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愛の導  作者: 瀬名柊真
十四章 裏切り

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side拓海

 あぁ。ようやく沙良が言うことを聞いてくれた。可愛い。可愛い。可愛い。その怯えきった瞳も。諦めきった瞳も。全部。全部。全部。全部。全部!やっと僕だけの沙良になった。まさか、ゴミクズを殺すだけでこんなにも簡単に手に入るだなんて。最初からこうしていればよかった。

 ずっと邪魔だった彩夏も消せた。沙良も手に入った。これ以上の幸福があるだろうか?否、無いに違いない。

 沙良は泣かなかった。きっと今回の件で、拓海のことは嫌いになっただろう。それこそ、もう顔も見たくないというくらいに。だが、それでいい。何度も吐いて、吐いて、胃が空っぽになって、最後には無表情になっていた沙良が思い出される。沙良は、絶望して、諦めるとああなるのだ。だから、どれだけ拓海のことが嫌いでも良い。その状態にさえ持っていければそれでいいのだ。

 しかし、これと罰は別だ。拓海の側から離れようとしたのだから、それ相応の罰は受けさせねばならない。あんなただの死体弄りなんて、何の罰にもならない。

 第一、あんな罰では、恐怖を植え付けるだけで依存させることなど不可能だ。拓海が目指すべき最終目標は愛されること。だが、それが不可能なのは拓海自身、わかりきっている。ならば、疑似感情を作り出すしか無い。

 沙良が拓海なしでは生きていけなくなったら。そうしたら、沙良の本能が拓海を求めるはずだ。そして、それこそが、疑似感情になりえるものだ。

 そのためには、ただただ身体に教え込む必要がある。今までは嫌われたら嫌だと手を出してこなかったが、もうどうでもよくなったのだ。手段など選ばない。沙良が泣き喚こうが、どうしようが辞めることはない。

 本当は今直ぐにでもしてしまいたいが、生憎沙良は寝ている。大方、彩夏を殺したショックがあるのだろう。とはいえ、別に沙良が殺したわけではないのだが。

 寝ている沙良を襲うことも出来なくはないのだが、それでは躾という名目がたたない気がする。

 だから、大人しく沙良の髪を撫でては、寝顔を眺めていた。沙良の寝顔を眺めていると、ふと思い出すことがある。沙良の瞳が見えない所為だろうか。

 拓海が沙良と出会ったのは高校生の頃である。沙良への第一印象は「どこにでもいる人間」だった。それが少し変わったのは、彼女と一緒に校外学習へと出向いたときだ。

 校外学習は、拓海の父が運営する会社で行われた。そのため、拓海自身は別に面白くもなんともなく、ただただ見慣れたオフィス、見慣れた仕事内容を再確認する程度のものだった。

 そんな中、先生からの指示があった。どうやら、グループのメンバーごとに見学場所を変えるらしい。その際、何を見に行きたいのかを決めろとのことだった。

 正直、拓海は何でも良かった。どうせ、何にあたっても、全部知っていることだ。だから、なんでも良いと言った。拓海の発言の所為か、若干気まずい雰囲気になった時、沙良が言った。


「私もなんでも良いかな。皆が良い所に行ったら良いと思う」


 嘘だ。昨日の放課後に印刷に生きたいと行っているのを聞いた。友人に聞かれた時、そう言っていたではないか。それなのに何故、どこでも良いだなんて言うのだ。拓海には理解出来なかった。

 その後も、沙良の奇怪な行動は続いた。自分の弁当を忘れた人に分けたり、体調不良の人がいたら、声を掛けたり。

 レポートを書かないといけないのだ。他者に構っている暇があるなら、自分の用事を優先すべきだろう。

 それなのに、他人の優先ばかりしている。

 不思議でならなくて、少しだけ好奇心が芽生えた。

 そこからは、沙良のことをよく観察するようになった。好きなもの。嫌いなもの。困惑している時の表所の動き、リラックスしている時の瞬きの数。所謂沙良だけのボディーランゲージを理解することに努めた。

 そして、気がついてしまった。沙良には好きな人がいるということに。だが、高校性の拓海には何も出来なかった。何かをなせるほどの権力も、場所も持っていなかったのだ。

 けれど、今は違う。自分だけの家も貰えたし、大学生なのだからある程度は出来る。そのうち、父は拓海に会社を譲ることとなるだろう。そうすれば、ようやく悲願が叶うのだ。

 呼吸の間隔的に後数分もすれば沙良は目を覚ますだろう。

 これからのことを考えて、ハンカチと、鎖の鍵を用意した。まだ完全に信じ切ることが出来ていないため、足枷も手錠も着いたままだが、そのうち外すことが出来れば良い。

 どうせ、今夜は外すことになる。


「……っは」


 寝苦しいのか、寝返りを打って拓海に触れた瞬間、沙良は目を覚ました。予定通りの時間だ。


「おはよう沙良」


「お、はよう……」


 返事が不服そうだ。可愛い。返事をしなかったらもっとひどい目にあうと思っているのだろうか。可愛い。本当、可愛い。

 それにしても、寝起きの所為か、目元が濡れている。勿論、それを考慮してハンカチを用意しているのだが。


「あぁ、沙良。せっかくの顔が濡れちゃってるよ?まぁ、可愛いんだけど」


 濡れているという言葉に、泣いていたのかと焦ったらしい。沙良は、慌てて顔を触った。その行動すら愛おしくて、うっとりとしてしまう。

 そんな気持ちのまま、沙良の目元をハンカチで拭ってやる。


「はい。これでもう大丈夫」


「……ねぇ……そのハンカチ……」


 言いづらいのだろうか。このハンカチが自分のものとそっくりだなんて。それも、とっくに失くしたと思っていたものだ。


「あぁ、これ?沙良が落としたやつだよ」


 まさか。とでも言いたげに瞳孔が開かれる。でも、これは事実だ。沙良が落としたものはなんだろうが拾っている。髪の毛一本ですら、もったいないじゃないか。その上、沙良が使ったハンカチだ。しかも、拾ったのは午後。家に変える前だから、使ったまま洗濯していないもののはずだ。つまり、沙良の汗も、手垢も、沙良の痕跡がたくさん詰まってると言っても差し支えない。そんな宝物を落としたのだ。大切に拾って保管していた。

 とはいえ、もともと沙良の持ち物だ。返すのが順当な行動というものだろう。


「拓海……あの……」


 視線が彷徨っている。きっと、躾に付いて聞きたいのだろう。もう、アレで十分だろうと言う気持ちがありありと透けて見える。いや、普通は見えないのだろうが、拓海には見えるだけだ。


「アレは躾なんかじゃないよ?証明だっていったよね?まさか、アレで終わりだと思ってたの?」


 わざと意地悪な言い方になるのは許して欲しい。こうしないと、沙良は手に入らないと知ってしまったから。こうする他無いのだ。

 だが、その一言に怯えた顔をする沙良は可愛い。

 未だに胸は痛む。申し訳なくも思う。

 けれど、それすらも愛なのだと思うと、一種の悦楽に変わってしまう。

 胸がこんなに痛むのも。沙良にだけこんなに感情が動くのも。全部沙良を愛しているからだ。ちゃんと、拓海は沙良を愛せている。そう、思うのだ。

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