、慌てて階段へ向かった。
そして一階へ出た瞬間――店内がすん、と静まった。
接客していたルーカスの手が止まり、レオナルドが目を丸くし、ティオは持っていた箱を抱えたまま固まった。
客もちらりと振り返る。
ソフィアは胸を張る。
「ふふ、どうです? 冬仕様です!」
エルミナが腕を組んで続ける。
「みんな一段綺麗になったでしょ?」
ルーカスがぽかんとした顔で言う。
「え、なんで? え、なんでそうなんの……?」
レオナルドも困惑気味にうなずく。
「いつの間にそうなる加工したの? なんで僕ら知らないの?」
エルミナは呆れ顔でため息。
「だから“化粧”よ。ちゃんと見なさい」
ティオはというと、見惚れたまま口が半開きで動かない。
ソフィアがくすっと笑った。
「ティオくん、口閉じて?」
ティオははっとしてうつむく。
「……す、すごいと思って……」
そこにクレスが即座に歩み出て、微笑んで一礼した。
「皆さま、お美しいです。お疲れさまでした」
女性陣の頬が一瞬ほんのり上気する。
そのとき、女性客から声が上がった。
「え、それ化粧品なんですか?」
「今の、塗ってるやつ? 売ってるんですか?」
近くの客同士でもひそひそと囁きが広がる。
「肌が綺麗に見えてたよね……?」
「すごく自然なのにツヤある感じで……」
「試せるのかな……?」
クレスがすっと対応に入り、穏やかに頭を下げた。
「申し訳ありません。こちら現在、商会内での試用段階でして、
一般販売にはまだ少しお時間を頂きます。
販売の際は改めてご案内いたしますので、もう少々お待ちください」
客は少し残念そうにしつつも、
「あ、そうなんですね……でも期待してます」
「お知らせってどこで分かります?」
と、むしろ前のめり。
クレスは落ち着いた声で答える。
「店舗掲示と商会告知、それからギルド経由の案内も予定しております」
その間、男性陣はまだ反応を処理しきれずにいた。
ルーカスは女性陣を見比べながらぼそっと言う。
「……なんか、顔の色が綺麗に揃ってる……?
いや、そういうもん……?」
レオナルドが反論する。
「いや揃ってるとかじゃなくて“綺麗”なんだよ。
なんかこう、うまく言えないけど……」
エルミナは肩をすくめた。
「察し悪いのよあんたたち。
“綺麗ですね”でいいのよ。それで合ってる」
その隣、ティオはまだ照れた顔で小さく言う。
「……すごい、ほんとに……綺麗でした」
ソフィアとエリンは思わず笑いあい、
エリンは頬に手を添えて、小さな声で。
「……式でも、こんな風になれたらいいなぁ……」
青司はその一言にほんのわずかだけ目を細めて、
「……なりますよ。そう調整しますから」
とだけ答えた。
女性陣の目がふっと柔らかくなる。
店内に漂うのは、香りでも薬品でもない。
ほんの少しの自信と、ささやかな魔法。
まだ商品にも名前にもならない段階のそれは、
きちんと周囲の心を動かしていた。
粉と鏡と小さな勇気で、
誰かの顔が柔らかく変わる日。
秋の空気の中で、
それはとても静かで、確かな変化だった。
開け放たれた扉から秋風が入り、
通りのパン屋の香りと馬車の音が混じった。




