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愛の導  作者: 瀬名柊真
十一章 信頼

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side拓海

 ピンポーン。


 チャイムの音で目を覚ました。

 この家に誰かが来るだなんて珍しいことだった。

 沙良はまだ寝ていた。可愛い。少し乱れた寝癖も、離れて行く拓海を無意識に繋ぎ止めているその手も。零れる吐息すら愛おしかった。

 沙良をどこにも行けないように閉じ込めて、脅して。そうまでして尚、沙良が足りない。沙良の全てが欲しくて仕方ない。きっとこの空虚感はとどまることを知らないものなのだ。

 全部全部、沙良のため。沙良にはその方が幸せだから。そう思って此処までやってきた。一方で、どこか冷静な拓海が言うのだ。


「こんなの自己満足だろう?」


 そんなことはない。そう何度打ち消したことか。だが、薄々勘づいていた。こんなやり方では本当に欲しいものは手に入らないということくらい。沙良だって不幸にしかならないことくらい。結局、拓海のやり方は誰一人幸せになどしない。

 でも、それでも。

 無理やり抑え込めば沙良は依存してくれる。嫌いだって、嫌だって言いながらも離れられなくなる。だったら、それでいいじゃないか。誰も幸せじゃなくても。救いなどなかったとしても。仮初でいい。何も無いよりはその方がマシだ。


 ピンポーン。


 中々応答しないことに痺れを切らしたのか、再びチャイムが鳴った。もう少し沙良を眺めていたかったが、致し方ない。

 服の裾を握りしめる沙良の手をそっと解いて、インターホンを確認する。

 見たことがある顔。誰だったか。沙良の知人ではないはず。となると、応答しても良さそうだ。


「はい。何の用ですか?」


「拓海くん!実は、沙良ちゃんに会わせてもらえないかなって!」


 あぁ思いだした。由美だ。それにしても沙良と合わせるのは気が進まない。だから断ろうとした。のだが、ふと沙良の顔が思い浮かんだ。

 拓海とだけ関わらせ続けるのは嫌だろうか。沙良が望むのなら、会わせても良いかもしれない。我ながら甘いと思う。本当に自分だけのものにするならば、そんなことはしてはいけないはずなのに。


「少しだけ待っていて」


 それだけ告げると、沙良の待つ部屋に戻る。まだ寝ている沙良を起こすのは忍びないが、由美のことを放置すれば、沙良が嫌がるだろう。


「沙良。起きて、沙良」


 軽く揺らすと、沙良は寝返りを打った後、薄っすらと目を開けた。


「……いちのせ、くん?」


 寝ぼけ眼で呟く沙良は心臓に悪い。可愛い。可愛すぎる。平静を装って由美が来ていることと、沙良が会いたければ会わせる旨を伝える。拓海の言葉を聞いて、沙良は驚いたようだった。まさか会わせてくれるとは思っていなかったのだろう。


「会ってみたい」


 沙良はそういった。拓海から聞いておいては何だが、ショックだった。やっぱり沙良は拓海だけじゃ嫌らしい。

 一瞬だけ、やっぱり会わせるのはやめようかと考えてしまったが、約束だからと打ち消す。


「分かった。じゃあ、三条のこと呼んでくるから待ってて」


 部屋を出てから、由美に入ってきていいと伝える。玄関までいかなくても鍵を開けれるのはこの家の良いところだ。

 数秒してから足音が聞こえた。おそらく由美だろう。足音は一人分だから、本当に由美一人だけのようだった。

 入ってくるなり由美は、沙良に会わせてくれとせがんだ。本当に彼女は拓海のことが好きなのか疑いたくなる。

 しかしまぁ、約束は約束だし、由美にどう思われようが拓海はどうでもいいので、部屋に通す。

 拓海も中にいようと思っていたのだが、由美が追い出した。女子会にいるのは非常識だとかなんとか。

 沙良は拓海のものなのに、何故由美に命令されなければならないのか。ひどく不愉快だった。だが、沙良も出ていってほしそうなので出ていくことにする。

 拓海が囚えているが、拓海の主人は沙良の他にないのだ。

 それに、万が一を考えて盗聴器と監視カメラくらいは仕掛けてある。GPSも埋め込んでいるし、居場所も直ぐに分かるだろう。流石に圏外にいかれては敵わないが。

 自室に戻って、直ぐに監視カメラの映像を確認し始めた。リアルタイムで送られてくる沙良の顔は、拓海と話しているときよりも楽しそうで、時折悲しそうで。表情がコロコロ変わっていた。拓海は、何故だか、素の沙良を見ているようだった。

 ヘッドフォンを付けてから、音声も再生する。回線が悪いのかうまく聞き取れない。


『それ……本当……で?』


『あた……実……でさ』


『嘘……いいの?』


『いい……どうにか……から』


 何を話しているのだか想像がつかない。映像では、沙良が少し申し訳無さそうな、いや、驚愕に満ちた表情をしている。

 一方で、由美はあっけからんとした感じだ。もしも由美が沙良を逃げ出す手助けをしようとしているのだとしたら、これは少しおかしい。沙良なら絶対に喜色を浮かべるはずだから。

 わざわざ高画質のものを買っているんだ。微細な表情の変化だって分かるだろう。でも、もしも、それでも分からなかったら?

 どうしよう。嫌だ。嫌だ。嫌だ。由美ならば、沙良を連れ出すことくらい出来る。あの鎖だって、重厚そうに見せかけて、その実ピンがあれば解錠は出来る。由美のことだ。ピンくらい持っているのではなかろうか。かといって、ピンを没収することも出来ない。あぁ、でも、会わせないようにすれば沙良が悲しくなってしまう。沙良の願いはなるべく叶えると約束したし……。

 拓海が一人で葛藤しているうちに、話し終えたのか由美が部屋を出た。一人残された沙良は誰がどう見ても分かるくらいに意気消沈している。


「拓海くーん?どこー?」


 遠くから由美の声がする。迷いを抱えたまま、声のする方へ向かった。

 リビングのドアを開けるなり、由美は駆け寄ってきた。これが由美じゃなくて沙良なら良かったのに。

 それから由美は、聞いてもいないことをペラペラと喋り始めた。沙良の様子がどうだったとか、友だちになっただとか。

 沙良と由美がどんな話をしていたのかはちゃんと聞こえなかったため、嬉しいことではあるのだが、あるのだが。

 言語化出来ない思いが渦巻く。

 自分が知らなかった沙良を知られていたのが嫌だったのかもしれない。

 それか、沙良が由美にだけ楽しそうだったからか。

 なんにせよ、由美に対して一種の怒り、若しくは嫉妬心が芽生えたのだけは確かだ。

 そんな感情のまま、急くように由美を追い出してしまったからか。

 去り際に由美が告げた小さな一言にに気づくことはなかった。

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