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愛の導  作者: 瀬名柊真
八章 虚言

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side拓海

「ただいま〜」


「失礼します」


 明るい圭吾の声と、控えめな拓海の声が玄関に響く。

 少ししてから、沙良の母親らしき人物が出てきた。


「おかえり。……えっと、貴方は?」


 母親は、眠っている沙良を見てから、拓海に視線を移した。


「はじめまして。沙良さんとお付き合いさせていただいている、一ノ瀬拓海です。出かけている途中、沙良さんが眠ってしまったので、家まで送りに来ました」


 拓海がそう言うと、彼女は一瞬だけ眉を寄せて、直ぐに元の温和な表情へと戻った。


「そうですか。それはありがとう。でも、電話してくれたら良かったのに。沙良には携帯をもたせてるから、そこから電話出来たでしょ?」


「いえ。それも考えたのですが、勝手に携帯を触るのはどうかと思いましたのと、道中圭吾くんに会えましたので」


「そうなの。本当、ありがとうね。沙良の部屋は入って直ぐのところだから、寝かせてあげてくれないかしら?その後、少しお話しましょう」


 これは拓海にとって思いがけないチャンスであった。せっかくのことだし、ご厚意に甘えて、今日皆殺しにしよう。


「では、お言葉に甘えて。お邪魔します」


 玄関に靴を揃えてから、沙良の部屋に入る。なんとも女の子らしいガーリーな部屋だった。

 ふわふわのベッドにそっと抜かせてから布団をかける。暫く起きないとは思うが、念の為、拘束具と猿轡は噛ませることにした。こうすれば、起きても騒げないだろう。


(縛られてる沙良も可愛いなぁ)


 少しサディスティックな感想を抱きながら、何事もなかったかのように拓海は部屋を出た。


「それで、沙良さんのお母さん、お話。というのは?」


 まだ玄関前に立っている彼女に尋ねる。出来ることなら、飲食が伴うとありがたいのだが。


「二人の馴れ初めとかを聞きたいのよ。此処じゃ何だし、リビングに来て頂戴」


 連れられるがまま、リビングに着く。そこにはすでに、沙良の父親と圭吾が座っていた。


「それじゃ、適当に座って」


 言われた通りに、近くの椅子に浅く腰掛ける。それから彼女は、茶を持って席に座った。

眼の前には父親、横には弟と、男に囲まれてばかりだ。


「それでね、早速だけど二人の出会いってなんだったのかしら?」

いかにも興味津々といった様子で身を乗り出して聞いてくる。


「出会い。ですか……。初めてあったのは高一です。クラスが一緒で、隣の席だったんですよ」


「へぇ、そうなのね。じゃあじゃあ、沙良のどういうところが好きなの?」


 その問いには思わず閉口せざるを得なかった。沙良のことは好きだ。愛してる。だけど、それは無意識に惹かれたからで……何故なのか。それを言語化するのは困難なことだった。


「好きなところ……ですか。言語化するのが難しくて、チープな言葉になってしまいますが。僕は、彼女に気づいたら惹かれていたんです。無意識。とでもいうのでしょうか。きっと、彼女の優しさが一番大きかったのだと思います。彼女は、僕が困っているときにいつも助けてくれましたから。……何より、彼女の瞳は穢れを知らないそれで……すごく純粋で。僕はその瞳が同仕様もないほどに好きになってしまったんです。そこには、沢山の人からもらった愛があったから」


 存外、長く喋りすぎた。グダグダとした駄文だ。だが、その場にいる全員が静まり返った。


「そうなのか。沙良の良さを分かってくれて嬉しいよ」


 意外にも口火を切ったのは父親の方だった。


「そうだ!こんな日にはお酒でも飲もうか」


 言うやいなや、彼は近くの引き出しからボトルを取り出した。

 銘柄は「雫」。ちょっぴり高級な焼酎である。


「遥斗さん?客人の前でお酒は……」


「いいんだ。こんな素晴らしい日には祝宴をするものだろう?」


 彼女が宥めるのも余所にお酒を飲み始めてしまった。


「あ、だったら俺もお茶でも飲もうかな」


 圭吾がそう言ったので、拓海は圭吾にお茶を注いでやった。それから自分のコップにもお茶を注ぐ。圭吾が礼だけ言った。


「そういえば、拓海くんの名字は一ノ瀬なんだよね?」


 ほろ酔いした遥斗がふと聞いてきた。父親には自己紹介した覚えがないため、玄関での挨拶を聞いていたのだろう。


「えぇ。一ノ瀬ですよ。それがどうかしましたか?」


「いや、大したことじゃないんだが、僕は一ノ瀬グループに勤めていてね。丁度、一ノ瀬社長と仲がいいんだよ」


「もしかして、一ノ瀬響也という名前ですか?」


「え?あぁ、そうだよ。てことはやっぱり、君は……」


「えぇそうです。僕の父が一ノ瀬響也です」


「そうか!こんなところで会えるとは!不思議なご縁もあるものだなぁ。今度、響也くんに話しておくよ」


 あからさまに嬉しがられると反応に困る。ほんの少しだけ殺すのを躊躇ってしまうではないか。それにしても響也くんだなんて、どれだけ仲がいいのだろう。様子を見る限りでは、両方とも愛妻家だからだろうか。


「あ、そろそろ俺寝に行くわ。眠みぃ」


「いつもは寝てるものね。おやすみ」


「おう。おやすみ」


 圭吾の退出につられたのか、遥斗も席を立ち上がった。


「僕もそろそろ寝ようかな。あぁ、そうだ。最後に一つだけ。くれぐれもやりすぎには気をつけるんだよ。僕みたいになっちゃうからね」


 何やら意味深な言葉を残して遥斗は去っていってしまった。


「ごめんなさいね?あの人、お酒が入るといつもああなの。ところで……」


 そこで言葉を区切ってから、彼女の雰囲気が一変した。


「貴方、なんで嘘をついたの?」


「嘘、ですか?」


「とぼけないで頂戴。貴方、入学式で答辞を読んでたわよね。それも、新入生代表。つまり、沙良とは同い年のはず。沙良の彼氏は先輩のはずよ」


 なるほど。気づいていたのか。と思った。だが、此処は弟と同じように切り抜けるだけである。


「いや、実はこの間二人は別れたんです」


「まだ嘘を重ねるのね」


 彼女は至って冷静な様子だった。それにしても、何故嘘と言い切れるのか。拓海には不思議でならない。


「不思議で仕方がないって顔してるわね。答えは簡単よ。今日の昼頃、先輩が呼んでるから。って元気よく飛び出していったのよ。なのに、別れてるなんてありえない」


「……そうですか。まさか、そんな事を言っていたとは。情報不足でした」


「認めるの?ねぇ何故、こんな嘘をついたの?」


「何故……ねぇ。どうせ此処で最期だから言っちゃいましょうか。僕はね、本当に沙良を愛してるんです。世界で一番。だったら、彼女の世界には僕以外いらないでしょ?」

台詞が思いつかねぇ……。

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