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愛の導  作者: 瀬名柊真
十八章 隠蔽

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side拓海

 月曜の朝、目を覚ました拓海は嫌な予感に駆られた。もともとこういう直感には優れている方だ。何もなかったとしても念を入れるに越したことはない。と言っても、拓海が見られて困るものなど沙良しか無いからどう対処すれば良いのかは不明だが。

 この家から逃がしてどこかで待たせようにもそんな場所はないし、何より沙良が嫌がる。最近の沙良ときたら、拓海が一瞬でも離れるとヒステリックに陥ってしまうのだから可愛いものだ。本当。

 とはいえ、可愛いもののヒステリックが頻繁に起こってしまうのは良くないので、拓海はなるべく沙良と一緒にいるようにしている。仕事も、今は投資だけでやりくりをしているし、必要なものは大体宅配で届けさせている。申し訳ないのは、宅配物から沙良の存在がバレないように女性用のものをあまり買ってやれないことだ。由美がいれば届けさせたのだが、生憎捕まってしまっている。絶対に必要なものに関しては、宅配先を変えてそこへ荷物を取りに行くことにはしているが、このやり方も長くは持たない。

 こんなだから、沙良の存在を秘匿させるのは確実に無理だろう。ともすれば、沙良の存在がバレても平気なようにすることのほうが現実的だ。


「ね、沙良。朝だよ。起きて?」


 優しく声を掛けると、沙良は薄っすらと目を開けた。それから少し瞬いて、小さく伸びをした。可愛い。


「……おはよう。たくみ……」


 寝起きでまだ眠たそうだ。このまま寝かせといてやりたくなるが、これも沙良との将来のため。妥協せざるを得ないだろう。そもそもこれからやることだって、拓海はあまりしたくないのだ。


「おはよ。起きていきなりでごめんね?手、出してもらえる?」


「……?ん」


 ぐいっと手元をこちらに向ける。沙良の手についた鎖が、存在を縛っているようで美しい。この鎖の所為で、赤くなっているのも余計に際立たせている。だが、これは誰かに見られたときに終わるやつである。というわけで、この手錠を外さなければならない。

 そっと手錠の鍵を外す。カチャリと小さく音を立てて、手錠がベッドの上に落ちた。


「え?拓海、何やってるの?」


 突然の出来事に沙良はびっくりとしているようだった。その声音には、外さないでほしいという気持ちと、何故外されたのかという疑問がありありと出ていた。


「何って、外してるの」


 次は足枷。ベッド側につけているのは外せないから、下に隠す他無いだろう。後は、手首と足首に残った痣だけだ。ある程度はファンデーションとコンシーラーでなんとかなるだろう。最悪、長袖長ズボンを着せとけば問題ない。

 化粧道具を取りに行こうと立ち上がると、沙良が拓海のことを引っ張った。引っ張ったとはいっても、無いに等しいくらいにか弱い力だったが。


「沙良?」


 沙良の方を顧みると、泣きそうな顔をしていた。こんな顔を沙良にさせてしまったのは失敗した。という気持ちと、沙良が拓海の所為でこんな顔をしているのだという喜びの間で揺れる。やはり、どうやら拓海はサディスト的な傾向があるらしい。


「……っなんで?なんでなの?」


 何に対してのなんでなのか一瞬分からなかった。だが、直ぐに鎖のことだと思い当たる。


「後で説明するのじゃ駄目?」


「駄目!ねぇ、私のこと要らなくなったの?私のこと捨てちゃうの?面倒くさいから?面倒くさいよね。そうだよね……」


 自分で嫌な方向にどんどんと持っていくのはいかがなものか。拓海も人のことは言えないが。

 それはさておき、この誤解は解かなければならない。拓海は沙良のことを捨てる気は一切ないし、沙良が要らなくなる日など来ない。なんなら、可愛いと思ったことはあれど、面倒くさいと思ったことなど一回もない。


「違う!違うよ。沙良。沙良は、僕が沙良無しで生きていけると思ってるの?」


「でも……」


「あのね、これには事情があるの。沙良と僕を引き離そうとするやつが来るかもしれない。なんだか、嫌な予感がするから。ずっと、一緒にいたいだろう?」


「それは、勿論。離れたくなんて無いよ……」


「でしょう?だから、今だけ我慢して?そしたら、沙良がしてほしいこと何でもしてあげる」


「……何でも?」


「うん。何でも」


 何でもするという言葉に沙良は絆されたのか、「分かった」と小さく頷いた。昔からは想像も出来ないくらいに純粋で従順になった。だが、拓海も沙良と変わらないくらいに依存は深まった気がする。

 他人といる時間など何の意味もなかった、むしろ面倒くさいとさえ思っていたのに、沙良といる時間は一秒たりとも無駄にしたくないと思う。二十四時間三百六十五日ずっと一緒で構わない。そう思えるくらいには、沙良がいないと駄目だ。

 ふと、そういえば、と思い立ち、沙良も一緒に部屋を出ることにする。

 歩くことくらいは出来るだろうが、鎖のある生活に慣れているだろうし、今は違和感があるはずだ。その状態では気づかれるかもしれないし、何もなしの状態で歩く練習だ。それに、拓海も沙良も、もっと一緒にいたい。


「じゃ、そこに掛けてくれる?」


 近くの椅子を指差すと、沙良はそっとそこに腰掛けた。その仕草一つ一つさえも美しくて、思わず見惚れてしまう。そんなこと、表には絶対出さないし、沙良に言うこともしないが。

 まずは手首から。軽く塗って馴染ませてやれば、よく見ないと分からないほどに薄くなった。化粧品の力はすごいものである。

 そもそもこの二つは、沙良がメイクをするだろうと踏んで買ったものなのだが、使われなかったものだ。沙良いわく、「お気に入りだったけど、もっと良いの見つけたいんだよね」とのことだ。それからは、念の為と沙良の化粧品ケースに放り込んでいただけだったのだが、まさか此処にきて役に立つとは思わなかった。

 手首が終われば、後は足首だけである。そっと足を持ち上げて、手首と同じように施す。足首の方は、きつく設定している所為か、手首よりも痣が濃かった。そのため、少しだけ赤みが残ってしまう。しかしながら、それもまた拓海の所為なのだと思うと、同仕様もなく嬉しくなるのだから困ったものだ。

 此処まで来たら、もう終わってしまっても問題ないのだが、やはり縛るものがないというのは嫌だ。厳密に言えば、薬指に指輪を嵌めているが、いまいち足りない。


「ねぇ、沙良ってピアス開けてたよね?」


「うん。そうだけど、それがどうかした?」


「お揃いでつけない?僕も開いてるし」


「それすっごく良い!」


 沙良からの承諾も貰えたので、近くのアクセサリーボックスから適当なピアスを取り出す。


 パパラチアサファイア。


 実に二人らしい宝石だ。こうなると、やはり二人らしさを表すために、一対を二人で分けたい。二人が揃わないと完成しない。欠けて物足りない。それが表せる気がするからだ。

 沙良の左耳、拓海の右耳に、淡いピンクが光っていた。

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