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side拓海
こんな時、どう話せば良いのかよく分からない。頑張って痕跡を隠したは良いものの、まさかくるのが両親だとは思うまい。この二人にはいくら嘘をついても見破られてしまう。長年一緒にいるというのはこういう事があるから苦手なのだ。
とにかく、こういう話をする時は順序立てて、感情は抜きにして話すべきだろう。ただただ事実だけを述べるべきだ。
時折、曖昧な部分を質問されては答えつつ、一時間ほどでようやくすべてを話し終えた。
沙良は別段何も感じていないようだが、響也とナターリアは激しく混乱しているようだった。息子がこんな事をしていたなんて信じたくなかったのかもしれない。
拓海からすればそれはひどく勝手なことだ。一切何も迷惑をかけずにいたのに、ズカズカと入り込ん出来て、結果的に絶望するとは。だったら、最初から見て見ぬふりをして気にしなければよかったのだ。
「一応聞く。今の話は全部、本当なんだな?」
顔を蒼白にした響也が聞いてくる。此処ま出来て嘘だと言う意味もなかったので素直に頷いた。それから、響也は少し息を吐いた。
「自首をする気は?」
「全く。僕達はそれで幸せに暮らしているんですから、問題ないでしょう?」
ちょっと人が死んだだけだ。それだけの話。わざわざ幸福を手放してまで自首しようとは思わない。第一、拓海は何も悪いことなどしていないはずだ。
どうしても欲しいものがあるから使える手はすべて使った。それだけ。そこに何の問題があるのだろうか。
だが、響也はそうは思わないらしかった。
「拓海。お前は何人の命を奪った?」
「そんなのいちいち数えてないですよ。興味のない」
「五だ。お前自身が奪ったのは四。それも全くの罪のない人だ」
「はぁ?罪がない?僕の沙良を奪っておいて?」
「沙良ちゃんは拓海のものじゃない。誰のものでもないんだよ……。分かってくれ」
そう懇願するように言われても困る。拓海にとって沙良は愛しい人で、縛り付けておきたい人で、拓海の所有物だったのだから。今更拓海のものでないと言われても素直に受け取れない。もっと早く言われていればなにかが変わっていたのかもしれないが。
「でも、沙良は……沙良は自分で僕のものだと言ってくれた。だったらそうなんじゃないか?」
本当に言ってくれたのだ。何度も。何度も。私は拓海のものだよって。それが嘘だというのだろうか。嘘だとしたら、何故沙良はそんな……。
「拓海の所為だよ。全部。拓海が沙良ちゃんをそうしたんだ」
「……僕が?」
「冷静に考えてご覧よ。拓海の言うことを認めなければ、周りの人たちが死んでいくんだよ?認めるしか無いじゃないか。それで、一度口に出してしまえば、やがて心もそれを認めだしていく。だから、それは沙良ちゃんの本当の気持ちじゃなくて、拓海が無理やり捻じ曲げて作り出したものなんだよ」
響也が言っていることは正しい。筋が通っている。だが、だが。それを信じたくない。認めたくない。認めてしまえば、どうすれば良いのか分からなくなってしまう。今の沙良が全部全部嘘でしか無いのなら、拓海が本当に欲していた沙良は此処にはいないのだろうか。そんなことはない。ないはずなのにーー。
「……やだっ!」
不意に沙良の声が聞こえた気がした。今、沙良がそんな事言うはずがないし、周りにも何の反応もないから幻聴であることは確かだ。
ついで、「離して!」という声が聞こえた。
あぁ、そうか。沙良は拓海が嫌だったのか。離れたくて仕方がなかったのか。そうだ。そういえば昔は、沙良が幸せでないと気がついていたじゃないか。だというのに、長い年月沙良と一緒にいてすっかりそんな気持ちは忘れてしまっていたらしい。
全ては拓海の所為だった。
沙良の幸福を全部奪って不幸にしたのは拓海だ。今の沙良は拓海のことなど好きでもなんでもない。ましてや愛してなんて。全部虚構。全部作り物だ。
そう分かってしまった。
「っ……僕、は……」
だのに、まだ離したくないこの気持ちはどうすれば良い。全部偽物でいいからと、沙良をこの手に繋ぎ止めていたい気持ちはどうすれば良い。
どこか、心の内が言うのだ。今更解放したとて、沙良はもとの幸福には戻れない。だったら、このままでいいじゃないかと。
「沙良は……沙良は!僕がいないと死んじゃうくらいで……僕が今更手放せるわけがないんだ……」
「……何度考えてもその答えに辿り着くんだな?」
感情的に漏れた言葉に、響也がそう聞いてくる。そうだ。響也の言う通り、拓海が辿り着く答えは此処の他にない。
「もしも、拓海を警察に連れていくと行ったらどうする?当然、沙良ちゃんと拓海は離れることになる」
「そしたら、そしたら沙良は生きてけないよ。僕がいないと駄目だから……」
「それは、精神病院にでも入院。という形になるだろうな。月日が経てば、沙良ちゃんももとに戻るはずだ」
そうかもしれない。所詮仮初ならば、そうなるのが妥当だ。だけど……。自分でも知らず知らずに吐いていた答えは想像していたよりも物騒だった。
「もしも、僕と沙良を引き剥がすというのなら……ナターリアさんを、響也くんの前で殺します。何度も何度も滅多刺しにして、響也くんが止めてくれと泣き叫んでも」
「……!」
多分現実でされたのなら、本当に同じことをしでかしかねない。それくらい沙良の離れるのは嫌だ。手放したくなど無い。
先程から黙って話を聞いていたナターリアが少しだけ震えていた。
「沙良ちゃんのためなら、実の親でも殺すというのか?」
「はい。沙良に僕がいらなくても、僕は沙良がいないといけませんから」
しばしの沈黙の後、「そうか」とだけ短い返事が聞こえた。
少し悲しそうな声だった。けれど許して欲しい。家族よりも沙良のほうが大切なのだ。本当に。命を懸けたいと思えるのも、懸けさせたいと思えるのも沙良だけだ。
「……響也くん。最後に少しだけ、手伝ってほしいことがあるんだけど」
全く拓海という人間は、最後の最後まで親孝行をすることはないらしい。きっと、今日以降は二度とあってはくれないだろうに、お願いをするとは。馬鹿らしい。
「なんだ?」
「沙良の……沙良と結婚をしたいんだ。だから、手伝って欲しい」
我ながら親に頼むことじゃないとは思う。だが、こればっかりは拓海では同仕様もないのだ。たかが社長の息子という立場では戸籍の捏造も、行方不明者の捜査を強制的に取りやめさせることも出来ないのだ。
どうせで断られるだろうと思っていた。だからその時は、どうすればいいか考えていたというのに、帰ってきたのは意外にも了承の返事だった。




