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side世間(警察)
警察は行方不明になっている沙良のことを探していた。
自宅を訪ねても誰もいない。
交友があった東城千秋もいない。
手がかり一つ見つからない中、二人が駆け落ちしたのではないかという結論に陥った。
しかし、それが変わったのは、行方不明届を出した本人である古谷彩夏が失踪したことだった。
こんなにも、沙良の周りの人間が次々と失踪していくのは可笑しい。これは駆け落ちなどではなく、誘拐なのではないか。そう思い始めた矢先、近くの住人から通報が届いた。
『隣の部屋から異臭がします』
大雑把に言えばこのような内容だった。そこで警察が 家宅捜査に踏み込むと、身元不明の遺体が出てきた。
その遺体は、死後どのくらい経過しているのか分からないほど腐敗していた。
更には、盗聴器具や、監視カメラなどがてんやわんや。
警察は、直ぐさまその部屋に住んでいつ住人を逮捕することにした。部屋の鍵を開けたところを確保。捕らえられたのは大学二年生の三条由美だった。
それから、由美の取調べに入った。
由美は最初、殺人もストーカー行為も否定していた。しかし、警察が遺体のことや、証拠写真を見せると、観念したのかポツポツと話し始めた。
「……えぇ。あたしは、ストーカーをしていました」
「誰のストーカーをしていたんですか?」
「……一ノ瀬、一ノ瀬拓海です」
「一ノ瀬と言うと、あの、一ノ瀬グループの?」
「えぇ。そうです」
「では、三条さん。あの遺体は誰ですか?」
「あれは、あたしが殺した人です。そんなことは、皆さんもう御存知だとは思いますが。誰かは……言えません」
「誰かと聞いているんです」
「……」
そこからは由美は何も喋らなかった。あれだけ腐敗した状態ではDNA鑑定も出来ない。警察は途方に暮れた。
とりあえず虱潰しに、由美が殺しそうな人物をあたっていった。
確執があったという両親。
過去の友人。
そして、一ノ瀬拓海。
拓海の家に着いた時、インターホンを鳴らしても、中々出なかったので、彼が死んだのではないかと思った。
しかし、数分待たされた後に、リビングに通されたため、予想は外れるのだが。
リビングは質素で、本当にあの大企業の社長息子なのかと疑いたくなるほどだ。まぁ、家はかなり広い上に、高層階なので金持ちであることは疑いようがない事実ではある。
「この方をご存知ですか?」
そういって由美の写真を差し出す。何かしらの反応がないかと拓海の様子を観察してみるが、動揺も、焦りも何一つ感じられなかった。先程までのように落ち着いたままだ。
「残念ですが、僕にはわかりません。この方がどうかされたのですか?」
「いえ、大したことではないので。捜査にご協力いただき感謝します」
席を立ちながら、適当に答える。そんな時、一枚の写真が鞄から落ちてしまった。
「東城、先輩……!」
拓海の瞳孔が大きく開かれた。
「彼を、ご存知なのですか?」
「はい。大学生の時の先輩でした。何年か前から音信不通になって心配していたのですが、刑事さんがどうして先輩の写真を?」
「彼が失踪していて、捜索しているんだ。鈴海さん、という方もいなくなっているそうなんだが……なにか知っていれば話を聞かせてくれないか?」
これは警察側にとって、思わぬ収穫だった。
そこで二人についての情報を得ようと、拓海を警察署まで連れて行くことにしたのだった。そんなふうに、あっさりとしてしまったから逃してしまったのだ。
行方不明者の沙良が、直ぐ近くの部屋で寝ていることを。
それからの拓海は饒舌だった。いかに二人のことを心配していたか。二人がどんな人間だったか。あくまで自分はクラスメイトだったという体で、聞かれたことにはすべて答えた。
おまけに、ベテランが見ても信じてしまうくらいに、ボディーランゲージも意識して行った。
警察が拓海を返す頃には、東に登っていた日が、西に暮れようとしていた。
拓海の話を聞いていると、由美が殺したのは沙良や千秋かもしれないと感じた。自分が好きな拓海が、多少なりとも気にかけていた人物。それに嫉妬心が芽生えたのではなかろうか。
「なぁ、あんたが殺したのはこいつらのどっちかだろ?」
そう言って、由美に千秋と沙良の写真を見せる。その瞬間、由美が激しく動揺したことを見逃すほど警察は馬鹿ではなかった。
千秋の写真を見た瞬間、体をピクリと震わせたのだ。
「この男を殺したんだな?何故だ?一ノ瀬に好かれていたから嫉妬したのか?」
警察が問うと、何が面白いのか由美は大声で笑い始めた。
「違いますよ!あたしはね、拓海くんに好かれたいだなんて一度も思ったこと無いんです。むしろ、好かれたくなんて無い。拓海くんにまであんな目で見られちゃったら、あたし、本当に生きれなくなっちゃう」
「だったら、何故殺害したんだ?」
「邪魔……だったんですよ。拓海くんの人生に介入してきて。それに、ね?楽しかったんです。あたしの仲間を、あたしの手で殺すのは」
言い切ると、由美はまた黙ってしまった。
裁判はおきたが、由美は検事が並べた罪をすべて認めたうえで、当時高校性だったこと、精神異常があることから、無罪になった。
その代わり、暫くの間は精神病院への入院が定められることとなったのだ。
この件は、「一人を殺したストーカー女子高生、精神異常で無罪放免」そんなふうに大々的にマスコミに広げられることとなった。
由美は、自分のもとに届いたインタビューのはなるべく答えていた。
これでもう、事件は解決したようなものだ。そう、警察は安堵した。
千秋が殺されている以上、残りの行方不明者も殺されていると判断するのが妥当だろう。
一部の新聞記者や、ニュースレポーターからは、
「残りの行方不明者についてはどうお考えですか?」
と言った質問も来たが、すべて無視してきた。
「残念ながら、死んでいると考えられます」
一度だけそういったのだが、大炎上したので無視することにしただけだ。第一、真実として考えられることを正直に話すことの何が悪いのだろうか。
「仕事を退職していたり、大学を退学していることから、計画的に行われた犯行だと考えています」
とでも言えば良いのだろうか。まだ見つからない遺体が、とっとと見つかることを願って、今日もまた溜息をついた。




