表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛の導  作者: 瀬名柊真
十章 閉鎖

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/31

20

side沙良

残酷描写有り

 拓海に監禁されてから何日経ったのか分からない。外の世界も見えない状況では何の情報も得られない。

 日々することは、一日中ベッタリとくっついてくる拓海と話をするだけ。娯楽も何も無い。拓海の話によると、沙良は学校を退学したことになっているそうだ。どうやってしたのかは定かではないが。

 話すうちに知ったのは、何となくそうだろうとは思っていたが、拓海があの一ノ瀬グループの御曹司だったこと。高校からずっと好きだったこと。無理やり沙良と同じ大学に入ったこと。後は、沙良に対する愛がどれほどのものなのか。それだけだった。

 この家も、父親から下賜されたものらしく、何でも自由に出来るんだそうだ。お陰で、沙良を監禁しても、誰も此処にはこないらしい。お陰、といよりは所為が正しいか。

 それにしても、拓海のような人が、何故自分を好きなのか。沙良には全く理解出来なかった。

 けれど、この生活にはだんだんと慣れた。慣れてしまった。適応能力を此処まで恨んだことはないかもしれない。更に嫌なことに、此処の生活はそこそこ快適だった。沙良のことを好きだと豪語している通り、沙良好みの食事に、衣服。お風呂に入る時だって、拓海は浸からないと言っていたのに、湯船を張ってくれ、入浴剤まで用意してくれていた。だから、そんな環境に甘えるようになってしまっていた。

 沙良だって、最初はそこまで従順ではなかった。嫌なものは嫌だったし、絶対に甘えてなんてやるものか。とさえ思っていた。だが、日付が経過していくに連れ、精神はドンドンとすり減っていった。生活だけが快適な中、正気を保つには、拓海のこれが愛であると信じるほかなかった。

 そうでないと、希望の兆しが一向に見えなかった。愛ならば、そのうち外に出られるかもしれないと、そう思うほうがよっぽど楽だ。

 何よりも辛かったのは、沙良が拓海を拒否した日だった。

 その日は、拓海がキスを要求してきた日だった。

 沙良は千秋とすらキスをしたことがない。千秋がいつも照れてしまうからだった。


「そういうのは、もう少ししてから。な?」


 そう言う千秋の顔が本当に申し訳無さそうで、「いいよいいよ」と毎回のように笑って許していた。いつか、唇を重ねるその日を夢見て。

 だというのに、大切な夢と希望が詰まっていたファーストキスを。宝物を壊した男に、大事な思い出など差し出したくなかった。だから、「嫌だ」と言った。本当に、そう言っただけ。

 拓海は、怒らなかった。ただ黙って、部屋を出ていった。けれど沙良は知っている。拓海が、生活する以外で部屋を出る時は良くないときだと。

 食事を作るときや、風呂に入る時は部屋を出るが、それ以外はずっと入り浸っているのだ。そんな彼が、理由もなしに部屋を出るなんて信じられない。

 そう思っていると、沙良の予想通り、拓海は爆弾を投下してきた。それも、今までにないほどの大きさを。

 部屋に戻ってきた拓海を見た時、沙良は目を疑いたくなった。見知った顔が見えたからだ。それも、あるはずのない位置に。

 けれど、何度見直してもそこに顔がある。拓海の手元に、圭吾の顔が。

 首より下は切り取られていて、なかった。血は固まっているのか、雫が垂れることはなかった。

 死体を見るのはコレで二度目だ。どちらも愛しい人だった。込み上げてきた胃液を必死で飲み下した。拓海はどうせ、嘔吐してもそれすら喜んでしまうだろうから。こんな人道的じゃないやつを喜ばせたくなどなかった。


「けい、ご……」


 拓海に対する罵倒を言おうと思った。こんな事をする理由を問いただそうと思った。だが、恐怖で引くついた喉が、辛うじて出したのはそのどれでもない弟の名前だった。

 最期の瞬間で時が止まっている圭吾は、恐怖に満ちた表情をしていた。それと同時に薄っすらと滲む怒り。

 圭吾は殺された時どんな気持ちだったのだろう。こんな怪物に殺されて。いや、もしかしたら殺したのは由美なのかもしれない。沙良がそう思ったところだった。


「あ!殺したのは僕だよ?証拠の録音も撮ってある。聞くかい?」


 沙良の心を読んだかのように、拓海が続けた。

 そのまま、青ざめる沙良の返事も待たずに録音を再生する。


『おや、じ……?』


 か細い圭吾の声が聞こえた後、小さくシャッター音が聞こえる。その後に、肌が切り裂ける音が聞こえて……拓海の独り言ともにメキッ。ボキッ。グシャッ。と、一般人なら一生無縁であろう音がなる。

 やがて、部屋には静寂が走った。沙良はなにか言う気すら起きなかった。

 一分。

 たった一分の音声だった。それだけで、沙良を壊すには十分だった。

 いつもの拓海なら、このあと沙良に壊しに来るだろうに、今だけは何も言わないことが嵐の前の静けさのようで余計、怖かった。

 ショックのあまりぼやけた焦点が、再び合う。その時に、真っ先に見えるのが拓海なのがたまらなく口惜しかった。

 何も感じていないような、その顔が。

 沙良以外には動かない、その顔が。

 嫌だった。口惜しかった。それでも、自分でも何故なのか分からないくらい、それにどこか安堵を覚える自分も嫌だった。

 せめて、せめて殺したことに快楽でもなんでも感じてくれていたら。そうしたら、素直に恨めるのに。嫌いになれるのに。

 何故彼は、何も感じないのだろう。全部、「沙良のため」と銘打つのだろう。そうされると、もう、同仕様もないではないか。

 辛くて、何もかもだめになって、頼れるものもない状況を作り出されて。

 全部全部、拓海の所為だと分かっているのに、嫌いになりきれないじゃないか。

 自分の所為だと感じてしまうじゃないか。

 拒絶しても、頼りたく、なってしまうじゃないか。

 きっとこの感情すら拓海は織り込み済みなのだろう。だけど、そうと分かっても感情を止めることは出来なかった。

 人間なのだ。感情のコントロールなど出来るわけ無いじゃないか。

 拓海の手から圭吾が落ちた。グシャリと、嫌な音を立てた。衝撃で一部の肉が抉れてしまった。

 その時初めて、部屋に漂う腐敗臭に気がついた。人間というものは、大きすぎるショックを与えられると五感が壊れてしまうらしい。

 この臭いは、圭吾の香りだ。死んでしまった圭吾の。

 そう思うと、吐き気が強くなってきた。絶対に、絶対に嘔吐なんてしてやらない。

 ただ、ひたすらに耐えろ。耐えろ。耐えるんだ。

 あぁ、だが、こうなれば、後は真っ逆さまに堕ちる他なかった。だって、家族すら、拓海に取られたのだから。

 沙良に出来るのは、ただ、此処にはいない母と父が生きていることを願うだけである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ