93
午後の王城は、廊下の空気さえ別層のものに感じられた。
ダラスはフード付きの短外套をまとい、口数少なく歩いていく。
その横を、書簡の束と木箱を抱えたクライヴが小走りで追いかけていた。
「まずは歩き方だ」
ダラスは低く言った。
「急ぐな。客であろうと役人であろうと、ここでは“歩調”が信用になる。相手の時間は奪わず、しかし自分が急いでいるとは悟らせない歩き方だ」
クライヴは頷き、足を緩めた。
歩幅を整えると、周囲の視線が変わるのが分かった。
“ただの商人”から、“用向きのある客人”へと格が変わるようだった。
「さて、今日の目的だ」
廊下の角でダラスは立ち止まり、声を潜める。
「女官筋の中でも“情報の中継点”に当たる連中に渡す。数は少なくていい。大事なのは質と、誰に渡すかだ」
「数より相手、ですか」
「そうだ。あれを見ろ」
顎で示された先には、帳簿を抱えた三十前後の女官がいた。
数人の若い女官に囲まれ、身振り手振りで説明している。
若い女官たちは素早くメモを取り、散っていった。
「彼女は侍女長補佐で、宮廷女官百六十名のうち、衣装・身支度の三十名を束ねている。髪染めの件も、まず彼女の耳を通ってから侍女長へ上がった。流れを押さえるなら、まずはこの補佐が鍵になる」
クライヴは木箱を持ち直した。
「ダラス様、私が――」
「待て。まだ早い」
ダラスは歩み出て、柔らかな笑みを添えた。
「失礼。服飾ギルドのダラスだ。少々良ろしいか?」
侍女長補佐は立ち止まり、礼を返す。
恐れはなく、警戒を隠す大人の対応だった。
「王城内で、髪の仕上がりと香りで話題になっている品があります。
リルト製だそうで。
経路は服飾筋と女官筋の二つです」
女官の眉がわずかに動いた。
「……頭髪用の? 侍女長がお使いになっているものと同類ですか?」
「ええ、同じかどうかは分かりませんが。リオネという店で扱っています。王都にはまだ正式には出回ってませんが、王城筋では静かに噂になり始めていて」
侍女長補佐の目に、露骨な興味と冷静な計算が宿る。宮廷では“情報を先に押さえる”ことが地位と信用に直結する。
ダラスは続けた。
「こちら、試しに少量。感想を侍女長に伝えていただかなくても構いません。あなたの裁量で処理していただければ」
クライヴが小瓶を四つ、包み紙ごと差し出す。
「用途の要点を添えてあります。お手元でご覧いただけます」
補佐は一瞬ためらい――受け取った。
周囲から見えない絶妙な角度だった。
「……内々に、というわけですね」
「もちろん。宮廷のことは宮廷で決めていただく方が良い」
補佐女官は名乗りもせず一礼し、美しい姿勢のまま去っていった。
⸻
歩き出すと、クライヴは小声で聞いた。
「今のは……貴族的な会話だったのでしょうか?」
「違う。宮廷の会話だ。貴族は家系で動く。宮廷は役割で動く。ここで重要なのは――」
ダラスは指を一本立てた。
「“恩を売ったように見せず、恩を受け取らせる”ことだ」
「……難しいですね」
「だから実地で教えているんじゃないか。さて、本題はここからだ」
「えっ、今のが本題では?」
「配布なんぞ前菜だ。商売の肝はここからだ」
廊下の奥まった小部屋に入り、扉を軽く叩くと、若い女官が顔を出した。
「例の件で」
その一言で女官は察した。
奥から三人の女官が現れ、全員の髪が美しい。
「リルト帰りの三人だ。噂の火は、彼女たちの髪からつく」
小声で呟くダラスの横で、クライヴは理解した。
噂は“出入りする者”ではなく、“中を動く者”から広がる。
クライヴは包みを開き、小瓶を取り出した。
「髪用と、艶出し。それと薬用リップ。色は赤とピンクの三段階。お好きな物を。もしお試しいただけたら、ご感想だけ……それ以外は何もお願いしません」
女官たちは目を輝かせ、小瓶を光に透かした。
説明はいらなかった。彼女らはすでに価値を知っている。
⸻
廊下を戻りながらダラスが言う。
「これでいい。大量に撒くな。使う前に広まる噂は薄い。使った後に広まる噂は濃い。王城では濃い方しか残らん」
「……覚えておきます」
「もう一つ」
ダラスは立ち止まる。
「“誰がどう使うか”より、“誰の口が動くか”を見ろ。品を使うのは女官だが、噂を運ぶのは女官筋の政治だ」
クライヴは胸が熱くなった。
(信用と情報を動かすこと……それも商売なのか)
ダラスの講義はまだ終わらなかった。
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配布を終えて戻る途中、ダラスは歩調を変えず淡々と歩いた。
「……ふむ、今日は静かだな」
そう呟いた矢先、廊下の角から衣擦れの音がした。
石鹸ではなく香水の匂い。羽根扇と絹が擦れる気配。
ダラスはごく自然に背筋を伸ばした。
それだけで雰囲気が変わる。
現れたのは三人の貴婦人。
四十前後の優雅な女性を中心に、若い侍女二人。
全員が昼の宮廷仕様のドレスを纏っていた。
年長の婦人が扇をすっと下げる。
「まあ、ダラス子爵。ご機嫌よう」
声だけで格の違いが分かった。
クライヴは慌てて木箱を抱え直す。
ダラスは深すぎない一礼を返した。
「お目にかかれて光栄です、バルクレイ伯爵夫人。お変わりは?」
夫人は扇越しに目を細める。
「王都が騒がしくて。秋狩猟会の招待状があちこちへ。……そちらもお忙しいのでしょう?」
「ええ。秋は“色の選定”だけで戦になりますから」
夫人は愉しげに扇を唇へ寄せる。
「まあ、気づいていらっしゃる。確かに今年は色が難しいの。夏の鮮やかを捨てるには惜しいし、沈めすぎれば地味に。――ご意見を伺っても?」
(……服の色で“戦い”?)
クライヴは目を瞬いた。
だがダラスは息をするように応じる。
「今年は、小麦色を基調にした“乾いた色”が良いでしょう。露と朝霧が早く消える年です。葡萄色や茜は夜会へ回して、昼は金と枯れ草の中間色が映えます」
侍女の一人が小さく息を呑んだ。
伯爵夫人も扇を閉じ、瞳を細める。
「……なるほど。刺繍は?」
「夜会は銀糸が映えます。ですが狩猟会では銀は浮きます。鹿の森では金糸の方が葉裏に馴染む。それに――伯爵夫人の瞳なら金の方が深みを拾う」
その一言で侍女たちは目を伏せた。
“瞳に合わせる提案”は、服飾文化では最高級の賛辞だ。
夫人は微笑んだ。
「――本物の服飾ギルド長、というわけですわね」
ダラスは肩を竦めるに留めた。
「ただの商売人ですよ」
「商売人が瞳の色で金糸と銀糸を選びますの? 謙遜ですわ。ところで……秋に向けて何か“面白いもの”は?」
夫人の視線がクライヴの抱える木箱へ。
封紙と商会印。内容を知らずとも敏い。
「ホヅミ商会……でしたかしら」
クライヴは思わず息を呑んだ。
“宮廷で自然に商会名が出た”衝撃。
ダラスは柔らかく受ける。
「ええ。肌や髪の品が今、内々で評判になってまして。ほら、この季節は空気が乾きますので」
夫人はひと呼吸置き、侍女の扇の影に声を落とす。
「――女官長の髪、最近黒く染まっただけでなく艶が出た理由が分かりましたわ」
侍女は伏し目で笑みを忍ばせた。
クライヴはダラスを見る。
だがダラスは笑わない。ただ淡々と、
「王城は早いですね」
「噂はもっと早いの。……あなたは噂を作りに来たのかしら?」
「噂ではなく、需要を見に来ました」
夫人の眉がわずかに動いた。
「なら正解ですわ。秋は“肌”と“髪”の季節。若い娘は恋のために、年長の令嬢は体面のために、奥方は夫のために投資します。服より即効性があるものを皆が欲しがりますの」
その“宮廷の真実”を夫人はさらりと言った。
ダラスは一歩引き、
「貴重なお話、痛み入ります。ではこれで」
「また狩猟会前にお会いしましょう。……ダラス子爵、ホヅミ商会の方もご一緒に」
夫人は裾を翻し、侍女を従えて去った。
香水の余韻だけが廊下に残った。
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しばらく歩いて、クライヴはようやく声を出せた。
「……今の会話、半分も分かりませんでした」
「それでいい。宮廷は“文化の市場”だ。だが覚えておけ」
ダラスは木箱の角を軽く叩く。
「服は自分の外側を飾る。化粧品は自分の内側を変える。そして――宮廷では“内側を変えるもの”の方が強い」
「……強い?」
「そうだ。鏡の前で勝手に価値が生まれるからな。夫も娘も求婚者も関係ない。“自分だけで成立する贅沢”が一番強い」
クライヴは息を呑んだ。
(そんな視点……考えたこともなかった)
「だから肌と髪は市場になる。リオナ嬢の染髪がそうだろう。王城は美容が好きだ。貴族は話題が好きだ。そして噂は勝手に走る」
ダラスは口端を上げた。
「――燃えやすいものに火を近づけるのは、文化の仕事なんだよ」
廊下の向こうで鐘が鳴り、午後が終わりを告げた。
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その日の講義を終えて王城を出る頃には、陽は傾きかけていた。
ダラスは馬車に乗り込む前に一言だけ付け加えた。
「王城で噂が立つと、真っ先に火がつくのは王都じゃない。供給元だ。……つまりリルトだよ」
「リルトに、ですか?」
「王都の奥方は並んだりしない。けれど侍女と女官は下げ渡しの荷に忍ばせて帰る。そういう情報は商人と娘が最も早い。だから燃えるのは王都より地方なんだ」
クライヴは思わず息を飲んだ。
(……王都で噂を撒いたつもりが、最初に揺れるのはリルト……)
「明日あたり、面白いものが見られるさ」
そう言ってダラスの馬車は王都の石畳へ消えた。
⸻
翌日。
リルトの美容室の前には、朝から列ができていた。
通りの商人が荷車を押しながら呆れ顔で言う。
「またかよ……一体どこから湧いてくんだ、あれ……」
看板の扉が開くたび、客がひしめく店内から甘い薬草と果実の香りが流れ出た。
店内はすべての椅子が埋まり、染髪用の仕込み棚には予約札がびっしりとぶら下がっている。
「申し訳ありません、本日の受付は終了しております……いえ、明日も……いえ、その……半年先まで……」
受付台でミレットが頭を下げるたび、客の肩が落ちる。
「半年先……!? そんなに……!」
「王都で噂が出たって聞いたんだけど……!」
「女官の黒髪はここが仕上げたって本当なの!?」
矢継ぎ早の声に、ミレットは苦笑しながら申し訳なさそうに答えた。
「全部じゃないですけど……染めと仕上げは、うちの仕事です。でも本当に手が回らなくて……」
すると列の中から若い女性が声を上げた。
「じゃあ他は? 他にできるところないの!?」
ミレットは一瞬ためらったが、すぐに棚から布切れを取り出し、卓に広げて地図を描きはじめた。
「……ご紹介します。リルトには腕の良い店が他にもあります。西門近くの《エルナーズ》は髪結いが上手で、《ラヴィーヌ》は洗髪と仕上げが丁寧です」
「紹介してくれるの?」
「私一人で抱え込んでも街が干上がるので……良い店は広めた方がいいと思って」
その言葉に、列の後ろにいた年配の客が感心したように呟いた。
「美容院が客を他所に回すなんて、聞いたこともないよ……」
ミレットは肩をすくめ、引き出しから小さな紙片を取り出した。
「街が育たなきゃ、店も育ちませんから。……あ、紹介状お渡ししますね。《ホヅミ商会》さんの割引券つきです」
紹介状を受け取った客たちは、次々に西区へと散っていった。
それは単なる美容院の混雑ではなく――街全体が美容の受け皿になり始めた瞬間だった。
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同日の夕刻。
西区の《エルナーズ》の前にも列ができ、《ラヴィーヌ》では洗髪桶が足りなくなり、南の市場通りでは臨時の髪結い台が路上に出現した。
元来、リルト西区のこの一帯は、日雇い工と仕立見習いが集う“古い手仕事の通り”だった。
馬具の油と木材の粉塵が漂い、王都の娘など一生来ないはずの場所だ。
しかし今では事情が違う。
理容組合に新加入した店が、仕立屋の路面店と交互に軒を連ね、路地裏には小さな菓子店や茶舗まで生まれている。
絹の裾が通りを横切り、湯気と香水が混ざる瞬間があった。
「まさかこの通りに王都仕立のリボンが来る日が来るとはな……」
驚いたのは古株の職人たちだ。
王都貴婦の娘や冒険者の女たちが列を成すせいで、この通りをいつしか人々は“西表”と呼ぶようになった。
——リルトは今、美容と装いの街になりつつあった。
洗髪用の桶をせわしなく運ぶ若い店主に、通りすがりの商人が笑いかける。
「なんだって急に美容室がこんな混むんだ?」
「知らねえよ。でも例の“女官の髪”の噂が王都から流れたって聞いたぞ」
「へえ……王城発でリルト着か。珍しいな」
その何気ない会話こそが、ダラスが口にした“文化の火の流れ”だった。
◆
リルト南区の職人工房街では、朝から金槌の音と火床の風が唸っていた。
工房長クラウスは戸口を蹴り飛ばす勢いで配達人を追い返す。
「悪い、今日はもう受けん!鋏の発注は来月頭にしろ!——ああ、次!」
若い職人が書類を抱えて飛び込む。
「親方!ギルドから追加仕様です!“美容室用のすき鋏、刃の間を一ミリ広げろ”って!」
「またミリ単位か!髪の毛が何本通るかの話じゃねぇか!」
クラウスは書類を机に叩き付けた。すでに同じような指示書が山になっている。
奥の作業場では、火の匂いと熱風、油の香り、鉄槌の音が渦巻いていた。
刃の片側を薄く削る職人、刃の噛み合わせを研磨する職人、組み上げた鋏を油にくぐらせ強度を確かめる職人。
全員が額に汗を浮かべ、誰も手を止めない。
「親方!理容組合からの追加!“同じ仕様で二百”だそうです!」
「二百!?うちは武具鍛えの鍛冶屋だぞ、鋏屋じゃねぇ!」
怒鳴りながらも、クラウスの手は止まらない。
細刃を合わせ、噛みを調整し、バネ鋼を締め付ける。
手癖だけは熟練の職人そのものだ。
さらに別の弟子が駆け込む。
「王都からの問い合わせ状!『鋏の納期と品質証』を出せとのこと!」
「王都に鋏なんざ山ほどあるだろうが!」
「なんでも“洗髪文化”が違うらしくて、すき鋏の需要があるそうです!」
「文化の違いは知らん!こっちは仕事で溺れてるんだ!」
そこへ組合の使い走りの赤毛の女が扉を開けて飛び込む。
「クラウス親方!ミレット美容室から伝達!切れ味は文句なしだけど、“持ち手に滑り止め加工を”って!油がつくと滑るらしいです!」
工房が一瞬静まり、次の瞬間、怒号が弾けた。
「聞いてねぇ!」
「工程増えるだろ!」
「細工用の刻み刃型持ってこい!」
しかし誰一人、手は止めない。
クラウスは舌打ちしながら、完成した鋏を次々と指で弾き、刃の響きを確かめる。
響きが濁れば研ぎ直し、噛みが甘ければ再調整。
「……よし。こうだ。やれ」
その一言で工房の動きが変わる。
荒っぽかった施しに繊細さが混じり、刃の角度がほんの少し変わる。
それだけで仕上がりの質が一段上がる。
棚の端には完成品が積み上がっていく。
すべてリルトの美容室へ渡る鋏だ。
柄の内側にはごく小さく刻印がある。
――ホヅミ式すき鋏。
青司の名を誰も口にしないが、火床の熱の中には彼の放った火種がまだ燃えていた。
⸻
リルト市政庁舎の一階、会議室三号は紙束と人間で溢れかえっていた。窓際には理容組合の代表、机側には服飾ギルドの使い、そして市政書記官――というより“被害者”が座っている。
「本日の議題は第一に、西区商店街の店舗不足について——」
「不足ではなく枯渇ですな、市政殿。家賃は半年前の四倍。職人宿は満床。見習いは炊き出しの列に並んでおります」
「その件なら、仕立屋も同じです!王都から見習いが三十名来ておりますが、組合登録の手続きすら間に合いません!」
「落ち着いてください、順番に——」
書記官は書類の山を抱えて青ざめた。
「はい、こちらが最新の数字です。西区の店舗貸し出し申請、前月比二百三十六パーセント増。職人登録、前季比二百八十パーセント増。滞在許可証発行数は……ええと……昨年通年の総数を今季で突破しました」
理容組合の代表は額に手を当てた。
「……このままでは理容椅子の台数が足らん。桶も足らん。仕上げ台も足らん。客は王都からも来ておるというのに、店が無い」
服飾ギルドの使いも畳み掛ける。
「それに、髪染め用の布具と首覆いの数も不足しております。あれらは一度濡れると洗浄が要るので回転率が悪いのです。組合としては増産を望みますが、場所が——」
「場所、場所、場所!」
「場所がないんだよ、市政殿!」
会議室が騒然となる。書記官は机を叩いた。
「静粛に!静粛に!領主閣下へ提出する報告書をまとめねばならないのです!まずは求める措置を明文化し——」
「措置?措置なら簡単です。西区の再開発と地代優遇、それだけです」
声を上げたのは市政参事官だった。
椅子に深く腰掛け、淡々と巻物を広げる。
彼は領主フィオレル子爵の腹心であり、市政の現場を最も知る人物だった。
「領地経済における“美容・服飾需要”は、商業統計で見ても異常な伸びだ。
観光客、王都使い、他領職人——すべて流入している。
これを政策で受け止めれば“産業”になる。放置すれば“混乱”になるだけだ」
書記官が青い顔のまま頷く。
「……では、領主閣下には、再開発調査と税制優遇措置の検討を?」
「土地権は領主閣下のもの。再開発には許可が要る。お願いしないわけにはいかないだろう。
それともう一つだ」
参事官は巻物を一枚抜いた。
「ホヅミ商会への調査許可。供給源の確認を行う」
理容組合代表と服飾ギルドの使いが同時に身を乗り出す。
「供給源とは?」
「この街で起こっている一連の変化は偶然ではない。
髪洗浄剤、香料、洗髪桶、髪結い技術——それらを繋ぐ何者かがいる。
噂では“ホヅミ商会”という名が頻繁に出る」
代表らは顔を見合わせた。
供給源が一社なら、独占。
複数なら、流通の統制が要る。
彼らにとっては死活問題だった。
書記官は筆を震わせながら書き留める。
「——つまり閣下へは、“ホヅミ商会の供給品目と物流調査”を併せて提出する、と」
「うむ。もはや小商売ではない。領域経済を動かす規模だ。
西区は混乱だが、市の収入は跳ね上がっている。
礼拝日に馬車が列を作る街など他にあるまい」
窓の外には、職人宿の前に長い列が伸びていた。
遠くには荷馬車の鈴の音、髪結い台の金属音、客を捌く怒号。
剣と革の街だったはずのリルトで、
今は髪と香りが商人たちの会話を支配している。
街は膨張し始めている。
その中心に、まだ多くの者が名すら知らない人物——
青司がいた。
——この日を境に、リルトは“美容の街”と呼ばれるようになる。




