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愛の導  作者: 瀬名柊真
三章 接点 
5/12

5

教室内に二人の人影だけがあった。

テスト後だからか、放課後、教室に残る人は格段と減っていた。あの気持ち悪い人たちの大半がテスト前に大量発生するタイプだったということだ。

残っている人影の一人は、当然一ノ瀬拓海である。机に荷物だけ置いたままどこかへ行っていたらしい。そして、もう一人は、沙良であった。

今回残っている理由は千秋ではない。いや、それも少しはあるのだが、メインはテスト後の振り返りだ。こうしたほうが、後々の勉強量を減らせるため、こんなやり方をしている。

とはいえ、解けなかった問題はいつまでも解けないままなのだが。


(こんな問題解けるわけ無いじゃん。なにこれ?解かす気ないよね??)


テスト問題とにらめっこしながら心のなかで悪態をつく。何だよ。次の式で、Aが正の数、Bが虚数、N≧4の場合、X=Y=Zを証明せよ。とか。知るかよ。こんな証明出来るわけ無いじゃないか。


「あー、と。鈴海さん?僕で良ければなにか手伝おうか?」


問題に対して無意味なヘイトをし始めた頃、拓海が話し掛けてきた。百面相をしている沙良が気になったらしい。いつも他人には無関心なのに不思議なこともあるもんだ。と、どこか他人事のように思う。

どうやら拓海は自分のやるべきことが終わったらしく、ちょうど暇を持て余しているらしかった。それならばとお言葉に甘えて沙良は手伝ってもらうことにした。


「一ノ瀬くんに教えてもらえるなら、凄く助かるな。お願いしても良い?」


「うん。わかった。じゃあ、ちょっと席を動かすから待っててね」


なんだかあっという間に話が進んでいく。気がついたら拓海は沙良の隣りに座っていた。


「それで、どの問題で詰まってたの?」


手元を覗き込む所為で、拓海の息が手にかかる。それに否応なく色気を感じてしまう自分が嫌だった。


(千秋先輩っ……!ごめんなさい!不可抗力です……あ、違う。千秋だった……)


「えっと、この問題なんですけど……」


なんとか平静を装って答える。


「あぁ、この問題はちょっと難しいよね。でも、此処を式変形して、公式に当てはめてみて」


「……!そっか……!これでX=Y=Zが証明出来るんだ!すごっ!やっぱり一ノ瀬くんは天才だなぁ!」


感動のあまりに思わず声が大きくなってしまう。数学は解けると気持ちがいいと言うが、本当にその通りだ。今なら何問でも溶けそうな気がする。……気がするだけだ。解けるとは一言も言っていない。

嬉しさに浸っていると、頭に何かが置かれたような感触がした。それから少しだけ左右に揺れる。

それが何かを理解するのに、そう時間はかからなかった。

拓海の手だ。沙良の頭を撫でている。


「あのぅ、何をしていらっしゃるんでしょうか?」


驚きのあまり思わず敬語になってしまった。


「あっ……ごめん、よく出来てたから癖で……」


頭に感じていたぬくもりが消える。少しだけそれに寂しさを感じることだけは許されるだろうか。にしても、こんな癖、どうやったらつくのだろうか。拓海は一人っ子で下には誰も居なかったはずだが。


「沙良ー!と、一ノ瀬?何してんだ?」


聞き慣れた声に沙良の背筋が凍る。別にやましいことはしていないのだが、二人きりで距離が近いとなると、千秋が不安になりそうだ。


「勉強会だよ。分からないところを教えてくれたの」


自然に拓海との距離を取りながら、あくまで変な関係じゃないことを伝える。勘違いだけはされたくない。

小さく舌打ちが聞こえた気がしたが、気の所為だと思うことにした。だって、千秋がそんな事をするわけがないのだから。


「そっか。なら俺も混ざって良い?」


そういう千秋は普段と何ら変わりないように思える。でも、逆にそれが沙良に恐怖を与えた。こういった場合、絶対に千秋は感情が表に出るはずだから。

拓海が「えっ……?それは……」と戸惑っているのを遮って、努めて明るい声で言う。


「千秋先輩も混ざるんですか!?絶対楽しいです!いいよね?一ノ瀬くん」


此処まで言えば拓海も断れなかったのか、頷いてくれた。

しかし、勉強会に参加することになったというのに、千秋は一向に座ろうとしない。


「座らないんですか?」


拓海が訝しげに千秋に聞いた。それに対して、馬鹿にしたように千秋が答える。


「座るも何も、一ノ瀬が邪魔なんだけど。俺、沙良の彼氏だよ?」


あからさまに嫌悪の感情を滲ませたその声に、沙良はやっぱり嫉妬してるんだと理解した。でも、こうやって声に出されると少しだけ安心する。

それにしてもだ。千秋の台詞に心の声を付け足すのなら、「馬鹿じゃねぇの」というのが絶対に着く。流石にこの言い方は良くないんじゃないかと、千秋と拓海を交互に見る。

しかし、沙良の心配は杞憂に終わったようだった。千秋の言い分に納得したのか、拓海は黙って席を移動している。

そして、空いた席に千秋が座った。拓海の体温が残っているからか顔を顰めていた。だったら無理にどかさなければよかったのに。というのは心の内だけに留めておく。


「それで、鈴海さん、他に何か分からないところでも……」


「なぁ沙良ー!俺、この問題わかんねぇから教えてくんね?」


拓海の声をかき消すように、わざとらしく千秋が大声を出す。千秋に頼られては沙良が断れないことを知っているのだろう。

魂胆は分かっているのに、断れない。千秋が言っているのは国語か。沙良でも教えられそうだ。そう思って、結局千秋に教えることにした。


「ーー、だから、此処はこうなるわけ。って聞いてる?」


反応を全然反応を返さない千秋にしびれを切らした沙良が、千秋の顔を覗き込む。


「んー?聞いてない。沙良が可愛すぎて話が入ってこない」


ちょけたようにそう言いながら、千秋は沙良と顔を近づける。男性らしい顔つきが眼目に迫り、能がショートする。

何度も言うが千秋はイケメンなのだ。拓海とは種類が違うが、それはもう。そんなのが目の前だ。付き合っていてもいなくても照れるのは仕方のないことではないだろうか。


「なぁ、此処でキスして良い?」


互いの唇が触れるかどうかの位置で千秋がそう言うから、沙良は顔を仰け反るほかなかった。気恥ずかしい限りだ。


「〜〜!そういうのなし!今勉強中だから!」


「わりいわりい。でも、可愛いのは本当だぜ?」


その時、沙良は違和感を覚えた。なんだか、千秋が誰かに見せつけるような喋り方をしていたような錯覚に陥ったからだ。

勿論、いつも通りと言えばそう見えるのだが、なんだか、いつもの千秋とは違う気がする。そして、そういう沙良の直感はだいたい当たるのだ。

だが、千秋がどういうつもりでこんな事をしているのか、沙良には分からなかった。

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