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愛の導  作者: 瀬名柊真
十七章 発覚

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side響也

 ネオンが光る街の中、周りに立ち並ぶ建物よりも幾ばくか高いビルの最上階で、革張りのソファに腰掛けている人物が居た。一ノ瀬グループの現社長、一ノ瀬響也だ。彼は、何かを思案しているようだった、近くに立つ秘書は、社長の邪魔はしないとばかりに存在感を消すことに努めている。

 響也が思案していることは、拓海のことにほかならなかった。拓海の様子が、少し違っていたからだ。

前々から、息子に社長の座を譲るべく、話はしてきた。その時は、基本的に拓海に渡した家で話していたのだが、ある時を境に、断られるようになってしまったのだ。

 別に断るのは好きにすれば良い。当然拓海も成人しているのだ。同棲している彼女がいるからかもしれない。しかし、そうだとすれば響也に会わせない意味が分からないのだ。

 昔から、別に相手が誰であろうと、相当なことでない限りは認めると言ってある。会わせさえしてくれれば、後は対して口出しもしないと。そりゃ、少々問題がないか改めさせてもらうくらいはするし、問題があれば却下するが。

 だから、拓海から紹介のない彼女がいるというのはほとんどありえないのだ。拓海自身も、隠し事はあまりしないタイプだ。包み隠さず話してくれる。そうなると、彼女がいるのではなく、なにか別の問題があると考えるほうが自然だ。仮に、彼女がいるとすれば、その彼女は、存在が発覚すると、拓海にとって何かしらの不利益を生み出すに違いない。というわけだ。

 前に一度、それとなく聞いてみたが、話を逸らされてしまった。となれば、拓海に聞いても無駄だろう。此処は、妻と話し合うのが最も合理的だろう。


「そろそろ帰ろう。車の準備をしてくれるか?」

 存在感を消していた秘書に声を掛ける。秘書は小さく返事だけをして部屋を退出した。

 車の用意が出来るまで数分はかかるだろう。その間に、響也は窓の外を眺めることにした。

 この部屋から眺める夜景は絶景だ。辺り一帯で最も高い場所だから、景色を遮るものがない。鮮やかなネオンが街を光らせ、この街を息づかせている。

 拓海に渡した家も此処からなら見えるのだが、生憎、夜の所為ではっきりと見えない。昼間は仕事があるしで、此処から見るのは不可能に近い。

 少し、見えはしないだろうかと、目を凝らす。目視は出来ないが、家に灯りは点いていなさそうだった。そのことに胸を撫で下ろす。こんな時間帯にまで起きていてほしくはない。不健康になってしまう。


「社長。車の準備が出来ました」


 携帯に秘書から連絡が入る。そろそろ向かうとするか。と、響也は下へと向かった。

会社から出ると、黒のリムジンが止まっている。ドアを開け、響也は後部席に乗り込んだ。

夜道を走っていると、心が凪いでいく。

 窓から見える風景の移ろいを見ていると、何も考えないで済むからかもしれない。何より、響也の住むこの街をより発展させようという気持ちにさせてくれるのだ。

 響也はこの街が好きだ。この街には大切な思い出が詰まっているから。生まれ育った街ではないというのに不思議なものだ。そういえば、妻ーーナターリアと出会ったのもこの街だった。

 当時の響也は、起業仕立てたばかりで、右も左も分からずにいた。今、一ノ瀬グループとして名を馳せていられるのは、そんな響也をサポートしてくれたナターリアのお陰と言っても差し支えないほどだ。

 より多くの人が満足してくれるように。より多くの人が投資をしてくれるように。より多くの人が……。

 そう考えていると、急に全ての行き先が分からなくなったものだ。何を選んでも、どう頑張っても自分が望む結果は得られないのではないか。誰もこの会社を選んでなどくれないのではないか。そんな思いばかりが募っていった。

 起業する際に、借金をしてしまった所為でかなりの額を稼がなければならない。しかし、響也には稼げる見通しが立たなかった。

 響也が最初に手を出したのは、文房具だった。当時は、文房具にブランドを求める人などあまりいなかったからだ。

 しかし、それは同時に響也の会社の文具をわざわざ選ぶ人もまた、そうそういないということだ。響也のものを買ってもらおうと思うと、従来のものとは圧倒的に違う、革新的な差を作らなければならない。

 だが、そんな案がうまいこと湧いて出るわけもなかった。そんなだから、売上は低迷し、このままでは倒産のほかあり得なかった。

 あと少し。もう少しだけ。

 そんな気持ちで、無理矢理にでも続けていた最中、ナターリアと出会った。

 そこは、この街の一角にあった居酒屋。何故飲みに行ったのかはあまり覚えていない。ただ、その居酒屋は、庶民向けで金が少なくても気軽に楽しめたから選らんだはずだ。

 ナターリアはそこで働いていた従業員。所謂バイトだった。


「すみません。ビールを一つ」


「はい。ビール一つですね」


 こんな遣り取りをしたときには日本語の流暢さに驚いたものだった。見た目はどう見ても外国人なのに、日本人と話している気分になったからだ。

 しょうもないジョークを言えば笑い、ときには、会社の話もした。ただ、何れも響也の話ばかりで、ナターリアのことを話してくれる日はなかった。


(他の客には、話しているのに)


 そんな気持ちが響也の中で芽生えた。思えば、この時にはナターリアに恋をしていたのだ。

 響也が古株でないから話してくれないというのなら、古株になれば良い。そう考えて、ほとんど毎日のように居酒屋に行った。散財は出来ないので、毎日安いビール一杯だったが。

 ある日、ナターリアから初めて話し掛けられた。残念ながら、仕事の話だったが。


「一ノ瀬さん、文房具店をしてるんですよね?」


「え?はい。そうですが……」


「最近思ったんですが、こんなのがあるといいなって」


 そう言って、ナターリアが言ったものは、確かに革新的だった。そして、何よりも実務的。これならば、ブランドとしての確立に大きく一歩を踏み出せるに違いない。

そう、直感した。

 そこからはトントン拍子に話が進んでいった。ナターリアの出した案を軸に、他の文具にも実用的なアイデアを取り入れ、見事一ノ瀬のブランドが出来上がったのだ。

 そのブランドを糧に、衣類、日用品、ドラッグに、車等、徐々に徐々に会社を広げていった。忙しさのあまり、あまり居酒屋へと顔を出すことも少なくなった。

 やがて、世界にも名を馳せるようになり、ようやく久々に例の居酒屋へと向かった。ナターリアは変わらず一生懸命に働いていた。


「お久しぶりです」


 約五年ぶりに顔を出した所為か、ナターリアの驚いた顔が印象的だった。


「結婚を前提に付き合ってくれませんか」


 そう言った後の顔とよく似ていた気がする。あれから、沢山の思い出をナターリアとともに築いた。拓海だって、その一つだ。拓海が生まれてからは、三人での思い出も増えたが。

 何にせよ、そんな思い出がたくさんあるこの街を、響也は愛してやまないのだ。


「もう直ぐ到着いたします」


 愛しい妻が待つ家に、ようやく車が着こうとしていた。

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