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side拓海
街明かりが照らす夜の街を、沙良を肩に抱えて歩いている人がいる。当然、拓海である。
あの後、千秋の処理は由美に任せた。高校生だから重大なヘマはしないだろう。それに、捕まったとしても、罪は軽くなるはずだ。なにせ、少年法は適用されるのだから。少年法が改正されたとしても、精神異常でどうにかなるだろう。ストーカーをしているくらいだ。精神に異常があるのはまず間違いない。
由美は、良い子だから。や、褒める。なんて甘言を吐けば驚くほど素直に従った。拓海が思わずニヤけそうになるくらいに。そこまで出来る意味はちょっと分からない。が、拓海だって沙良が望むのならそうするのだから、それと似たようなものかもしれない。とも思う。
沙良が望むのなら何だってする。望まなくても、沙良の幸せに邪魔が入るのなら勝手に行動を起こす。
結局は似た者同士というわけだ。
しかしながら、路地裏から連れ出したはいいものの、どこへ連れて行ったものか。本音を言えば部屋に連れ帰って、外界と切り離したいが、そうすれば足がつくのはわかりきっている。だとしても、最終通話は千秋だし、矛先は千秋に向くに違いない。ただ、そうなれば千秋は死んでいるのだから面倒くさいことになるだろう。
はぁ。と重苦しいため息が出てしまう。
「あれ?あんた誰?姉ちゃんの知り合い?」
いきなり背後から声が聞こえたために、思わずビクッとする。気配察知さえ出来ればよかったのだが。
拓海と殆ど変わらない高めの背丈に、沙良に似た中性的な顔立ち。沙良のことを姉ちゃんと呼んでいたことや、以前に集めていた情報からも、弟の圭吾であることはまず間違いではないだろう。
「沙良ちゃんの弟の圭吾くんだよね?沙良ちゃんから話は聞いてるよ。僕は、沙良ちゃんの彼氏。一ノ瀬拓海っていうんだ。よろしくね?」
相手を警戒させないようなるべくにこやかな笑みで喋る。人は第一印象が大切なのだ。そして、それが笑顔のような親しみやすいものであるほど、警戒されにくく、懐に入りやすい。表面上はにこやかに対応しつつ、内心拓海は計画を練っていた。
(この調子で行けば、沙良の家までいけるはず……。なら、そこで沙良の家族を殺すに越したことはないな。幸い準備はある)
邪悪な考えだが、これも沙良を守るため。先程の考えで言う、後者。沙良の幸せのために勝手に動くパターンだ。それもこれも、家族という不必要な呪縛から沙良を解き放つためだ。致し方ない。それに、家族という居場所があるのは面倒でしかない。そんなものは偽りでしかないのに。
「はぁ?姉ちゃんの彼氏は東城千秋だろ?」
「実は、ついこないだに別れたんだよ。それで、今の彼氏は僕というわけなんだ」
嘘はついていない。それにしても、予想はしていたが家族には話していたとは。
ついこないだ(数時間前)に別れた(死別した)から、彼氏になった(強制)のだから、やましいことは何一つない。ただ、不必要な情報を取り除いただけだ。
圭吾は少々警戒心が残っていたが、このまま往来で話しても無意味だと思ったのか、歩き始めた。
そのため、拓海も彼の後をついていく。
「なんで着いてくんだよ?」
少ししてから振り返った圭吾が言った。
「なんでって、沙良ちゃんを家まで送り届けるからだよ」
「だったら、このルートより近いのがあんだろ」
「恥ずかしながら、沙良ちゃんに住所を聞いたことがなくてね。さっき立ち往生してたのもそれが理由だよ」
事実だ。流石に沙良を尾けるほどの時間は持ち合わせていない。持ち合わせていたのなら、住所等はとっくに調べていただろうが。
しかし、拓海にはそれよりも突っ込みたいところがある。何故に、最短ルートで帰らないのだろうか。最短ルートでない道で帰る理由がいまいちよく分からない。だが、気になるが聞きはしない。聞いたところで、別に圭吾のことなどどうでもいいのだ。
「ふぅん。千秋には教えてたのにな。拓海。だったよな?お前、信用されてないのな」
圭吾の言葉に、伸ばしそうになった手を寸前で留める。此処でやるのは得策ではない。あまりに人通りが多い。手を出せば拓海のほうがこっぴどい目にあうだろう。圭吾からの警戒心も強まる。多分、この言葉は拓海挑発するために放たれた言葉だ。だったら、それに乗ってやる義理はない。それに、圭吾が言っていることは一理あるのだ。此処で憤っても時間の無駄だ。今はそれよりも、うまく懐に入り込む術を見つける方が良い。此処は大人な対応をしたほうが好感は上がる。早く、警戒心を解いてほしいものだ。先程から、一向に圭吾のパーソナルスペースには一向に入れていない。
「信用されてなくても仕方がないよ。まだ、付き合いたてだしね」
ほんの少しだけ、眉を下げてみる。こうすれが悲哀感が出ることを拓海は知っていた。こうすれば、皆同情するものだ、まぁ、圭吾は拓海の方を見向きもしなかったので意味はなさなかっただろうが。
「もう直ぐ着くぞ。そこの曲がり角を右に曲がったら直ぐだ」
入り組んだレンガ造りの道を進んでいると、はたと圭吾が言った。そろそろついてくれないかな。なんて思っていた頃だったので、拓海としてはやっとか。という気持ち半分、嬉しさ半分だ。
そのまま進むと、圭吾の言う通り、右に曲がった途端に大きな一軒家が現れた。周りには特に家はない。実に運がいいことだ。軽く観察をして見る。
暗闇でよく見えないが、高級であることに変わりはない。玄関前の表札には、明朝体で「鈴海」と書かれていた。
屋根は三角のタイプで、使われているのは瓦だろうか。辿ってきた道は洋風だが、沙良の家は和風よりのように見える。
高さから見るに、三階建てくらいだろうか。若しくは、屋根裏部屋と二階かもしれない。
「思ったよりも広いな……」
思わず声が漏れ出てしまう。感心。というよりかは、家族の殺害が面倒くさそうだというのが第一印象だった。
広すぎる家は、逃げられやすい。ターゲットの部屋の位置確認も難しくなる。それに、裏口もどこにあるのか把握しなければいけない。
しかし、それが今日出来るかと言われると、さすがの拓海も否と答えざるを得ない。あと、一.五倍ほど小さければ、どうにかなったかもしれないが。
とにかく、沙良の家族を今日消すというのなら、どこかしらのタイミングで、油断しているところを一気に襲うしかないだろう。
寝ていたり、一部屋に集まったりしていれば、寝首をかけないこともない。
いっそのこと後日に回すという手もある。今日一日で、自らは手を下していないとはいえ、千秋も死んでいるのだ。
流石に死に過ぎだと怪しまれるかもしれない。
だが……沙良を早く手に入れたい。拓海のものにしてしまいたい。
だったら、今日消すのが一番いい。
かなりのハイリスクだが、拓海の中でやらないという選択肢はなかった。
消すのには臨機応変な計画がいる。
全く、つくづく面倒なゴミどもだ。そう思いながら拓海は足を一歩踏み入れた。
此処らへんから設定に現実味をもたせられないんだよなぁ……。ちょっとファンタジックだよね。




