57
商業ギルドの二階へ上がると、昼下がりの廊下には、すでに人の気配が満ちていた。
第十二商談室の前――そこに、六人の男女と、ギルド員が二名並んで待っている。
「あっ……ホヅミ商会の」
ギルド員の言葉に、待っていた人たちの視線が一斉に青司へと向いた。
「……え、あれが?」
「若い……いや、若いどころじゃないだろ……」
「子どもみたいじゃないか……」
こちらへ気づいた面接希望者たちが、ざわ、と小声を交わしはじめる。
青司は小さく会釈しながらも、その反応を真正面から受け止める。
ギルド員の一人が、歩み寄ってきて軽く会釈した。
「ホヅミ商会のセイジ様。面接希望者ですが、予定より増えておりまして……
現在こちらの六名に加えて、商談室内に三名、すでにお待ちです」
「……九人ですね。ガラント副長から聞いてます」
「申し訳ありません。“ぜひ働きたい”という声が多く……」
どうやら想定以上の応募にギルド員も困惑してしまったらしい。
リオネの店が昨日から客足の途切れない繁盛ぶりが、それがそのまま“働きたい”という動機を生んでしまったようだ。
「わかりました。一度にまとめてお話しします。皆さん、そのまま商談室へ」
青司がそう促すと、面接希望者たちは少し戸惑いながらも従った。
ギルド員たちが慣れた手つきで机を移動し、椅子を並べていく。
ざっ、と音がして、商談室が即席の集団面接会場になっていく。
全員が座ると同時に、小柄な男が手を挙げた。
「すみません……ちょっと聞きたいんだが」
「はい、どうぞ」
「ええと……まず、なんでこんな人数になってるんだ? 募集の規模に対して多すぎるだろ。それに……」
彼は青司をちら、と見る。
「面接官……というか、商会長が、こんな……子どもでいいのか?」
「そうだよな、俺も思った」
「十代に見えるけど……」
「これ、冗談じゃないのか?」
ざわめきが広がる。
青司は短く息を吸い、静かに口を開いた。
「お答えします。
まず、応募者が増えた理由は……私にも正確にはわかりませんが、おそらくリオネの店の評判が広がった結果でしょう。ありがたいことです」
それから、自分を疑う視線に正面から向き合う。
「そして、私は――十八歳で、このホヅミ商会の代表です。
“若いから不安だ”と思われるなら、どうぞ遠慮なく退室してください。“納得できない相手”と一緒に働くのは、お互いに良くありませんから
無理に残っていただく必要はありません」
一瞬、空気が固まった。
やがて――
「……わかった。辞退する」
「俺もだ。悪いが、ちょっと信用できん」
「若造の下で働けと言われてもな……」
立ち上がる足音が続き、六名が次々と部屋を後にした。
その奥で、ひっそりと残った視線が三つ――いや、二つは鋭い。
武人の目だ。
栗色の髪の女が口角を上げた。
「私は構わないわ。
実力も実績も、若さとは別の話でしょう? エルミナよ。よろしく」
隣の短髪の女は、椅子に深く座り、軽く頭を下げた。
「……悪いけど私は、エルミナの付き添いなのよ。
その……足を少し痛めてて、働ける状態じゃなくて……」
残る一名――控えめな青年は、おそるおそる手を挙げた。
「あ、あの、自分は……年齢とか気にしませんので……。はい……ハリスです」
三人。
青司は小さく笑みを浮かべた。
「では、ここから本題に入りましょう。
残ってくれた方々にだけ、お話ししたいことがあります」
三人だけ残った静かな商談室。
青司は卓上の書類を軽く整えると、まずは落ち着いた気配の青年へ視線を向けた。
「では――順に、志望の理由と、これまでの経験を聞かせてもらえますか。
ハリスさんからお願いします」
控えめな青年は、おそるおそる姿勢を正した。
「は、はい。自分は薬師として、隣街の小さな工房で三年ほど修行していました。
薬草の鑑別や基礎調合は一通りできます。ただ……もっと新しい技術を学びたくて。
ホヅミ商会さんの品を手に取った時、“自分もこうなりたい”と思ったのが志望の理由です」
その声は控えめだが、言葉選びは丁寧だった。
青司は少しだけ目を細める。
(背伸びしない説明だな。自分の弱点も素直に言っている……誠実だな)
「わかりました。正直でいいですね。では、エルミナさん」
「はい」
栗色の髪を揺らしながら、エルミナは背筋を伸ばして答えた。
「私とアイリは、もともと魔物討伐を主にしてきた冒険者よ。
賊絡みや商隊の護衛も経験しているから、店の警備は任せて。
アイリも足が治れば問題なく働けるわ。長い目で見てやってほしいの」
そう言って、エルミナは隣の相棒を促すように、そっと目をやった。
短髪のアイリは、腕を組んだまま片眉を上げる。
「アイリよ。さっきも言ったけど――今の私は足をやっちゃってるの。
警護なんて無理ね。どうしてもってエルミナが言うから付いてきただけ」
「ちょっと、アイリ」
「事実でしょ。でも、あの店が気に入ったのは本当よ。……ただ――」
アイリは小さく息をついて続けた。
「エルミナはちゃんと働ける。私が保証する。
貴族のお客様相手ってのが少し苦手かもしれないけど」
(言い回しは少し荒いが……嘘がない。芯の強さもある)
青司は三人を見渡し、小さく息を吸った。
「……ありがとうございます。では私からも一つずつ、確認をさせてください」
目線をハリスに戻す。
「ハリスさん。調合の補助よりも、接客を中心にお願いすることになりますが……苦手意識はありますか?」
「いえ。正直、慣れてはいませんが……逃げるつもりはありません。
薬師として、お客様に説明できる知識は身につけたいと思っています。必要なら勉強します」
(前向きに取り組んでくれそうだ。丁寧で、真面目なタイプか)
「エルミナさん。警備と接客、両方こなしてもらうことになります。問題は?」
エルミナはためらうことなく答えた。
「ないわ。むしろ両方やったほうが店の空気もつかみやすいしね。ただ……アイリが言った通り、貴族様相手の言葉遣いは慣れてないのよ。それと――ずっと一緒にやってきたから、できればアイリと働きたいの」
(仲間を見捨てないタイプ……信頼できる)
青司はアイリへ視線を移した。
「アイリさん。もし足が治れば、働く気はありますか?」
アイリは肩をすくめた。
「そりゃ、働かないと食べていけないもの。ただ……教会のは高すぎるの。
しかも私のは“筋”をやっててね。足先が痺れたまま動かない。薬じゃ治らないんじゃないかって、ヤブ医者に言われてるのよ」
「……筋か」
青司の眼差しが、アイリの左足で止まり、鋭さを増した。
露出した大腿部が、病的な紫色に染まっている。
「その色……これは損傷じゃなくて、毒が残っている色ですね。
植物系の魔物――紫痕蔦に絡まれたことは?」
アイリの目が見開かれた。
「……あったわ。たしかニヶ月半前に、街道沿いの棘毒蔦の伐採依頼を受けたのよ。たぶんその時ね」
「なら、治せますよ。今はまだ痺れた感覚でしょうけど、そのまま放置していたら、そのうち壊死してきますよ。毒に効く解毒薬、僕なら作れます」
「ほんとに!?」
エルミナが勢いよく身を乗り出す。
アイリは呆然としたまま、青司を見つめた。
「……解毒薬なんて、誰も言ってなかったのに」
青司は静かに息をつき、落ち着いた声で答える。
「紫痕蔦の解毒薬は、調合に手間がかかるんです。それに、痣も普通の打撲に見えることが多い。気づかれないまま放置されることもあるでしょう――でも、僕なら作れます」
(森に帰れば素材は揃う。あとは調合するだけだ)
青司は自分に言い聞かせるように、力強く頷いた。
「……では、結論をお伝えします」
青司は、三人の視線を正面から受け止めながら、一度深く息をついた。
――決めた。
「ホヅミ商会として――三名とも、採用します。
互いに補い合える力がありますし、店の雰囲気を大切にしようという思いも感じました」
ハリスは目を丸くし、胸に手を当てて深々と頭を下げた。
「ほ、本当に……ありがとうございます!」
エルミナは満足そうに口元をほころばせ、
アイリは息をつきながら、わずかに眉をひそめた。
「……感謝するわ」
「……本当に、治るの?」
青司は二人にまっすぐ視線を向け、穏やかながらも確かな調子で答えた。
「アイリさん大丈夫。必ず治します。
――みなさん、今日からよろしくお願いします」
そして一度だけ場を見渡し、静かに締めくくった。
「これにて午後の面談は終了です」
こうして、ホヅミ商会には三人の新しい仲間が加わった。
面談を終えた三人を連れて、青司はリオネ――ホヅミ商会の店舗へ戻ってきた。
扉を開けた瞬間、軽やかな鈴の音と、明るい香りが三人を包み込む。
「ただいま戻りましたー」
声をかけると、棚の補充をしていたティオが顔を上げた。
「……あっ、セイジさん。面談、どうでした?」
そして青司の後ろに並ぶ三人を見て、ぱちぱちと瞬きをする。
「えっ、こんなに……?」
「うん。今日から仲間になってくれた三人だよ。
アイリさんは足を怪我しているから、まずは見学で。
ハリスさんとエルミナさんには――リディアとソフィアがついてフォローしてあげてください」
ティオが思わず目を丸くする。
その奥から、忙しげに注文票を持ったクライヴが顔を出した。
「これはまた……想像以上の戦力ですね」
軽く会釈しながら、三人に向けて穏やかな笑みを向ける。
「皆さん、ようこそ。リオネの店は忙しいですが、働きがいは保証しますよ」
その言葉に、控えめなハリスは背筋を伸ばし、
エルミナは自信ありげに微笑み、
アイリは不安と安堵の入り混じったような表情で店内を見回した。
栗髪のエルミナが一歩前に出て会釈する。
「エルミナです。よろしく。やっぱりいい店ね、清潔で、空気がいい」
その隣で、アイリはエルミナの腕を借りながら軽く頭を下げた。
「……アイリです。今日は、見学だけのつもりで……」
最後にハリスが胸の前で手を揃え、お辞儀をした。
「ハリスと申します。……あの、すみません、入った瞬間に驚きすぎて……棚の管理、整いすぎじゃ……?」
「ふふ、ありがとう。クライヴさんが几帳面でね」
リオナは照れたように笑った。
⸻
「じゃあ、簡単に店内を案内するよ」
青司が言うと、三人は素直についてくる。
エルミナは歩きながら視線が鋭い。
「死角が少ない……。入口の位置と、レジ台の角度が絶妙だわ。動きやすい」
「そういう見方するの、さすがだね……」
と青司。
ハリスはと言えば、棚の商品を一つひとつ凝視している。
「これ……ボディーバター? 粒度が細かいけど……。えっ、このハーブ、どうやって精製したんです?」
「商会の秘密だけどね。あとで教えるよ」
「は、はいっ!」
アイリは椅子を勧められ、ゆっくり腰を下ろすが――店の中を興味深そうに眺めている。
「……落ち着く店ね。こういう雰囲気、嫌いじゃないわ」
その言葉に、エルミナが嬉しそうに微笑んだ。
⸻
「では、今日のところは――先輩商会員について補助から始めてもらいましょうか」
クライヴが帳簿を閉じ、三人に向き直る。
「エルミナさんは、まず接客と動線の確認を。リディアについて教わってください」
「ハリスさんは、商品の基礎知識ですね。ルーカスの接客を見るのが一番早いでしょう」
「アイリさんは……今日は無理せず、座ってミレーネの仕事を見ていてくだされば大丈夫です。
できそうなことがあれば、少しずつ手を貸してください」
役割を割り振りながらも、どの言葉にも急かす調子はなかった。
「ありがと。見てるだけってのも落ち着かないから、できることはやらせてもらうわ」
アイリはむくれたように唇をとがらせる。
「無理しないで。怪我、悪化するから」
エルミナがすかさず制す。
「……へいへい」
軽口を叩き合う二人を見て、
少し離れたところから様子を見ていたリオナが、くすりと小さく笑った。
「仲がいいのね、お二人とも」
「家族みたいなもんよ」
エルミナはそう言って、迷いのない声で答えた。
その空気に、青司も安心する。
⸻
ミレーネは帳場の椅子を引き寄せながら、ちらりとアイリの足元へ視線を落とした。
一瞬――ほんの一瞬だけ、眉がひそむ。
「……それ、放置しちゃだめよ」
「え?」
アイリがきょとんとした顔で見返す。
「その色。血行不良じゃないわ。毒が残ってるか、神経に触れてる」
声は静かだが、言い切りだった。
「教会に行ったほうがいいって言われたけど、高くてさ」
「でしょうね。でも――」
ミレーネはアイリの目を見る。
「それ、時間を置くほど治りにくくなるタイプよ」
アイリは一瞬、言葉を失い、照れ隠しのように視線を逸らした。
「……あんた、怖いわね」
「祖父が同じような痣で酷い目にあったのよ」
淡々とした返答に、
アイリは小さく息を吐いて、椅子に深く腰を下ろした。
「……ちゃんと治るなら、私だって治したいわよ」
そのやり取りを、少し離れたところから見ていた青司が、静かに頷いていた。
⸻
「ではこちらが基本の商品棚です」
ルーカスは歩調を落とし、ハリスの視線の動きを確かめながら説明していく。
「この列が日用品。用途別に並んでいますが、並び順にも意味があります」
「……手に取りやすさ、ですね」
「その通りです」
即答に、ルーカスは少しだけ目を見開き、微笑んだ。
「理解が早い。では次は香りの系統を」
「え、香りまで考慮するんですか?」
「ええ。薬も生活用品も、“続けられるか”はそこが大事ですから」
ハリスは何度も頷き、メモを取る手が止まらない。
「……ここまで丁寧に教えてもらえるとは思ってませんでした」
「当然です」
ルーカスはきっぱりと言った。
「ここで働くなら、商品を“売る”ではなく“預かる”意識を持ってほしいですから」
その言葉に、ハリスの背筋が自然と伸びた。
⸻
「じゃあ、ここから入って――」
リディアが説明しかけたとき、
エルミナはすでに一歩前に出て、客の導線を目で追っていた。
「昼時は、ここが詰まりますね」
「え?」
「入口から直進する人と、棚を見に行く人がぶつかる。
この位置に立つなら、声掛けは早めがいい」
リディアは一瞬ぽかんとし、すぐに笑顔になった。
「……動線、覚えるの早いですね」
「護衛の癖よ。人の流れを見るのは慣れてる」
「助かります!」
リディアは素直に頷いた。
「じゃあ、この位置、しばらくお願いしてもいいですか?」
「任せて」
エルミナは即答し、自然な姿勢で店内に立った。
その立ち方ひとつで、店の空気が少しだけ引き締まる。
⸻
三ヶ所で同時に進む、小さなやり取り。
だがそれは、確かに“仲間が増えた”実感を、店の隅々にまで行き渡らせていた。
忙しさの中で、青司はそれを見渡し、胸の奥でそっと思う。
(……大丈夫だ。この店は、ちゃんと回っていく)
⸻
昼下がりの店内は、相変わらず途切れることなく人が出入りしていた。
だが――混乱はない。
青司は店の中央で立ち止まり、静かに周囲を見渡した。
ソフィアはいつもの調子で、常連客と軽やかに言葉を交わしている。
「それなら、こっちの方が香りが優しいですよ」
明るい声に、客の表情が自然と和らいでいた。
隣ではリディアが、新規客を棚の前へ案内している。
「最初でしたら、こちらからがおすすめです」
落ち着いた口調と、的確な導線。
――もう、“教えられる側”ではない。
ルーカスは帳場の補助に入りながら、ハリスの動きを時折確認していた。
「今の説明、良かったですよ」
「ほ、本当ですか?」
小さなやり取りに、ハリスの肩から力が抜ける。
ダンは入口付近で、客の流れをさりげなく整えている。
押しが強すぎず、引きすぎず。
視線だけで、必要な場所に立つ判断力がある。
ティオは棚の補充をしながら、ミレーネから教えられた包装作業に取り組むアイリの様子を、ちらちらと気にかけていた。
「無理しないでくださいね」
「分かってるって」
そう言いながらも、包装をひと束終えたところで、アイリは素直に腰を下ろす。
レオナルドとサハイは裏方で、次の荷出しの段取りを確認している。
「次は三時の補充だな。俺はエリンさんと会計を代わる」
「了解。僕は倉庫の奥、確認してきます」
言葉は少ないが、手は止まらない。
クレスは店の端で、全体を静かに見ていた。
必要なときだけ口を出し、それ以外は任せる。
――“守るための目”が、そこにある。
そして、新人たち。
エルミナは、もう店の一部のように立っている。
客と客の間に自然と入り、流れを整える。
その背中は、頼もしかった。
ハリスは緊張しながらも、ひとりの客に説明を続けている。
言葉は拙いが、誠実さが伝わる。
ルーカスが一歩引いた位置で、そっと頷いた。
アイリは椅子に腰掛け、ミレーネの手元を真剣に見ていた。
時折、質問を挟みながら――目は、もう“働く側”のそれだ。
青司は、静かに息を吐いた。
(……大丈夫だ)
誰か一人が欠けても、店は回る。
支え合い、補い合いながら。
そこへ、リオナが隣に立った。
「……行くんでしょ、森」
問いかけではなかった。
青司は小さく笑い、頷く。
「うん。薬も、材料も……今のうちに揃えておきたい」
「ここは?」
「任せられる」
そう言い切った自分の声に、迷いはなかった。
リオナは、少しだけ目を細めて店を見渡し――
そして、柔らかく微笑んだ。
「……うん。大丈夫そう」
青司は最後に、もう一度だけ店を見た。
賑わいの中に、秩序がある。
忙しさの中に、安心がある。
ここはもう、“自分ひとりの場所”じゃない。
「じゃあ、準備をしに行こう」
そう告げて、青司は踵を返した。
森へ――
この店を、そして仲間たちを、さらに強くするために。




