18
side拓海
残酷描写有り
絞首すれば、彼女はあっさりと死んだ。
ジタバタと暴れるので面倒くさかったが、死に向かう人間とは等しくそんなものだろう。それにしても、人間は首を絞めると本当に泣くのか。知識として知っていたが、やはり実際に見ると事実として確認出来る。
それにしても気に食わない。殺しているというのに、彼女の目には最期まで慈しみが残っていた。
殺している拓海に対する恐怖ではなく、誰かの命を乞うような、懇願だった。
殺人にエクスタシーを感じるわけではないが、自分を見ないというのは些か不愉快だった。
「次は……父親のほうかな。寝てるし、包丁で刺しとけばいいだろ」
母親の目から光が失われたのを確認すると、拓海はハンカチを取り出した。指紋がつかないようにするためである。
キッチンにおいてある包丁を取り出し、遥斗が消えていった方向へ向かう。
数個ドアを通り過ぎた後、遥斗の部屋らしきものを見つけた。とはいえ、ドアに「遥斗」のネームプレートがあるから確定なのだが。
そっとドアを開けると、遥斗は静かに眠っていた。深く、深く、それこそ死んだように。胸が上下していることだけが、彼が生きていることを示していた。
「正面失礼しますねー」
此処まで快眠されていると巫山戯たくもなるというもの。病院風に喋りながら、胸に包丁を突き立てた。
いざ殺そうと、二cmほど沈めた時、とんでもない力で身体が振り払われた。
近くの棚にあたってしまいたいへん痛む。なんとか包丁を手放さなかった自分を褒めたいくらいだ。
「……拓海くん……?これはどういうことだい?」
目覚めたばかりだと言うのにもう意識が覚醒している。血が出ているからだろうか。それにしても、この状態はまずい。非常にまずい。あの男相手に勝てるだろうか。勝率は限りなく低い。勝つためには隙をつくしか……。
「何って、見たら分かるでしょう?殺しに来たんですよ」
今直ぐにでも喉を掻き切りたいくらいだが、このリーチでは無理だろう。スタンガン、は残念ながらリビングにおいてきてしまった。つくづくついていない。
「そうか……君とはいい関係を築けると思ったんだけどね。どうやら無理なようだ」
それだけ言うと遥斗はいきなり殴りかかってきた。間一髪で避けれたが、もろに当たっていたらどうなっていただろうと、拓海は内心冷や汗をかいた。
なんとか包丁で反撃するものの、掠めることすらしない。
どんどんと壁際に追い詰められ、どうしたものかとなった時、救世主がきた。
「さっきからドンドンドンドンうるせぇんだよ。何やってんだ?」
ドアを開けて入ってきたのは、まだ眠そうに目を擦る圭吾だ。
「圭吾!お前、なんで来たんだ!」
「は?親父、何言って……」
そこで圭吾は絶句した。眼の前に広がる惨状に理解が追いついたからだろう。
「おい……なぁ、なんだよ。これ?冗談、だよな?」
「圭吾くん。これはちょうどいいところに来てくれた。君も殺したかったんだよね」
ほんと、好都合だ。圭吾がいるとなると、派手に暴れることは出来ない。勿論、圭吾が此処に入ればの話だが、その心配はいらないだろう。
「お前……思いだした!一ノ瀬!あんた、千秋と喧嘩してたとかいうやつだろ!?」
「あれ?そんな情報出回ってたんだ。近くには誰もいないと思ってたんだけどなぁ。まぁ、どうでもいいか」
どうせ、そんなやつは後からシメればいいだけの話。今此処で気にするべきは遥斗と圭吾の処分方法である。そんな拓海の心情を知ってか知からずか、圭吾は言った。
「あぁ、どうでもいいな。だって、お前は此処で俺が殺すんだから」
とんでもない自信である。だが、その威勢とは裏腹に圭吾の膝はガクガクと震えている。
「そう言う割には膝が笑ってるよ。怖いんだろ?本当は」
今は時間を稼げ。あと少しで勝利は確定なのだから。
挑発に乗った圭吾は苛立たしげに眉根を寄せた。しかし、殴りかかるなどという安直な真似はしなかった。いや、出来なかったというのが正しいか。
「そろそろ効いてきたみたいだね。実はさっき、君の飲み物には麻痺薬を入れてたんだよね」
「は……?」
「ねぇ、動きたくても動けないんじゃない?無様だねぇ……」
さて、こうなれば後は殺すだけだ。遥斗は眼の前で大事な息子を殺される。その逆でも良い。どちらにせよ、大事な人が眼の前で死ぬのだ。その際に見える顔はひどく嗜虐心を煽ってくれることだろう。
どちらを先に殺すか。どちらも捨てがたい案ではある。だが……圭吾を殺そうとすれば遥斗は襲いかかってくるに違いない。ならば、圭吾を殺す風に見せて、遥斗を狙うのが上策だろう。
「さぁて、圭吾くん。何も出来ないまま大人しくやられてくれ。ね?」
動けなくなった圭吾を引き寄せ、包丁で喉元を掻き切ろうとする。途端、遥斗がおよそ人とは思えぬ速度で、拓海の方へ駆けてきた。
予想していたとはいえ、中々に迫力がある。だが、家族の命がかかっているからか、先程よりも隙がありすぎる。
ほとんど距離が無くなった瞬間、遥斗の腹を突き刺した。遥斗は一瞬硬直した後、力なく座り込んだ。腹部を押さえる手からは赤い血が滲み出している。額には脂汗が出ており、焦燥していることが伺えた。
「おや、じ……?」
辛うじて動く唇で、力なく圭吾は声を漏らした。
拓海からすればたかが父親。たかが家族。死んだくらいではなんとも思わないだろう。家族なんかよりも沙良のほうがよっぽど大事だ。
だがまぁ、目的は果たせた。この顔は写真でもとっておこう。そうすれば、後々沙良を脅すことにも使えるはずだ。録音も撮ってある……本当は脅したくなどないが、言うことを聞かないならば仕方ないだろう。
怯えた様相の圭吾の写真を撮る。なかなかうまく撮れたのではないだろうか。拓海自身も、この写真を見るたびに今日という日を鮮明に思い出せそうだ。沙良を手に入れた今日という日を。
さて、必要なことはすべて終わったわけだし、躊躇することはない。
拓海は、圭吾の喉を切り裂いた。動脈をいった所為か、血が吹き出る。慌てて後ずさるが、残念ながら手に血が着いてしまった。ぬるっとしていて暖かい。少々嫌悪感があるが、沙良と同じDNAがあると思えばいく分かマシだった。
洗い落とすのが面倒そうだと思った。
さて、残るは後片付けである。とにかく、遥斗の方は有給を申請する。通るまでは連絡を続けなければならないが致し方ない。
死体は……処分しようとも考えたがまだ有用性がある。シーツで包んで冷凍庫へといれることにした。
鈴海家の冷凍庫はそこそこの広さがあるし、多少身体を折り曲げたら入るだろう。最悪骨を折れば良い。
拓海は、沙良を寝室から連れ出し、二人、帰路についたのだった。




