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 伯爵家の庭園に設えられた白い天幕の下は、初冬の澄んだ光に包まれていた。

 日差しは柔らかいが、空気にはひんやりとした冷たさが残り、呼吸をするたび胸の奥がすっとする。


 冬支度を終えた庭は色数を抑え、常緑の植え込みと、名残の花だけが静かに整えられている。

 芝の上には霜よけの布が掛けられ、季節が確かに進んでいることを、さりげなく告げていた。


 磨き上げられた銀のティーポットから立ちのぼる湯気が、冷えた空気の中ではっきりと白く揺れる。

 そこに混じるのは、かすかな香草の匂い――体を温めるために選ばれた、初冬らしい配合だ。


 温かさと冷たさが、きちんと分けられた空間。

 それが、この庭園のお茶会だった。


 席に案内され、椅子の前に立ったところで、リオナは少し戸惑ったように足を止めた。


 ――あ、手袋。


 一瞬遅れて気づき、慌てて両手を胸の前に寄せる。


 革の手袋は、狩りや作業では当たり前のものだったが、こうしてお茶の席に座る前に外す、という作法はまだ身体に染みついていない。


 指先で縁をつまみ、引き抜くようにして片方ずつ外す。

 うまくいかず、少しだけ指がもたついた。


「……あ」


 小さく声を漏らしながら、ようやく外れた手袋を、どうしていいのか分からず両手で持つ。


 一拍遅れて、隣に置かれた小さな籠に気づき、そっと収めた。


 その仕草は控えめで、どこか初々しい。


 指先は、外気で少し赤くなっている。

 それを見て、メリンダがふっと微笑んだ。


「寒かったでしょう?」

「……はい。でも、平気です」


 そう答えながら、リオナは無意識に指をきゅっと握った。


 その仕草が、かえって目を引いていることに、本人だけが気づいていない。

 白い天幕の下、近くに座る令嬢たちの視線が、ほんの一瞬、彼女に集まった。


 けれどリオナ自身は、それに気づくこともなく、用意された椅子に腰を下ろす。

 背筋を伸ばしながら、そっと周囲の様子を窺った。


 向かいの席には、淡い黄緑のドレスをまとった少女がいる。

 先ほど紹介されたばかりの、農政局に勤める子爵の娘シャルティー。幼い頃から作柄と相場の話を聞いて育ったという。


 落ち着いた物腰と、よく通る声。

 年はそう変わらないはずなのに、話し方には大人びた余裕が感じられた。


 その隣には、少し活動的な雰囲気の少女がいる。

 濃い藍色の装いに、無駄のないまとめ髪。街道整備官を父に持つ男爵家の娘マイズで、視線の動きがどこか現場の人間らしい。図面と工期の話が日常だったらしい。


 そして、主催者である伯爵令嬢メリンダ。

 彼女はいつもより少し緊張した様子ながらも、楽しそうに茶会を進めていた。


「今年は、南部の麦がとても良い出来だそうですの」


 最初に口を開いたのは、農政局子爵家の娘シャルティーだった。


「雨の具合と日照がちょうどよくて。例年より二割ほど、収量が上がる見込みだとか」


「まあ、それは」

 街道整備官の娘マイズが目を細める。

「王都の相場も、しばらく落ち着きそうですね」


「そう思うでしょう?」

 シャルティーは、少しだけ声を落とした。

「……けれど、東部が動いていますの」


 その言葉に、空気がわずかに引き締まる。


「動いている、とは?」

 メリンダが首を傾げる。


「麦を、買い集めているのです」

 シャルティーは、扇子の陰で小さく息を吐いた。

「南部だけでなく、西寄りの在庫まで」


 マイズが、すぐに頷いた。

「それ、聞きました。東部の街道整備、最近やけに増えているんです」


「やっぱり……」

「ええ。倉庫に繋がる支線が多い」


 リオナは、思わず背筋を伸ばした。

 言葉は柔らかいが、その内容は決して穏やかではない。


「……婚約の話も、少し考えた方が良さそうですね」

 シャルティーが、ため息交じりに言う。

「東部の殿方と、今この時期に、というのは……」


「巻き込まれたくありませんものね」

 メリンダも、どこか大人びた表情で頷いた。


 話題は、自然と“大人たち”へ移っていく。


「そういえば」

 マイズが言った。

「最近の整備計画、フィオレル子爵の名をよく見かけます」


 その名に、リオナの耳がぴくりと動く。


「リルトの領主様ですね」

「ええ。街道と物流の再編を、かなり前倒しで進めているとか」


「まあ……」

 シャルティーは小さく微笑んだ。

「相変わらず、先を見ていらっしゃる」


 そこまで聞いて、リオナはようやく、胸の奥で一つの点が繋がる感覚を覚えた。


(……セイジと、クライヴさんの話と……)


 けれど、その考えは、次の話題でふっと途切れた。


「ところで」

 メリンダが、ぱっと表情を明るくする。

「最近、王都で評判の美容品、ご存じですか?」


 一瞬で、場の空気が変わった。


「知ってます!」

 マイズの娘が身を乗り出す。

「肌が荒れにくくなるっていう……」


「香りも優しいそうですわ」

 シャルティーも興味津々だ。


「リルトの……ええと、ホヅミ商会でしたかしら」

 メリンダが、ちらりとリオナを見る。


 視線が集まる。


「……はい」

 リオナは、少し驚きながら頷いた。

「あの、私……そこの人たちと、一緒に……」


「まあ!」

「そうでしたの?」


 一斉に、声が弾む。


「最近できた美容院も、予約が取れないって聞きました」

「ゼリー菓子も、すごく人気だとか」


 話題が一気に加速する。


「ゼリー……」

 リオナは、ふと思い出したように膝の上の小さな包みに視線を落とした。


「あの……」

 少し迷ってから、包みを開く。

「これ、よかったら……」


 透明感のある、色とりどりのグミが現れた。


「まあ、可愛い……」

「宝石みたい!」


「セイジに、もらったんです」

 リオナは、照れたように言う。

「味も、いろいろあって……」


 一つ口に運んだ瞬間。


「……!」

 マイズが目を見開く。


「なに、これ……」

「噛んだ時の感じが……」


「甘すぎない……」

 シャルティーも、思わず声を落とした。


 次の瞬間、天幕の下が一気に賑やかになる。


「これ、どこで……?」

「保存も利きそうですわね」

「お茶請けにぴったり……!」


 リオナは、目を瞬かせるばかりだった。


「……そんなに、ですか?」


 その無邪気な一言に、皆が笑う。


「そんなに、です」

 メリンダが、楽しそうに言った。

「ね、リオナさん」


 リオナは、少しだけ頬を赤くしながら、笑った。


 ただ、分けただけ。

 ただ、美味しいと思ったものを出しただけ。


 それだけなのに――


 庭園の片隅で、誰かが静かにこの光景を見ていることを、

 この場にいる誰も、まだ知らなかった。


 お茶会は、まだ始まったばかりだ。


 けれどこの日、

 リオナという存在は、確かに“覚えられ始めていた”。


 ――無自覚のまま。



**************



 沈黙が、室内に重く落ちた。


 青司は立ったまま、三人の視線の交差点に置かれている。

 誰も声を荒げていない。だが、逃げ場のない場だということだけは、はっきりと分かっていた。


 最初に口を開いたのは、レオンハルトだった。


「セイジ殿」

 低く、落ち着いた声だ。

「君は、善意で動いた。そこまでは、誰も否定しない」


 机に置かれた手が、静かに組まれる。


「だがな」

 言葉を切り、青司をまっすぐ見据える。

「国家において、“善意”は、最も扱いづらい資源だ」


 青司は、息を詰めた。


「なぜだと思う?」


「……」


 一瞬、答えを探す。

 だが、青司は正直に首を振った。


「分かりません」


「そうだろう」

 レオンハルトは頷く。

「君は商人であり、職人であり、そして――今のところ、民だ」


 その言葉が、静かに胸に刺さる。


「いいか。制度というものは、“例外”を嫌う」

「一度許された例外は、前例になる」

「前例は、やがて“当然”になる」


 淡々とした口調で、続けられる。


「君が回復薬を持ち込んだことで、騎士が助かった。

 それ自体は、称賛される行為だ」


 オズワルドが、わずかに視線を伏せた。

 レオンハルトは、それを見てから、さらに言葉を重ねる。


「だが次に同じことが起きたとき――」

「君が“持ち込まなかった”場合、どうなると思う?」


 青司は、すぐに答えられなかった。


「誰かが言うだろう」

 レオンハルトは、静かに再現する。


『前は、出してくれた』

『なぜ、今回はない?』

『協力的ではないのではないか?』


 空気が、ひやりと冷える。


「善意は、拒否できない」

「拒否した瞬間、それは“非協力”に変わる」


 レオンハルトは、椅子からわずかに身を乗り出した。


「それが、危険だと言っている」


 青司の喉が、かすかに鳴った。


「私は……そんなつもりは……」


「分かっている」

 即座に、レオンハルトは遮らなかった。

「だからこそ、だ」


 一拍。


「君は、“武器になる善意”を持っている」

「しかも、自覚がない」


 その言葉に、青司ははっとした。


「オズワルド卿」


 呼ばれて、第三騎士団長が一歩前に出る。


「君は、現場で命が救われた」

「感謝し、また欲しいと思った。それは自然だ」


 オズワルドは、低く頷いた。


「……否定はしない」


「だが」

 レオンハルトは続ける。

「それを“欲しい”と言った瞬間、相手は対等ではなくなる」


 視線が、青司に戻る。


「軍が欲しがる物資」

「それを、無償で、あるいは曖昧な形で供給できる商会」


「――それは、保護対象であると同時に、管理対象だ」


 青司は、はっきりと理解し始めていた。


 これは責められているのではない。

 警告されている。


「だから私は、待てと言った」

 レオンハルトは、オズワルドを見る。

「“協力”という言葉は、重すぎる」


 オズワルドは、小さく息を吐いた。


「……確かに、現場の論理だった」


「命を救う現場と」

「制度を守る立場は、違う」


 レオンハルトは、そこで初めて視線を和らげた。


「セイジ殿」

 今度は、少しだけ柔らかい声音だった。

「ここからが、本題だ」


 青司は、背筋を正した。


「我々は、君に“無制限の協力”を求めない」

「そして、“善意”にも期待しない」


 その言葉に、青司は目を瞬かせる。


「代わりに――線を引きたい」


 静かな一言。


「どこまでが、商会としての取引で」

「どこからが、国家として関与すべき領域か」


 フィオレルが、ここで初めて口を開いた。


「だから私は、“給付”にした」

 淡々とした声だ。

「契約にすれば、軍需になる。

 軍需になれば、義務になる」


 青司は、思わずフィオレルを見る。


「今はまだ、君たちは商会だ」

「その立場を、守るための曖昧さだ」


 レオンハルトが、静かに頷く。


「君に選ばせる」

「“協力者”になるのか」

「“取引相手”でいるのか」


 それは、命令ではなかった。

 だが、逃げ道でもなかった。


「選ばない、という選択もある」

「だがその場合、我々は距離を取る」


 青司の胸の奥で、何かが音を立てて噛み合った。


 クライヴの言葉。

 伯爵の視線。

 そして、今のこの場。


(……選ばれないこと。

  選ばせないこと)


 同じ答えが、別の場所から、静かに重なってくる。


「……少し、考える時間をいただけますか」


 青司は、そう言った。


 レオンハルトは、微かに笑った。


「それでいい」

「考えることができるうちは、まだ安全だ」


 オズワルドも、小さく頷く。


「無理はさせん」

「だが、期待はしている」


 矛盾した言葉。

 けれど、それが現実だった。


「今日は、ここまでだ」


 そう告げられ、青司は一礼する。


 扉を出る直前、背後からレオンハルトの声が追いかけてきた。


「セイジ殿」


「はい」


「君の善意は、守らねばならん」

「――君自身のためにな」


  青司が踵を返しかけた、そのときだった。


「――待ってくれ」


 低く、抑えた声が、背後から落ちる。


 足を止めた青司の前で、空気がわずかに揺れた。

 それまで沈黙を守っていたオズワルドが、静かに、しかしはっきりと一歩前へ出ていた。


 レオンハルトが、わずかに目を細める。

 止めるでもなく、促すでもない。

 ただ、成り行きを見極める視線だった。


「今の話が、正しいことは分かっている」


 オズワルドは、青司を見たまま言った。

 その声には、先ほどまでの第三騎士団長としての硬さよりも、現場に立つ者の疲労と実感が滲んでいた。


「制度は必要だ」

「前例を軽々しく作れないのも、事実だ」


 一拍置き、言葉を選ぶ。


「だが――」

 そこで、わずかに眉が寄った。

「それでも、現場は待ってはくれない」


 青司は、振り返る。


 オズワルドは、胸に手を当てるでもなく、拳を握るでもなく、

 ただ、まっすぐ立っていた。


「儂は、騎士だ」

「命令を受け、規則に従い、部下を死地に送る立場にいる」


 その言葉は、誇りというより、責任の重さを語っていた。


「だが同時に」

 声が、ほんのわずかに低くなる。

「現場で、救えたはずの命を数える人間でもある」


 沈黙が、再び室内に落ちる。

 だが今度の沈黙は、先ほどとは質が違った。


「セイジ殿」

 呼びかける声に、熱が宿る。


「君の善意が、武器になるという話――否定はしない」

「むしろ、その通りだ」


 だからこそ、と続ける。


「儂は、それを“振り回してほしい”とは思っていない」

「だが、“しまい込んでほしい”とも思えない」


 レオンハルトが、口を挟もうとして、やめた。

 オズワルドは、その視線を一瞬だけ受け止め、再び青司を見る。


「君を、協力者にしたいわけじゃない」

「軍属に引き入れたいわけでもない」


 その否定が、逆に本気を伝えていた。


「第三騎士団の――」

 一度、言葉を切る。

「相談役になってくれ」


 青司の眉が、わずかに動く。


「戦場に立てとは言わない」

「常時供給も求めない」

「命令も、義務もない」


 だが、と続く声が、確かに強まった。


「それでも、有事の際に」

「現場が、君の意見を聞ける窓口がほしい」


 それは、要請だった。

 しかし、命令ではなかった。


「線引きは、君と一緒に決めたい」

「越えない線も、越えていい線もだ」


 そこで初めて、オズワルドは頭を下げた。

 深くはない。

 だが、騎士団長にして侯爵としては、十分すぎるほどだった。


「頼む」

「これは、儂、個人の願いだ」


 青司の胸に、ずしりと重みが落ちる。


 レオンハルトの言葉が、頭をよぎる。

 ――善意は、拒否できない。


 だが今、差し出されているのは善意ではない。

 選択肢だ。


「……すぐに答えは出せません」


 青司は、正直に言った。


「それでいい」

 オズワルドは即座に頷く。

「即答されたら、むしろ困る」


 わずかに、苦笑が混じる。


「だが、考えてくれ」

「現場に立つ人間として、君の存在が、どれほど救いになるかを」


 青司は、ゆっくりと息を吐いた。


「――どうも、断れないみたいですね。……けど、条件があります」


 その言葉に、オズワルドの目が、わずかに見開かれる。

 レオンハルトの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。


「それを聞くために、引き止めた」


 青司は、しばらく言葉を探すように視線を落とした。


 条件、と口にしたはいい。

 だが、それは取引の条文でも、利害の計算でもない。


 ただ、自分がどこに立って生きたいのか。

 それだけの話だった。


「……大した条件じゃありません」


 そう前置きしてから、ゆっくりと顔を上げる。


「私は、森で暮らす人間です」


 室内の誰もが、すぐには反応しなかった。

 あまりに素朴で、しかし核心を突いた言葉だったからだ。


「リルトの街に拠点を置いていますが」

「本心を言えば、あれも“仕事場”に近い」


 青司は、自分でも少し可笑しくなって、小さく息を吐いた。


「朝起きて、土の匂いを確かめて、

 薬草の様子を見て、水を汲みに行く。

 それが、私の生活です」


 誰に理解されなくてもいい、というような口調だった。

 だが、言葉は丁寧だった。


「それを、手放すつもりはありません」


 そこで、はっきりと区切る。


「呼び出される立場には、どうにもなれない。

 常に求められる存在にもなれない」


 オズワルドの指が、わずかに動いた。


「誰かが困っているのを知っていて、

 手を伸ばせる距離にいるなら、私は伸ばします」


 だが、と続ける。


「それが“当然”になる場所には、身を置けない」


 善意は、拒否できない。

 レオンハルトの言葉が、静かに思い出される。


「だから」

 青司は、今度ははっきりと視線を向けた。

「私は、前に立てない」


 オズワルドでも、レオンハルトでもない。

 その奥――“制度”そのものを見るように。


「第三騎士団と、直接の上下関係は結べません。

 命令も、義務も、私には重たすぎです」


 言い切ったあと、少しだけ声を落とす。


「その代わり、

 判断が必要なときには、逃げずに考えましょう」


 矛盾しているようで、実は一貫している言葉だった。


「窓口は、ホヅミ商会にしてください。

 騎士団の相談なんて大層なものに応えられるとは思わないですが、

 私の考えが必要なら、そこを通して伝えます」


 商会の名前を出した時に、青司は一瞬だけ目を伏せた。

 それは、商会員への押しつけではなく、信頼だった。


「どうも、私は制度の側に立てる人間では、なさそうです」


 静かな自己認識。


「そして……」


 一拍。

 ほんのわずか、言葉を選ぶ間があった。


「私は」

 青司は、拳を握らなかった。

 声も、震えなかった。


「今の暮らしを、大事にしています。

 ……守りたい人も、います」


 それだけだった。

 だが、含まれているものは多かった。


 森。

 静かな日常。

 そして――リオナの顔が、誰の脳裏にも浮かぶ。


「それを壊す条件なら」

 青司は、ゆっくりと首を振った。

「どんな名目でも、受けられません」


 言い終えて、深く息を吐く。


「以上です」

「取引でも、要求でもありません」


 ただ、と付け加える。


「これが、私の“線”です」


 沈黙が落ちた。


 だが、それは重圧ではなかった。

 むしろ、何かが静かに定まったあとの空気だった。


 最初に息を吐いたのは、オズワルドだった。


「……なるほどな」


 低く、腹の底から出た声だった。


「欲がない」

「だからこそ、分かりやすい」


 彼は、青司をまっすぐ見た。


「森を選ぶ、か」

「羨ましいと思う日もある」


 それは冗談ではなかった。


「安心しろ」

 オズワルドは、肩の力を抜いた。

「儂は、君を縛りたいわけじゃない」


 むしろ、と続ける。


「縛れない人間だからこそ、欲しかった」


 そこで、視線をレオンハルトへ送る。


「レオンハルト、

 この条件、儂は妥当だと思う」


 レオンハルトは、すぐには答えなかった。

 だが、その沈黙は“計算”ではなく“評価”だった。


「……いい線だ。結局、第三騎士団が囲んだ形ではあるが」


 やがて、低くそう言う。


「君は、制度を理解しているが、

 制度の中に入ろうとはしていない」


 青司を見る目が、少し変わる。


「それは、危うい。

 だが同時に、非常に貴重だ」


 一度、言葉を切る。


「森を選ぶ者は、街を裏切らないだろう。

 街を選ばないからこそな」


 皮肉とも、賞賛ともつかない言葉だった。


「商会を窓口にする点もいい。

 個人を前に出さない。

 商会を盾にする」


 それは、制度側から見ても“守りやすい”。


「認めよう」

 レオンハルトは、静かに頷いた。

「その線は、こちらも越えない」


 オズワルドが、小さく息を吐く。


「助かる」

「正直な話だ」


 そして、青司に向き直る。


「セイジ殿」

「相談役、という呼び方は建前で必要だが、本来ならそれすら要らん」


 わずかに、笑う。


「森にいる、少し厄介な知恵者でいい」


 青司は、思わず苦笑した。


「それなら

 私にも、できそうです」


 室内の空気が、ようやく緩んだ。


 善意は、武器になる。

 だが――


 この場で交わされたのは、

 武器ではなく、距離だった。


 そしてその距離こそが、

 青司の暮らしと、

 リオナのいる日常と、

 ホヅミ商会の未来を、

 同時に守る線になっていた。


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