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愛の導  作者: 瀬名柊真
九章 病気

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side真奈

 思えば何故此処まで辿り着けたのか不思議でならない。

 ただの医者と患者。それだけのはずだったのに。

 精神科医になろうと決めたのは高校生の時だった。それまではずっと刑事になりたかった。

 真奈には甥っ子が居た。まだ、小さくて生まれたばかりの可愛い甥っ子。

 だが、その甥っ子は、ある日突然誘拐された。目撃証言も、手がかりも何一つ見つからない。結局、甥っ子が見つかったのは数ヶ月後。近くの排水路にボロボロになった遺体が流れていたのだそうだ。

 聞いたところに依ると、甥っ子は生きた状態で手酷い拷問を受け、少しずつ絞首された後、最後には脳天をアイスピックで数回刺されて死んだらしい。

 幸いなのかは分からないが、強姦の形跡はなかったそうだ。だが、その時から真奈は犯罪者が嫌いになった。

 平気でこんな事を出来るやつが悪くて仕方なかった。

 だから、合法的に復讐を犯せる刑事になりたかったのだ。

 高校生の最高学年の時、進路担当の先生に言われた。


「貴方は精神科医のほうが良いと思うわ」


 何故か分からなかった。だが、先生の話を聞くうちに意味が少しずつ分かってきた。

 つまるところ、犯罪者を更生させるのは精神科医の仕事である。それ以外もするが、凶悪な犯罪なら特に。それから、真奈はよくクラスメイトから相談を受けた。彼女たち曰く、話したくなるんだそうだ。

 だからこそ、先生はこれ以上、真奈の甥っ子のような被害者を減らせる精神科医を勧めたのだろう。

 それには最もだと思った。だから、その時から真奈は精神科医を目指すことにしたのだ。

 両親からの賛同は簡単に得られた。むしろ、命の危険が少ない分、歓迎すらされた。だが、同じ精神科を志すものからの反応は良くなかった。真奈の強すぎる志は敬遠されていたのだ。

 それでも、自分の進みたい道を進むだけだと、気にせず精進した。

 そして、大学卒業後、念願の精神科医になったのだ。しかし、まだ新人の真奈には重大な仕事など与えられず、与えられたのはDVや虐待の治療担当だった。

 それでも良かった。むしろ、甥っ子の年頃の子供達がこれ以上傷つかないのだと。その手助けが出来るのだと。感謝したくらいだった。

 そこからは日々、患者さんの手助けをする日々だった。何を考え、何思っていたのか。快方に向かうにはどんなやり方が良いのか。

 そうして、ある程度キャリアも出来た頃、遥斗に出会った。


「お願いします。俺を、治してください」


 第一声はそれだった。話を聞いていくに連れ、真奈は嫌悪感が出てきた。

 遥斗はDVに悩む内の一人だった。だが、本来DVとは幼少期の愛情不足など、何かしらの問題があったからというのが原因になる。しかし、遥斗という人間は、そんな傾向は微塵もなかったのだ。愛しているから。大好きだから。そんな理由だけでDVをする。自身は優しく甘やかされて育ったというのに。

 治療をしても中々治らないのも嫌なところだった。普通の人よりも治療の進度が遅かった。何度担当を辞めたいと思ったことか。

 そんなある日、遥斗が言った。


「先生。俺と付き合ってくれませんか?」


 思わず呆けた声を出してしまった。遥斗いわく、熱心に治療してくれる姿に惚れたそうだ。その時は断ったが、そこから少しづつ遥斗を見るようになった。

 彼女に振られたから。そんな理由だけで始めたにしては、ひどく熱心なように思えた。色んな人と話し、ボランティア活動にも積極的だった。気がつけば、真奈は遥斗のことが好きになっていたのだ。

 だが、仮にも医者と患者。付き合うなんてことは許されない。真奈は選んだ。その選択は、愚直だったかもしれない。それでも、後悔はしないと、そう言い切れた。

 やがて時は経ち、遥斗はDVをしていたとは信じがたいほど温厚で柔和な人物になっていた。

 真奈の仕事は此処までだ。此処から先どうなるかは遥斗次第である。そして、真奈があの選択を実行するときでもあった。

 少ししてから、真奈は最後の診察に入った。


「鈴海さん。貴方の治療は本日を持って終了となります。なにか不安な点などありますか?」


「……いえ。何も」


「では、これにて治療を終了とします。今までありがとうございました」


「こちらこそ。先生のお陰で僕は此処まで変われました」


 それだけいうと、遥斗は席を立って診療室を出ていった。

 カルテなどを片付けてから、真奈も診療室を出る。そのまま院長室に向かおうとした途中、遥斗が声を掛けてきた。


「先生!いや、真奈さん。もう一度だけ言わせてください。僕と付き合ってくれませんか?」


 その声に、涙が出そうになった。それを隠して答える。


「だから、医者と患者じゃ……」


「僕はもう患者じゃありません!だから、何も考えずに真奈さんの気持ちを教えてください。そうでなければ、僕は貴方を諦めきれない……」


 真奈の言葉を遮るような遥斗の声は、院内に響き渡った。

 これはもう、答えざるを得ないのかもしれない。


「……っ。今ね、私が何をしようとしてたか分かる?」


「え?一体何を……?」


 突然の質問に、遥斗はどういった意図があるのか分からないようだった。でも、それでもいい。今から真奈が言うのだから。


「私ね、この病院をやめようとしていたの。そうすれば、医者と患者じゃないでしょう?」


「……!まさか……!」


「えぇ。私もね、鈴海さんが好きよ。だから、これからもよろしくね?」


「はい!」


 周りからパラパラと拍手が起こり、我に返る。我ながら中々痛い台詞を吐いてしまった。と後悔するも、これで良かったかも。とも思う。こんなに色んな人に見てもらったのだから、今更なしには出来ないのだし。

 それから、順調に籍を入れ、結婚式をした。ヴェールをめくられてされたキスは今でも忘れられない。

 チャペルに差し込む光がとても綺麗だった。

 あの日以降も、酒が入ったり、どうしても堪えきれなくなると昔の遥斗が顔を出すことがあった。

 真奈は、優しい遥斗を知っている。DVをしていたときだって、遥斗の本質は優しさだったことも。

だから、そんな時は、遥斗が夜中に一人、自己嫌悪に陥っていることも。そして、真奈はそれを隣で慰めるのだ。


「大丈夫。嫌いになったりしないよ」


 だから、神様。お願いです。お願いだから、不器用で優しい遥斗くんは救ってください。

実際問題、こんな事可能なんかね?

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