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愛の導  作者: 瀬名柊真
一章 恋
2/12

2

「千秋先輩!お待たせしました!」


教室の外で壁に背を預けている千秋へと声を掛ける。


「いや。待ってくれてありがとな」


携帯から顔を上げて沙良の方を見る千秋はやはりかっこいい。

沙良は時折、こんなに素敵な人が本当に自分の彼氏なのかと疑いたくなる。


「ううん。全然待ってない」


「そうですか。それなら良かったです」


「そういえば、さっき男と話してなかった?男の声が聞こえたんだけど、他には沙良しか喋ってなかったよね」


千秋の声がワントーン低くなる。普段はいい彼氏なのだが、沙良が他の男性と少しでも話したらこうなるのだ。きっと、沙良がいなくなってしまうかもしれないという不安に襲われるのだろう。

千秋の過去を知っている沙良にしてみれば、それは仕方のないことだし、その不安を取り除いてあげたくなる。千秋はただの愛情不足なのだ。


「うん。話してたよ。まぁ、また明日。って言っただけだから」


「だけって……ハァ。それで好きになられたらどうすんだよ?で、話したのは誰?」


「一ノ瀬くんだよ。知らない?」


「一ノ瀬?どっかで聞いたような……」


千秋が思い出そうと考えているため、沙良はそんな千秋を眺めることにする。こういう時は、下手に答えを教えないほうが千秋のためになる。

それにしても、千秋はいつも沙良が誰からも好かれると思っているようだ。が、沙良自身はそんなことはないと思っている。誰にでも取る態度は同じだし、他の人達と違う行動をしたりもしない。至って普通なのだ。千秋にだけ甘えてるということを、千秋は知らないのではないだろうか。とすら思う。と、いうか。一言二言交わしただけで好きになるやつはだいぶ可笑しいやつだろう。沙良が通う大学は名門校。そんな人間はいないはずだ。


「あ、思いだした!今年の首席か!一ノ瀬拓海!」


「うんうん。そうそう。満点首席合格らしいよね。ほんとすごい!」


純粋に思ったことを言っただけなのだが、千秋は口を噤んでしまった。


「え?なぁ……、その、一ノ瀬のことが好きだったり……とかしねぇよな?」


ようやく口を開いたかと思えば、わかりきったことを聞くのだから、千秋は可愛らしい。それに、少しだけ沈んだ声が千秋の心を物語っている。信用しているけど、直接聞かないと心配で仕方がないのだ。彼は。


「まさか!一ノ瀬くんはただのクラスメイト。私が好きなのは千秋先輩だけだよ」


一笑に付してやると、千秋はあからさまにホッとしたようだった。そして、何かが吹っ切れたかのように、普段と同じ千秋に戻った。


「ところでさ、千秋先輩じゃなくて、千秋。な?二人のときはそうだって約束したろ?」


「あ……。うん。そうだね。やっぱり慣れないな……」


「あはは。中学んときからずっと先輩呼びだったもんな。でも、結婚後もずっと先輩、つーわけにはいかねぇだろ?」


「けっ、こん……。そっか、そうだね。わかった。頑張ってみるよ。千秋?」


「うん。上出来上出来!」


ケタケタと笑う千秋は本当に幸せそうだ。千秋と呼ぶとどうしても気恥ずかしさや違和感が拭えないが千秋が喜んでくれるのなら頑張ろうと思う。それに結婚。そうだった。沙良たちは何れ結婚するのだ。想像なんてしていなかったから、千秋の言葉にあからさまに真っ赤になってしまう。

結婚に対して、どこか夢見心地で、そのうち、という実感がわかない。千秋はそんな先までもう見据えているのか。

しかしまぁ、結婚することはほぼ確実なのだから、時が来れば実感も湧くだろう。

その前に、名前呼びになれないといけないが、それは、そのうち行けるだろうと楽観視はしている。なにせ、敬語からタメ口まではうまい具合に慣れたのだから。


「それで今日さー……」


千秋の話はいつも饒舌で、聞き入ってしまう。魔に魅入られたかのような錯覚すら覚えてしまうくらいだ。それは、相槌すら忘れるほど。


「って、聞いてんのか?おーい」


ぼんやりとしている沙良を心配したのか、いきなり眼の前に千秋の手が現れる。それのおかげで、目の焦点があっていなかったことに気がついた。だが、焦点が合ったとてだ。目の間で、ひらひらと振られるそれに思わず見入ってしまう。美しい手だ。どんどんどんどん沙良に近づいてくる。そこで、ハッとした沙良は、急いで返事をする。


「あ……!ごめん、千秋っていつも話すのがうまいなぁーって思ってぼおっとしちゃってた……!」


「えー?それは嬉しいけど、ちゃんと話は聞いてくれよ?」


千秋の顔がいつもよりもしょんぼりとしている。冗談めかしていっているが、その実、本気で寂しいのだろう。こういったときは真剣に対応してあげるのがいいのだと、経験則で知っている。


「うん。ほんと、ごめんね。それで、一体何の話をしてたの?」


「えーとな、今日の抜き打ちテストで七割取れたっつー話」


「七割取れたの!?すごいじゃん!さっすが千秋だね!」


褒めると、千秋はあからさまに頬をゆるました。なんとか機嫌を直してくれたみたいだった。それにしても、可愛い。こういう千秋を見ると、沙良は、自分は特別なんだと実感出来て嬉しく思う。普段の千秋は、誰に対しても警戒心が高いから、こんなにゆるむことはないからだ。

因みにだが、沙良が言ったことは嘘ではない。

千秋が七割も取れるのは本当にすごいことなのだ。中学校時代の所為でブランクがある千秋は入学すらギリギリのラインだった。それなのに、沙良に追いつくためと毎日頑張ってくれているのだ。

そんな千秋を沙良は応援しているし、尊敬している。

それからはたくさんの話をした。

あの先生の授業がどうだった。

休み時間に友達がああだった。

そうして、かれこれ話すうちに、沙良の家の前についてしまった。

千秋といると時間が経つのがあっと言う間だ。もうお別れをしないといけないことに寂しさを感じる。


「千秋、いつもありがと。また明日ね」


「おう。また明日」


「うん」


玄関前で手を振って見送る。千秋は優しい。千秋自身の家とは逆方向なのに、いつも沙良のことを送ってくれる。学校に行くときも、わざわざ迎えに来てくれる。

まだ家にあげれたことはないけど、いつか一緒に家でデートをしてみたい。だなんて思っている。

今はまだ、早いけれど。

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