108
伯爵家の庭園に設えられた白い天幕の下は、初冬の澄んだ光に包まれていた。
日差しは柔らかいが、空気にはひんやりとした冷たさが残り、呼吸をするたび胸の奥がすっとする。
冬支度を終えた庭は色数を抑え、常緑の植え込みと、名残の花だけが静かに整えられている。
芝の上には霜よけの布が掛けられ、季節が確かに進んでいることを、さりげなく告げていた。
磨き上げられた銀のティーポットから立ちのぼる湯気が、冷えた空気の中ではっきりと白く揺れる。
そこに混じるのは、かすかな香草の匂い――体を温めるために選ばれた、初冬らしい配合だ。
温かさと冷たさが、きちんと分けられた空間。
それが、この庭園のお茶会だった。
席に案内され、椅子の前に立ったところで、リオナは少し戸惑ったように足を止めた。
――あ、手袋。
一瞬遅れて気づき、慌てて両手を胸の前に寄せる。
革の手袋は、狩りや作業では当たり前のものだったが、こうしてお茶の席に座る前に外す、という作法はまだ身体に染みついていない。
指先で縁をつまみ、引き抜くようにして片方ずつ外す。
うまくいかず、少しだけ指がもたついた。
「……あ」
小さく声を漏らしながら、ようやく外れた手袋を、どうしていいのか分からず両手で持つ。
一拍遅れて、隣に置かれた小さな籠に気づき、そっと収めた。
その仕草は控えめで、どこか初々しい。
指先は、外気で少し赤くなっている。
それを見て、メリンダがふっと微笑んだ。
「寒かったでしょう?」
「……はい。でも、平気です」
そう答えながら、リオナは無意識に指をきゅっと握った。
その仕草が、かえって目を引いていることに、本人だけが気づいていない。
白い天幕の下、近くに座る令嬢たちの視線が、ほんの一瞬、彼女に集まった。
けれどリオナ自身は、それに気づくこともなく、用意された椅子に腰を下ろす。
背筋を伸ばしながら、そっと周囲の様子を窺った。
向かいの席には、淡い黄緑のドレスをまとった少女がいる。
先ほど紹介されたばかりの、農政局に勤める子爵の娘シャルティー。幼い頃から作柄と相場の話を聞いて育ったという。
落ち着いた物腰と、よく通る声。
年はそう変わらないはずなのに、話し方には大人びた余裕が感じられた。
その隣には、少し活動的な雰囲気の少女がいる。
濃い藍色の装いに、無駄のないまとめ髪。街道整備官を父に持つ男爵家の娘マイズで、視線の動きがどこか現場の人間らしい。図面と工期の話が日常だったらしい。
そして、主催者である伯爵令嬢メリンダ。
彼女はいつもより少し緊張した様子ながらも、楽しそうに茶会を進めていた。
「今年は、南部の麦がとても良い出来だそうですの」
最初に口を開いたのは、農政局子爵家の娘シャルティーだった。
「雨の具合と日照がちょうどよくて。例年より二割ほど、収量が上がる見込みだとか」
「まあ、それは」
街道整備官の娘マイズが目を細める。
「王都の相場も、しばらく落ち着きそうですね」
「そう思うでしょう?」
シャルティーは、少しだけ声を落とした。
「……けれど、東部が動いていますの」
その言葉に、空気がわずかに引き締まる。
「動いている、とは?」
メリンダが首を傾げる。
「麦を、買い集めているのです」
シャルティーは、扇子の陰で小さく息を吐いた。
「南部だけでなく、西寄りの在庫まで」
マイズが、すぐに頷いた。
「それ、聞きました。東部の街道整備、最近やけに増えているんです」
「やっぱり……」
「ええ。倉庫に繋がる支線が多い」
リオナは、思わず背筋を伸ばした。
言葉は柔らかいが、その内容は決して穏やかではない。
「……婚約の話も、少し考えた方が良さそうですね」
シャルティーが、ため息交じりに言う。
「東部の殿方と、今この時期に、というのは……」
「巻き込まれたくありませんものね」
メリンダも、どこか大人びた表情で頷いた。
話題は、自然と“大人たち”へ移っていく。
「そういえば」
マイズが言った。
「最近の整備計画、フィオレル子爵の名をよく見かけます」
その名に、リオナの耳がぴくりと動く。
「リルトの領主様ですね」
「ええ。街道と物流の再編を、かなり前倒しで進めているとか」
「まあ……」
シャルティーは小さく微笑んだ。
「相変わらず、先を見ていらっしゃる」
そこまで聞いて、リオナはようやく、胸の奥で一つの点が繋がる感覚を覚えた。
(……セイジと、クライヴさんの話と……)
けれど、その考えは、次の話題でふっと途切れた。
「ところで」
メリンダが、ぱっと表情を明るくする。
「最近、王都で評判の美容品、ご存じですか?」
一瞬で、場の空気が変わった。
「知ってます!」
マイズの娘が身を乗り出す。
「肌が荒れにくくなるっていう……」
「香りも優しいそうですわ」
シャルティーも興味津々だ。
「リルトの……ええと、ホヅミ商会でしたかしら」
メリンダが、ちらりとリオナを見る。
視線が集まる。
「……はい」
リオナは、少し驚きながら頷いた。
「あの、私……そこの人たちと、一緒に……」
「まあ!」
「そうでしたの?」
一斉に、声が弾む。
「最近できた美容院も、予約が取れないって聞きました」
「ゼリー菓子も、すごく人気だとか」
話題が一気に加速する。
「ゼリー……」
リオナは、ふと思い出したように膝の上の小さな包みに視線を落とした。
「あの……」
少し迷ってから、包みを開く。
「これ、よかったら……」
透明感のある、色とりどりのグミが現れた。
「まあ、可愛い……」
「宝石みたい!」
「セイジに、もらったんです」
リオナは、照れたように言う。
「味も、いろいろあって……」
一つ口に運んだ瞬間。
「……!」
マイズが目を見開く。
「なに、これ……」
「噛んだ時の感じが……」
「甘すぎない……」
シャルティーも、思わず声を落とした。
次の瞬間、天幕の下が一気に賑やかになる。
「これ、どこで……?」
「保存も利きそうですわね」
「お茶請けにぴったり……!」
リオナは、目を瞬かせるばかりだった。
「……そんなに、ですか?」
その無邪気な一言に、皆が笑う。
「そんなに、です」
メリンダが、楽しそうに言った。
「ね、リオナさん」
リオナは、少しだけ頬を赤くしながら、笑った。
ただ、分けただけ。
ただ、美味しいと思ったものを出しただけ。
それだけなのに――
庭園の片隅で、誰かが静かにこの光景を見ていることを、
この場にいる誰も、まだ知らなかった。
お茶会は、まだ始まったばかりだ。
けれどこの日、
リオナという存在は、確かに“覚えられ始めていた”。
――無自覚のまま。
**************
沈黙が、室内に重く落ちた。
青司は立ったまま、三人の視線の交差点に置かれている。
誰も声を荒げていない。だが、逃げ場のない場だということだけは、はっきりと分かっていた。
最初に口を開いたのは、レオンハルトだった。
「セイジ殿」
低く、落ち着いた声だ。
「君は、善意で動いた。そこまでは、誰も否定しない」
机に置かれた手が、静かに組まれる。
「だがな」
言葉を切り、青司をまっすぐ見据える。
「国家において、“善意”は、最も扱いづらい資源だ」
青司は、息を詰めた。
「なぜだと思う?」
「……」
一瞬、答えを探す。
だが、青司は正直に首を振った。
「分かりません」
「そうだろう」
レオンハルトは頷く。
「君は商人であり、職人であり、そして――今のところ、民だ」
その言葉が、静かに胸に刺さる。
「いいか。制度というものは、“例外”を嫌う」
「一度許された例外は、前例になる」
「前例は、やがて“当然”になる」
淡々とした口調で、続けられる。
「君が回復薬を持ち込んだことで、騎士が助かった。
それ自体は、称賛される行為だ」
オズワルドが、わずかに視線を伏せた。
レオンハルトは、それを見てから、さらに言葉を重ねる。
「だが次に同じことが起きたとき――」
「君が“持ち込まなかった”場合、どうなると思う?」
青司は、すぐに答えられなかった。
「誰かが言うだろう」
レオンハルトは、静かに再現する。
『前は、出してくれた』
『なぜ、今回はない?』
『協力的ではないのではないか?』
空気が、ひやりと冷える。
「善意は、拒否できない」
「拒否した瞬間、それは“非協力”に変わる」
レオンハルトは、椅子からわずかに身を乗り出した。
「それが、危険だと言っている」
青司の喉が、かすかに鳴った。
「私は……そんなつもりは……」
「分かっている」
即座に、レオンハルトは遮らなかった。
「だからこそ、だ」
一拍。
「君は、“武器になる善意”を持っている」
「しかも、自覚がない」
その言葉に、青司ははっとした。
「オズワルド卿」
呼ばれて、第三騎士団長が一歩前に出る。
「君は、現場で命が救われた」
「感謝し、また欲しいと思った。それは自然だ」
オズワルドは、低く頷いた。
「……否定はしない」
「だが」
レオンハルトは続ける。
「それを“欲しい”と言った瞬間、相手は対等ではなくなる」
視線が、青司に戻る。
「軍が欲しがる物資」
「それを、無償で、あるいは曖昧な形で供給できる商会」
「――それは、保護対象であると同時に、管理対象だ」
青司は、はっきりと理解し始めていた。
これは責められているのではない。
警告されている。
「だから私は、待てと言った」
レオンハルトは、オズワルドを見る。
「“協力”という言葉は、重すぎる」
オズワルドは、小さく息を吐いた。
「……確かに、現場の論理だった」
「命を救う現場と」
「制度を守る立場は、違う」
レオンハルトは、そこで初めて視線を和らげた。
「セイジ殿」
今度は、少しだけ柔らかい声音だった。
「ここからが、本題だ」
青司は、背筋を正した。
「我々は、君に“無制限の協力”を求めない」
「そして、“善意”にも期待しない」
その言葉に、青司は目を瞬かせる。
「代わりに――線を引きたい」
静かな一言。
「どこまでが、商会としての取引で」
「どこからが、国家として関与すべき領域か」
フィオレルが、ここで初めて口を開いた。
「だから私は、“給付”にした」
淡々とした声だ。
「契約にすれば、軍需になる。
軍需になれば、義務になる」
青司は、思わずフィオレルを見る。
「今はまだ、君たちは商会だ」
「その立場を、守るための曖昧さだ」
レオンハルトが、静かに頷く。
「君に選ばせる」
「“協力者”になるのか」
「“取引相手”でいるのか」
それは、命令ではなかった。
だが、逃げ道でもなかった。
「選ばない、という選択もある」
「だがその場合、我々は距離を取る」
青司の胸の奥で、何かが音を立てて噛み合った。
クライヴの言葉。
伯爵の視線。
そして、今のこの場。
(……選ばれないこと。
選ばせないこと)
同じ答えが、別の場所から、静かに重なってくる。
「……少し、考える時間をいただけますか」
青司は、そう言った。
レオンハルトは、微かに笑った。
「それでいい」
「考えることができるうちは、まだ安全だ」
オズワルドも、小さく頷く。
「無理はさせん」
「だが、期待はしている」
矛盾した言葉。
けれど、それが現実だった。
「今日は、ここまでだ」
そう告げられ、青司は一礼する。
扉を出る直前、背後からレオンハルトの声が追いかけてきた。
「セイジ殿」
「はい」
「君の善意は、守らねばならん」
「――君自身のためにな」
青司が踵を返しかけた、そのときだった。
「――待ってくれ」
低く、抑えた声が、背後から落ちる。
足を止めた青司の前で、空気がわずかに揺れた。
それまで沈黙を守っていたオズワルドが、静かに、しかしはっきりと一歩前へ出ていた。
レオンハルトが、わずかに目を細める。
止めるでもなく、促すでもない。
ただ、成り行きを見極める視線だった。
「今の話が、正しいことは分かっている」
オズワルドは、青司を見たまま言った。
その声には、先ほどまでの第三騎士団長としての硬さよりも、現場に立つ者の疲労と実感が滲んでいた。
「制度は必要だ」
「前例を軽々しく作れないのも、事実だ」
一拍置き、言葉を選ぶ。
「だが――」
そこで、わずかに眉が寄った。
「それでも、現場は待ってはくれない」
青司は、振り返る。
オズワルドは、胸に手を当てるでもなく、拳を握るでもなく、
ただ、まっすぐ立っていた。
「儂は、騎士だ」
「命令を受け、規則に従い、部下を死地に送る立場にいる」
その言葉は、誇りというより、責任の重さを語っていた。
「だが同時に」
声が、ほんのわずかに低くなる。
「現場で、救えたはずの命を数える人間でもある」
沈黙が、再び室内に落ちる。
だが今度の沈黙は、先ほどとは質が違った。
「セイジ殿」
呼びかける声に、熱が宿る。
「君の善意が、武器になるという話――否定はしない」
「むしろ、その通りだ」
だからこそ、と続ける。
「儂は、それを“振り回してほしい”とは思っていない」
「だが、“しまい込んでほしい”とも思えない」
レオンハルトが、口を挟もうとして、やめた。
オズワルドは、その視線を一瞬だけ受け止め、再び青司を見る。
「君を、協力者にしたいわけじゃない」
「軍属に引き入れたいわけでもない」
その否定が、逆に本気を伝えていた。
「第三騎士団の――」
一度、言葉を切る。
「相談役になってくれ」
青司の眉が、わずかに動く。
「戦場に立てとは言わない」
「常時供給も求めない」
「命令も、義務もない」
だが、と続く声が、確かに強まった。
「それでも、有事の際に」
「現場が、君の意見を聞ける窓口がほしい」
それは、要請だった。
しかし、命令ではなかった。
「線引きは、君と一緒に決めたい」
「越えない線も、越えていい線もだ」
そこで初めて、オズワルドは頭を下げた。
深くはない。
だが、騎士団長にして侯爵としては、十分すぎるほどだった。
「頼む」
「これは、儂、個人の願いだ」
青司の胸に、ずしりと重みが落ちる。
レオンハルトの言葉が、頭をよぎる。
――善意は、拒否できない。
だが今、差し出されているのは善意ではない。
選択肢だ。
「……すぐに答えは出せません」
青司は、正直に言った。
「それでいい」
オズワルドは即座に頷く。
「即答されたら、むしろ困る」
わずかに、苦笑が混じる。
「だが、考えてくれ」
「現場に立つ人間として、君の存在が、どれほど救いになるかを」
青司は、ゆっくりと息を吐いた。
「――どうも、断れないみたいですね。……けど、条件があります」
その言葉に、オズワルドの目が、わずかに見開かれる。
レオンハルトの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
「それを聞くために、引き止めた」
青司は、しばらく言葉を探すように視線を落とした。
条件、と口にしたはいい。
だが、それは取引の条文でも、利害の計算でもない。
ただ、自分がどこに立って生きたいのか。
それだけの話だった。
「……大した条件じゃありません」
そう前置きしてから、ゆっくりと顔を上げる。
「私は、森で暮らす人間です」
室内の誰もが、すぐには反応しなかった。
あまりに素朴で、しかし核心を突いた言葉だったからだ。
「リルトの街に拠点を置いていますが」
「本心を言えば、あれも“仕事場”に近い」
青司は、自分でも少し可笑しくなって、小さく息を吐いた。
「朝起きて、土の匂いを確かめて、
薬草の様子を見て、水を汲みに行く。
それが、私の生活です」
誰に理解されなくてもいい、というような口調だった。
だが、言葉は丁寧だった。
「それを、手放すつもりはありません」
そこで、はっきりと区切る。
「呼び出される立場には、どうにもなれない。
常に求められる存在にもなれない」
オズワルドの指が、わずかに動いた。
「誰かが困っているのを知っていて、
手を伸ばせる距離にいるなら、私は伸ばします」
だが、と続ける。
「それが“当然”になる場所には、身を置けない」
善意は、拒否できない。
レオンハルトの言葉が、静かに思い出される。
「だから」
青司は、今度ははっきりと視線を向けた。
「私は、前に立てない」
オズワルドでも、レオンハルトでもない。
その奥――“制度”そのものを見るように。
「第三騎士団と、直接の上下関係は結べません。
命令も、義務も、私には重たすぎです」
言い切ったあと、少しだけ声を落とす。
「その代わり、
判断が必要なときには、逃げずに考えましょう」
矛盾しているようで、実は一貫している言葉だった。
「窓口は、ホヅミ商会にしてください。
騎士団の相談なんて大層なものに応えられるとは思わないですが、
私の考えが必要なら、そこを通して伝えます」
商会の名前を出した時に、青司は一瞬だけ目を伏せた。
それは、商会員への押しつけではなく、信頼だった。
「どうも、私は制度の側に立てる人間では、なさそうです」
静かな自己認識。
「そして……」
一拍。
ほんのわずか、言葉を選ぶ間があった。
「私は」
青司は、拳を握らなかった。
声も、震えなかった。
「今の暮らしを、大事にしています。
……守りたい人も、います」
それだけだった。
だが、含まれているものは多かった。
森。
静かな日常。
そして――リオナの顔が、誰の脳裏にも浮かぶ。
「それを壊す条件なら」
青司は、ゆっくりと首を振った。
「どんな名目でも、受けられません」
言い終えて、深く息を吐く。
「以上です」
「取引でも、要求でもありません」
ただ、と付け加える。
「これが、私の“線”です」
沈黙が落ちた。
だが、それは重圧ではなかった。
むしろ、何かが静かに定まったあとの空気だった。
最初に息を吐いたのは、オズワルドだった。
「……なるほどな」
低く、腹の底から出た声だった。
「欲がない」
「だからこそ、分かりやすい」
彼は、青司をまっすぐ見た。
「森を選ぶ、か」
「羨ましいと思う日もある」
それは冗談ではなかった。
「安心しろ」
オズワルドは、肩の力を抜いた。
「儂は、君を縛りたいわけじゃない」
むしろ、と続ける。
「縛れない人間だからこそ、欲しかった」
そこで、視線をレオンハルトへ送る。
「レオンハルト、
この条件、儂は妥当だと思う」
レオンハルトは、すぐには答えなかった。
だが、その沈黙は“計算”ではなく“評価”だった。
「……いい線だ。結局、第三騎士団が囲んだ形ではあるが」
やがて、低くそう言う。
「君は、制度を理解しているが、
制度の中に入ろうとはしていない」
青司を見る目が、少し変わる。
「それは、危うい。
だが同時に、非常に貴重だ」
一度、言葉を切る。
「森を選ぶ者は、街を裏切らないだろう。
街を選ばないからこそな」
皮肉とも、賞賛ともつかない言葉だった。
「商会を窓口にする点もいい。
個人を前に出さない。
商会を盾にする」
それは、制度側から見ても“守りやすい”。
「認めよう」
レオンハルトは、静かに頷いた。
「その線は、こちらも越えない」
オズワルドが、小さく息を吐く。
「助かる」
「正直な話だ」
そして、青司に向き直る。
「セイジ殿」
「相談役、という呼び方は建前で必要だが、本来ならそれすら要らん」
わずかに、笑う。
「森にいる、少し厄介な知恵者でいい」
青司は、思わず苦笑した。
「それなら
私にも、できそうです」
室内の空気が、ようやく緩んだ。
善意は、武器になる。
だが――
この場で交わされたのは、
武器ではなく、距離だった。
そしてその距離こそが、
青司の暮らしと、
リオナのいる日常と、
ホヅミ商会の未来を、
同時に守る線になっていた。




