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愛の導  作者: 瀬名柊真
三章 接点 
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6

初の”side拓海”

千秋を含めた勉強会が始まって数十分後。しとしとと降る雨が窓を濡らしていた。


「そろそろ喉乾いたなぁ。一ノ瀬、買いに行くぞ」


「は?なんで僕が?」


飲み物を買いに行くという千秋の提案に、拓海はあからさまに嫌そうにした。それもそうだろう。何が良くて自分を嫌っているやつといかないといけないのか。


「え?だって俺、お前の好み知らねぇし」


「いや、僕はお茶で……」


「行こうぜ」


千秋は拓海の言葉を遮る。圧を感じる。これは何を言っても無駄だな。そう悟った拓海は千秋と一緒に自販機まで着いていくことにした。

微妙な距離が空いたまま、無言の時間が過ぎる。何をどう切り出そうか、互いに迷っているような、そんな雰囲気だ。

結局自販機の前につくまで何一つ喋ることなく歩いた。校内に自販機がない所為で、外まで出ないといけないのに、何も喋らなかった。せめて、一言二言くらい交わしても良いんじゃないだろうか。

そう思うのだが、かといって拓海から話を切り出すことはしない。そもそも拓海に話したいことはないのだから当然と言えば当然である。


「なぁ、何飲む?」


最初に口を開いたのは千秋だった。


「いえ。自分で買うので。それよりも、僕になんの用ですか?」


あんなにもわかりやすく連れ出しといてなにもないというわけではないだろう。拓海の予想通り、千秋は頭を掻いて喋りだした。


「まぁ、あんだけわかりやすくすりゃそりゃ分かるわな。俺が言いたいことは一つ。沙良に近づくな」


「はぁ。いくら彼氏だとはいえ鈴海さんの交友関係を制限する権利はないと思うのですが?」


「交友関係の制限?別にんなことしねぇよ」


何を言ってんだという顔で千秋は拓海を見る。その顔をしたいのは拓海の方だ。拓海に近づくなと言っておいてよく言える。これが交友関係の制限じゃないなら何に入るのだろうか。


「いや、現に彼女と僕の交友を勝手に絶とうとしてるじゃありませんか」


「ん?だって、一ノ瀬。お前、沙良の事好きじゃん。なら、友人じゃねぇだろ。それに沙良が、ただのクラ……」


「え?それって束縛ってことですよね?見苦しいですよ」

千秋を遮るように言う。これ以上言われてしまっては堪ったものではない。そもそも恋愛感情があろうが、友人は友人だろう。しかし、そんな拓海の心情を知らずにか、千秋は拓海にとって一番言われたくないことを言った。


「見苦しくたって良いんだよ。沙良がそれで側に居てくれるのなら。それに、俺だって、お前が普通ならなんにも言わねえよ?でもさ、片思い相手の彼氏に殺気飛ばすか?普通。しねぇだろ?お前と関わらすと、沙良が危険な目に合いそうだから言ってんだよ。分かったか?」


千秋が言っていることは的を射ている。鈍いと思っていたのに、拓海の嫉妬に気がついていたとは。計算外だ。確かに、拓海はあくまで横恋慕であり、彼氏である千秋に嫉妬出来る立場ではないのだ。そして、その嫉妬が少し行き過ぎていることもーー否定は出来ない。


「全部気づいていたんですね。ええ。わかりました。彼女と関わるのは必要最低限にします。この後、僕は直ぐに帰りますから」


それだけ言うと、いつの間に買ったのやら二人分のジュースを持っている千秋を放って、教室へと向かう。

そうだ。どうせこの後も用事がある。その用事が前送りになるだけ。そう思って精神的ダメージの緩和を図る。

とはいえ、そう簡単に割り切れるものでもなかったのだが。

少しだけ歩いてから拓海は後ろを振り向かずに言った。


「東城先輩。何してるんですか?置いていきますよ」


「あ、おい。ソレはねぇだろ」


あっさり拓海が了承したことに驚いたのか、呆けていた千秋が慌てて走ってくる。全く、何故声を掛けたのか拓海自身も不思議に思っている。別に追いついたところで話すことなどなにもないのに。追いつこうとしてくる千秋も千秋で意味が分からないが。

教室に着くなり、拓海は荷物を詰め始めた。

千秋にああいった以上、此処に長居するわけにも行くまい。携帯で父親に連絡を入れ、使っていた机を元のように戻す。

誰の机かは知らないが、場所くらいは分かる。


「一ノ瀬くん、もう帰るの?」


沙良がそう声を掛けてくれる。沙良が声を掛けてくれた。それだけでもう十分だった。

千秋が、返事はしろと目で訴えてくる。いわれなくても返事はするとも。返事をしなくて嫌われたくなんて無いから。


「うん。今日はもともと用事があったんだけど……響也くんから予定を早めるって連絡が来て……」


本当は逆なのだが時には嘘も必要だ。千秋が眼の前にいるのに千秋を貶めることなど出来るわけがないだろう。


「響也くん……?」


「ん?あぁ、僕の父親だよ。今日は経営学を学ばしてもらうんだ」


沙良はひどく驚いた顔をした。それは、父親の呼び方によるものか。それとも、経営学を学ばしてもらうと言ったからか。きっと両者共含まれているのだろう。

だが、沙良が驚いたことよりも、千秋まで若干驚いた素振りを見せていることのほうが興味深かった。


「一ノ瀬……お前、経営学って……」


間抜け面を晒して、放心する千秋は放って置く。拓海のことが嫌いな人なのだ。わざわざ答えてやる義理もないだろう。

聡い沙良のことだ。千秋と拓海の間になにかがあったことくらいは察しただろう。どうせ、千秋の味方につくに違いないが。

沙良は拓海の恋人でもなんでもない。拓海は知っていた。あの後千秋が言おうとしていたことを。


”ただのクラスメイト”


そう言いたかったのだろう。そんなことくらい知っている。聞こえていたから。

沙良が千秋に言っているところを聞いてしまったから。

あの時どんな気持ちだったが知る由もないのだろう。心臓が押しつぶされたように痛かった。

拓海は沙良にとっては何者でもないのだと。分かっていたのに突きつけられた気分だった。

何かしら心に残れていたのなら。それが、憎悪でも、嫌悪でも、残れていたのなら。

そちらのほうが、ただのクラスメイトなんていう枠組みなんかよりもよっぽど価値があった。

嫌われて悲しくないわけじゃない。悲しいに決まっている。ただ、無価値な人間に成り下がるよりも価値のある人間になりたいだけ。それだけだ。

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