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  二階事務所の扉が閉まると、外のざわめきが遠のいた。


 夜更け。

 だが、机の上には灯りが落とされていない。


 帳簿。

 試算表。

 納品記録。

 騎士団向けの仕様書。


 それらが、几帳面に並べられている。


 集まっているのは、青司、リオナ、ミレーネ、クレス。

 そして、長旅の外套を脱いだばかりのクライヴ。


 全員が席についたのを確認してから、ミレーネが口を開いた。


「――では、整理します」


 声は落ち着いているが、逃げ場を作らない調子だった。


「次は、財務局との正式対面です」

「“相談”ではありません。“説明”でも足りない」

「審査です」


 その一言で、空気が引き締まる。


 


「財務局が何を怖がるか」

 ミレーネは、指を一本立てた。


「第一に、“急拡大”です」


 帳簿を軽く叩く。


「売上が伸びるのは構わない」

「ですが、その理由が曖昧だと、即座に疑われます」


「第二に、“供給不安”」

「第三に、“特定勢力との癒着”」


 視線が、青司とクライヴを一瞬だけ掠めた。


 ミレーネの声は、淡々としていた。

 だが、その裏に迷いはなかった。


「騎士団ですか」

 クレスが静かに言う。


「ええ」

 ミレーネは頷く。

「特に第三騎士団は“実戦部隊”です」

「装備に関わる商会が近づきすぎているように見えると、警戒されます」


「商談とは別に薬を手土産にしたのは、不味かったかな?」

 青司が、腕を組んだ。

「お礼だって言われて、グリフィン素材まで受け取ってきてしまったけど」


「いえ」

 ミレーネは、即座に首を振る。

「それは“必要な物を渡し、正当な対価を受け取った”と言い切れます」

「個人的な贈与でも、便宜供与でもありません」


「問題は、“それをどう使うか”と、“いつ出すか”です」


「じゃあ“売れてる装備”の話だけをする」


「その通りです」


 ミレーネは即答した。


「今回、財務局に出す話は一つ」

「吸湿速乾肌着と、それを含む鎧下装備」



「第三騎士団への納品実績」

「使用開始済み」

「消耗率の低下」

「兵の稼働時間の改善」


 淡々と挙げられる項目。


「全て、“もう起きている事実”です」

「未来の話はしません」


 クライヴが、少しだけ口角を上げた。

「夢を語ると、叩かれるからな」


「ええ」

 ミレーネも、苦笑に近い表情を浮かべる。

「財務局は、“可能性”より“継続”を見ます」


 そこで、リオナがそっと言った。

「……じゃあ、グリフィン素材は?」


 一瞬、沈黙。


 だが、それは想定内だった。


 ミレーネが、はっきりと告げる。

「伏せます」


 迷いのない断言。


「今回は、出しません」

「話題にも出さない」

「資料にも載せない」


 クレスが、確認するように言う。

「完全に?」


「完全に、です」

 ミレーネは頷いた。


「グリフィン素材は、高価で希少です」


「用途も軍事寄りに見えますし、魔道具師や錬金術師の専門領域でしょう」


「今の段階で表に出すと――」

 ミレーネは、そこで一拍置いた。

「“投機”か、“独占”を疑われかねません。


「だから今回は、話題にもしません」

「存在を隠すのではなく、“まだ扱っていない”立場を取ります」


 青司も、頷く。


「財務局向きじゃない」


「ええ」

「切り札は、切る場面を選びます」


 


 クライヴが、静かに息を吐いた。


「……北部で確保した分も、温存だな」


「はい?そちらでも手に入れてきたのですか?」

 ミレーネは視線を合わせる。


「狩猟会でフィオレル様の護衛騎士が一番に矢を当ててな。褒美として、うちに回された。表向きは、な」


「“グリフィン素材は全部、見せない手札”にします」


 その言葉に、場の全員が納得した。


「では、勝ち筋を整理します」


 ミレーネは、紙を一枚めくる。


「財務局に示すのは、三点」


 一つ。

「生産体制が、リルトの服飾ギルド工房で回っていること」


 二つ。

「規格サイズで納品しますが、微調整は王都服飾ギルドが受け持つこと」


 三つ。

「第三騎士団以外にも、民生用途があること」



「肌着は、リオネで販売してますしね」

 リオナが補足する。


「はい」

 ミレーネは頷いた。

「それが重要です。“軍需専用ではない”」


 青司が、低く言った。

「捨てる部分は?」


 その問いに、ミレーネは即答した。

「利益率」


 一瞬、リオナが目を見開く。

「そんなに下げるんですか?」


「“下げているように見せる”んです」

 ペンで数字を指す。

「急成長している商会が、高利益を叩き出していると――必ず頭を押さえつけられます」


 クレスが、静かに頷いた。

「今回は、通ることが最優先」


「ええ」

 ミレーネは、はっきりと言った。


「勝つ必要はありません。通ればいい。

 騎士団や軍が正式採用した、という実績ができれば、他からの引き合いは必ず増えます」

 一拍置いて、ミレーネは続けた。

「実際、北部地域の受注をクライヴが取ってきていますしね」


 ミレーネは、淡々と続けた。


「肌着の利益率が下がっても、販売量で十分にカバーできるはずです」


 沈黙。


 だが、それは後ろ向きなものではなかった。


 青司が、ゆっくりと息を吐く。


「……これは、勝負だな」


 ミレーネは、顔を上げる。

「はい」


 迷いはない。

「商会として、“次に行けるかどうか”の勝負です」


 クライヴが、椅子にもたれた。

「通れば?」


「通れば」

 ミレーネは、微笑んだ。

「次は、こちらが選べます」

 

 青司は、机の上の帳簿を見渡す。


 人が動き、

 金が回り、

 物が生きている。

 

 青司は、帳簿から視線を上げた。

「……これで行こう」


 そう言った。


 リオナが、隣で頷く。


「うん。腹は、決まった」


 だが――


 全員が知っている。


 まだ、切っていないカードがあるということを。


 それだけで、この商会は、十分に強かった。



**************



 馬車の扉が開き、青司とクライヴはゆっくりと歩を進めた。

 長い廊下を抜け、厚い扉の前で深く息を吐く。


「……準備はできています。落ち着いてききましょう」

 クライヴが低く声をかける。


 青司は静かに頷く。

「ええ、みんなで全て書類にまとめましたからね。過去の試験結果、第三騎士団での使用記録、北部への供給体制――」

 頭の中で、ミレーネが整理してくれた戦略と数字が順序立てて浮かぶ。

「……これで通せるはずです」


 扉が重く開かれ、二人は部屋に入った。


 中は静かな空気が部屋に充満していた。


 長机を囲むのは、

 王都中央軍の将軍ヴァルター・クロイツ公爵、

 第三騎士団長オズワルド・シュタインベルク侯爵

 財務局長レオンハルト・ヴァルクス侯爵、

 北部地域領主バルドリック・ルンドヴァル伯爵、

 服飾ギルド長ダラス子爵、

 内政局政務官兼外務官リルト領主フィオレル子爵、

 ――。

 その後ろに財務局軍事担当職員と第三騎士団員が多数座っている。


 青司とクライヴは、席につくや否や、背筋を伸ばした。商会からの代表はこの二人だけ。ここで全てを示し、通過しなければならない。


「今から騎士団及び軍の装備の審査会を始める。まずはホヅミ商会の者から装備の説明を始めよ」

 ヴァルクス侯爵の宣言で審査会が始まった。


「ホヅミ商会の青司と申します。よろしくお願いします。吸湿速乾肌着と同じ性能の装備についてですが――汗を素早く吸収し、肌が濡れたままにならないため、兵は快適に動くことができます」


 説明は淡々と、事実に基づいていた。しかしその瞬間、部屋の空気が変わる。低く響く声が青司を切り裂くようだった。


「……性能はわかった」


 王都中央軍、クロイツ将軍が眉を寄せて立つ。鋭い視線が青司の言葉の隅々まで届く。


「だが、現場での運用をどう考えている? 吸湿速乾は紙の上では素晴らしい。しかし、兵士が実戦で着用した場合、消耗率や摩耗はどうなる?」


 青司はすぐに書類を差し出す。

「第三騎士団での試用と実戦配備を行っています。消耗率は従来比で約一割低下し、兵の稼働時間も延長されました」


 クロイツ将軍は眉をひそめ、低く吐き捨てるように言った。

「数字はわかった。だが、兵士によって汗の量も体格も異なる。現場での不確定要素は無視できない」


「その点も試算済みです」

 青司は手元の資料を示す。

「複数の兵士でデータを取り、異常値は除外。さらに各兵士には使用開始時と終了時の報告をお願いしています」


 オズワルド侯爵が静かに頷く。

「その装備が必要であると、うちの団員からはあがっている事を付け加えておく……では、急な増産要求には対応可能か?」


「リルト服飾ギルド工房での生産体制は既に回っており、規格サイズでの納品は商会で、微調整は王都服飾ギルドが行います」


 クライヴが補足する。

「第三騎士団以外でも、リルト街の衛兵隊が実装済みで、快適性や消耗率の低下が確認されています。さらに、清掃員など非戦闘職員でも同様の成果が出ています。供給体制は安定しており、北部地域からの注文も受けております」


 クライヴが胸を張って説明を終えると、ルンドヴァル伯爵が少し笑みを浮かべ、口を開いた。


「フィオレル卿の騎士たちが、その装備を身につけ良い動きをしておったのでな。王国の北壁として北部には是非とも必要なものだ」


 フィオレル子爵は、過分なお言葉にいたみいります、と小さくほくそ笑んだ。


「では、中央軍への配備も可能という事だな」

 クロイツ将軍は眉をひそめ、青司の顔をじっと見つめる。中央軍の配備が確実か、手元の書類だけでは信じられないという目だ。

 青司は深く息を吸い、指先で資料を軽く叩く。

 しばらく沈黙の後、主導権をヴァルクス侯爵に譲った。

「……まずは自分たちのことからか。まあよかろう。では、詳細を財務局から確認する」


「まず、この装備の値段設定は高くないでしょうか?商会の利益率が高く設定されているのではないですか?」

 資料をめくりながら財務局軍事担当官の声が少し高く響いた。


 青司は微笑み、静かに答える。

「第三騎士団への装備は絹と麻の混紡を使用しております。混紡割合も第三騎士団専用の特注ですので、通常の装備より値段は少々高めになっています。しかし、品質に見合った設定です」


 青司の返答にオズワルド侯爵の頬がわずかに緩む。


「しかし、絹の混紡ではすぐに使えなくなるのではないですかな?激しい兵の動きには到底耐えられないのでは?」


 青司は資料を確認しながら落ち着いて答える

「試作段階で各混紡素材を比較し、絹と麻の混紡で耐久性を確保しました。実戦で使用した第三騎士団員からも問題報告は上がっておりません」


 オズワルド侯爵がわずかに頷いたのにあわせ、フィオレル子爵とルンドヴァル伯爵小さく頷いていた。


「なるほど、では雨や泥に濡れた場合はどうですか?」


「肌着と鎧の下につける装備ですので、濡れることは当然ですが、乾きは速いですので風邪をひくようなリスクは軽減されるかと思われます。泥がついた時には、安全なところで洗っていただければ、性能には影響ありません」


 ルンドヴァル伯爵が、そんな当然な事を聞くのかと担当官に視線を走らせていた。


「大量注文が入った場合に、本当に同じ性能が出せるのか?」

 担当官の声が少しずつ固くなってきていた。


「リルトの服飾ギルド工房で規格品を作っております。検品は商会で行い、補正は王都服飾ギルドが担当しております。性能はギルドと商会の二段階の確認がされますので御安心ください」


 青司の言葉にダラス子爵とフィオレル子爵が視線を合わせていた。


「使用報告に虚偽や見落としがあるということはありませんか?」


「担当官、無礼であろう。発言の取り消しを求める」

 担当官の言葉と同時に第三騎士団員が表情が険しくなり、団長オズワルド侯爵から低く重たい声が響いた。


「訂正せよ」

 ヴァルクス侯爵がスッと手をあげ担当官へ指示を出す。


「大変失礼致しました。発言を取り消します。では、あらためて、使用報告に偏りや異常値は出ていませんでしたかな?」


「使用して良かったという報告に偏りは確かにあります。もう少し、お使い頂ければ、修正を求める声はあがるのかもしれません。その際には出来る限り対応させて頂きます」


 青司の言葉に「準備が良いな」とどこかから囁きが聞こえてきていた。


「急増産の場合に値段はどうなるのだ?原材料の供給が追いつかず高騰するのではないか」


「確かに原材料の入手経路は複数必要と心得ております。現在、絹に関してはリルト商業ギルド長ラシェル子爵様より、格別な配慮を頂いておりますが吸湿速乾の加工に使う素材の手配を急いでいるところです」


「ほお、絹の子爵が確かにリルトにいたな」

 クロイツ将軍から言葉が漏れ、続けて質問が出る。

「現場で問題が発生した場合、誰が責任を取る?」


「初期不良については商会が保証します。使用による破損や汚損は対象外です」


 北壁バルドリック伯爵が問いかける。

「北部への長期供給可能か?」


「取り扱い始めたばかりでので、優先的にというわけにはまいりませんが、順次供給可能かと」


「ずいぶんとフィオレル子爵家と距離が近いと感じられますが。どういった関係でしょうか」


「私が答える」

 スッとフィオレルが手をあげ発言を始める。

「このホヅミ商会は、私が陛下より預かるリルトの街で設立された。優れた物を取り扱う商会であったため、後見人として助力している。どこもやっている。そういう立場だ」

 リルト領主フィオレル子爵が静かに言葉をつなぐ。

「我が街の商会だ。当然支援は行うが、無理に軍や財務局と関わらずとも、街の中で十分成果は出してもらっている」


 オズワルド侯爵は一呼吸置き、静かに言った。

「……フィオレル卿よ。良い装備を見せておいて、我らと関わらずともなどと、戯言よな」


「第三騎士団は、お気に召して頂けたようですが、他は難しいようですので」

 フィオレル子爵は肩を竦めてみせる。


「ヴァルクス財務局長――今までの審査で、何か問題が確認できたか?」

 オズワルド侯爵は鋭い視線を投げかけ、言葉をさらに強める。

「予算措置の問題だけだというなら、単年度で揃えずとも、徐々にでも構わん。現場では、装備が命に関わるのだ」


「必要な審査と関係部局からの聞き取りは終わった。あとは財務局で精査を行い、おって通達する。以上でこの審査会を解散する」

 ヴァルクス侯爵の声が重く、部屋に響く。

 青司とクライヴは互いに目を合わせ、深く息を吐いた。

 

 青司は軽く頭を下げ、クライヴと視線を交わす。

「……通る、かな」


 クライヴも静かに頷く。

「後は、事実と数字で判断してもらうしかありませんね」


 廊下の空気はまだ張り詰めていたが、青司の肩から少しだけ力が抜けた。

 クライヴも同様に、無言で頷く。

これで、第一の壁は越えた――確かにそう実感できた。

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