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愛の導  作者: 瀬名柊真
十三章 親友だから

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side沙良

若干の暴力描写あり

 少しだけ頭痛がする中、沙良は目を覚ました。見慣れた天井が見える。それから、隣で寝息が聞こえる。規則的で静かな寝息。

 珍しいことだった。いつも、沙良より先に起きては朝食を作っていたから。ときには三時間も沙良の寝顔を見つめていることもあったというくらいだ。

 ふと、寝顔を見るのはどういうものなのだろうと、拓海の寝顔を見てみる。

 長い睫毛に、薄い唇。肌の色は白く、きめ細やかで、まるで人形のようだった。その上、勉強も出来て、御曹司だというのだから、神様は些か贔屓し過ぎではないだろうか。

 そっと手を伸ばして髪を撫でる、寸前ではっと我に返った。沙良は今何をしようとしていたのだろう。拓海を撫でようとした?あの拓海を?自分で自分が信じられなかった。

 沙良が熱を出している間、誰かが看病をしてくれた夢を見た。現実では周りにはなにもないのだから、本当に夢だったのだろう。少しだけ、ほんの少しだけ、本当に看病されていたのではないかと思ってしまった。

 いくら拓海とはいえ、あんなに懇切丁寧に看病をすることはないだろう。どうせ、近くで見守っていただけだ。

 そういう妄想をした。本当は全部知っている。拓海が看病してくれたことくらい。はっきりと見たのだから。忘れるわけがない。あんなにも感情がむき出しだったのだから。不安と嫌悪とがないまぜになったような泣きそうな表情。拓海があんな顔をするなんて思いもよらなかった。どこか、拓海には感情がないと思っていた自分がいたのだ。

 それに気づいた時、沙良は愕然とした。自分という人間は、いつまで被害者なのだろうと。いや、沙良は実際被害者だ。何もしていないのにすべてを奪われた。だが、沙良は拓海のことを知らないじゃないか。過去は知った。それだけだ。当時の拓海の感情も、今の拓海の感情も。沙良は何一つ正しく理解していない。

 沙良は自分が拓海という人間を見誤っていたのだと感じた。沙良が思っているよりも拓海は、ちゃんと何かを考え、感じている、一人の人間なのだ。

 そう思ったから、手を伸ばしたのかもしれない。信じたくはない。信じたいはずがなかった。だが、拓海を甘やかしたいと、救えるのなら救いたいと思ってしまったのは、事実だった。

 あぁ、このままでは堕ちてしまう。一刻も早く抜け出さなければ。そう思った。そんな最中、インターホンがなった。誰だろうと気になったが、足枷の所為で見ることは叶わない。拓海も、インターホンの音で目を覚ましたようだった。

 少し不機嫌そうにしながら寝癖を整える拓海は、かっこよかった。しかし、インターホンを押したのは誰だったのだろうか。リビングから帰ってきた拓海は、起きていた沙良を見て驚いた顔をした。


「あれ?いつから起きてたの?」


「んー……一ノ瀬くんが起きる前からだよ」


「……そっか」


 少しだけ残念そうなのは何故だろうか。拓海ではないのでそんなことは沙良には分からない。


「それよりも、さっきの人はだれだったの?」


「いや、特に。押し違いだったみたい」


 嘘だ。絶対に嘘だ。根拠はない。だが、嘘だという気がしてならないのだ。何より、戻ってきたときに少々不機嫌さが増していた。拓海は普段感情の起伏が少ないからこそ、わかりやすい。


「嘘でしょ?本当は誰が来たの?」


「……っ!」


 沙良が問い詰めると、拓海は観念したのかボソボソと話した。


「君の親友の古谷さんっていただろう?彼女だよ。まだ、玄関先にいる。本当しつこいんだ。それだけ。もういいだろう?」


 若干投げやり気味に答える拓海。だが、沙良は全然良くない。彩夏がきているのに会わせてくれないなんてなんてひどい。


「どうして!全然良くない!彩夏ちゃんに会わせて!」


 悪手だ。そう気づいたときにはすでに手遅れだった。口から出た爆弾はもう戻せない。


「……沙良にはさぁ……僕がいるだろ?それなのに、他のやつと会いたいとかいうの?それも、古谷?友人なんていらないだろ?僕だけがいればそれでいいだろ?なぁ、違う?」


 それは形容しがたい怒りだった。激情に身を任せるのではなく、冷え切った怒り。拓海の声は、怒っているいるとは思えないほど静かで、冷静だった。むしろ、こちらを諭すような声音ですらあった。それなのに、目が笑っていない。こんなにもはっきりと感情を表すのは何故だろう。由美の時は会わせてくれたのに。


「沙良。なんとか言えよ。なんにも言えないの?図星だから?なにか言えよ!おい!」



 何を言うべきか分からなくて黙っていた沙良に苛立ちが募ったのか、拓海が襟首を掴む。

 やっぱり男性の力は強くて、まともに呼吸出来なかった。しかし、それすら拓海には見えていないらしく首元の手は強まるばかりだった。


「ごほっ……」


 苦しくなって、堪えきれずに咳き込むと、ようやく手が離された。酸素を取り込もうと必死で呼吸する。


「ごめんね。沙良。こんなことしたくなかったんだけど、沙良が僕以外を求めるから。仕方なかったんだよ?」


 拓海のその言葉に気がついた。今の拓海は、前までの拓海じゃないということに。前までの拓海なら、こんなことする”つもり”じゃなかったというはずだ。今までが取り繕っていただけで、拓海の本性はこちらだったのかもしれない。だとすれば、尚更離れてしまいたかった。


「でも、そうだなぁ。会いたいんだよね?」


 拓海の質問に頷くことが出来なかった。心の内ではそうだと叫んでいるが、もし頷いて同じ目にあったら?怖くて頷くことなど出来なかった。そんな沙良の心を読んだかのようにな拓海が言う。


「大丈夫だよ?頷いても別に怒ったりしないから」


 拓海は嘘をつかない。そう信じているから、沙良は頷いた。


「そっか。じゃあ、僕のこと拓海って呼んでよ。そしたら会わせたげる」


 それくらいなら出来そうだった。むしろ、それをするだけで会わせてくれる辺りは、前までの拓海を彷彿とさせた。


「拓海……くん」


「違うよ。くんなんていらない。呼び捨てにして?ね?それとも、古谷さんと会いたくないの?」


「……っ拓海……」


「うん。よく出来ました。約束だからね。会わせてあげる。ちょっと待っててね」


 そう言って拓海は部屋を出ていった。

 拓海。拓海。拓海。

 心のなかで名前を転がす。呼び捨てごときに何の価値があるのだろうか。分からない。

 ただただ、今は彩夏を待つばかりである。

 正直、沙良は由美を信用していない。拓海のことが大好きだと言っている人間だ。千秋まで殺してるのだ。逃がすといわれてじゃあよろしくとは出来ない。だから当然断った。その点、彩夏はずっと一緒にいるから信用出来る。だから、彩夏なら沙良のことを助けてくれるはずなのだ。

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