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愛の導  作者: 瀬名柊真
七章 人知れず

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side拓海⇢side沙良

若干残酷描写有り

「沙良……うん。そうだよ。俺。ちょっと色々合ってさ。今から言う場所まで来てくれない?……え?いろいろって何かって?ごめんそれは……黙れ!いいから俺の言うことを聞いてくれ!……ごめん、お前の身に危険なことなんて起こさせたくねぇんだよ。分かってくれ……」


 通話を終えた彼が拓海を見る。


「後数分で着くんだそうだ。これで満足か?」


「ええ。……それにしても、対して事情も説明せずに、詰められたら逆ギレだなんて。母親が捨てるのも無理ないね」


「てめぇ……なんでそれを……!」


 どうやら拓海の安い挑発に乗ってくれたらしい。やはりたかが知れていると拓海は思う。だがまぁ、この好機を逃すわけには行かない。


「ねぇ、先輩。先輩は愚かにも、彼女なら自分を受け入れてくれると勘違いしたんでしょう?先輩のことなど誰も受け入れてはくれないのに」


「違う!沙良はそんなやつじゃねぇ!てめぇなんかに!てめぇなんかに何が分かるってんだ!アイツは俺の光なんだ!アイツの隣でしか俺はありえねぇんだよ!」


 逆上した彼は拓海に殴りかかってきた。しかし、それも想定内。この後起こるのは……。


 ザシュッ


 そんな音とともに、彼は崩れ落ちた。

 そこに立っていたのは、血濡れのナイフを持った可憐な少女であった。


「あはっ!やったよ!あたし、やったよ拓海くん!あんたみたいなゴミカスが拓海くんに触れるなんて許さないから」


 その声は初めての殺人に依るものか、ひどく高揚していた。


「は……?あんた……」


 まだ意識があるのか、彼は顔を上げた。流石に立ち上がるほどの気力はなかったらしい。


「あぁ……本当、呆れるほど愚かで反吐が出るね」


「その割には……いい顔してんじゃねぇかよ……」


「それにしても、ねぇ?」


 話題転換が無理やりだが、そんなことは気にしない。


「彼女の隣しかありえねぇだの何だのほざいてたけど、どうでもいいんだよ。先輩の居場所なんて。先輩の居場所が彼女でも、彼女の居場所は僕のほかありえないんだよ」


 拓海の言葉に、忌々しげに顔を顰める。なんとも見苦しくて人間らしい美しさだと思った。それに、人が目の前で死にかけだと言うのに、嫌悪も高揚も感じないとは、自分は中々狂っていたのだな。とさえ思う。だが、今はそれよりもあの女のほうが問題があるだろう。このまま正気に戻られても困る。


「で?君は何なの?部屋に盗聴器仕掛けたり、ずっと尾行したりしてたよね?」


 拓海が聞くと、少女は、ぱぁっと花が綻ぶような笑みを浮かべた。


「うそ!!あたしのこと気づいてたの!?なにそれ、嬉しいなぁ……!ねぇ、憶えてますか?四年ほど前にあたしが、ハンカチを拾ったんです」


「ハンカチ?そんな事あったかな?」


「……!やっぱり!拓海くんはそうだよね!あたし、拓海くんのその目が好き」


 拓海は何も憶えていないというのに、逆にそれを嬉しそうにするとは。少女はとてつもない変人のようだ。こういった場合、普通は覚えていて欲しい、好かれたい。と思うのではなかろうか。


「ふぅん。ま、いいや。どのみち先輩を殺してくれたことに変わりはないし。君は想像以上に”良い子”らしい」


「千秋が死んだ……?ねぇ、嘘でしょ?」


 路地裏に呆然と立ちすくんだのは、ずっと待ちわびていた沙良だった。怯えた様相で、足が小刻みに震えている。


「あれ?沙良!やっときてくれたんだ。そうだよ、先輩は死んだ。彼女が殺したんだよ」


「彼女?」


 訝しげにしていた沙良と、少女の目があう。ハッとしたように少女が挨拶をした。


「沙良ちゃん?だよね!あたし、由美っていうの。三条由美」


「貴方が……千秋を殺したの?」


「千秋……ってコレのことですか?だったらあたしですよ」


 難なく首肯する由美に沙良は目眩がした。


「どうして……どうしてこんな……千秋が……千秋が何をしたっていうの……?」


 最早茫然と立ち尽くす他なかった。まともに能の処理が追いつかない。千秋が死んだだなんて、そんなこと……。


「沙良……!そいつら全員イカれてやがる……!早く逃げ……」


 千秋の声がした。よかった。死んでない。まだ生きてる。沙良がそう思うのと、千秋のうめき声が聞こえたのは同時だった。

 理解したくないのに。能が勝手に処理をしてしまう。あぁ……千秋は拓海に踏まれていた。

 傷口を抉るように足を動かす拓海からは、憎悪も、嫌悪も、ましてや殺意さえも感じられなかった。言うなれば無感情。だというのに、「先輩には喋る権利ありませんから。その汚い声で沙良を穢さないでください」と、ひどく嫌悪の滲んだ声で言うのだ。

 千秋を殺したという由美でさえ、人を殺した動揺が存在していたのに、彼は無感情なのだ。人の死に対して何も感じていないのだ。


(本当に、この人は狂ってる)


 再確認せざるを得なかった。同時に、次は自分かもしれないという恐怖が襲ってくる。へなへなと腰が抜け、地べたに座り込んでしまった。

 ぬるっと生暖かい感触がする。反射で見てしまってから、見なければ良かったと後悔した。

それは血液だった。きっと千秋の。そこまで大量でないとはいえ、沙良の下までは広がっていたらしかった。もしくは、ただの返り血だったのかもしれないが。今の沙良にまともな判断など出来ない。

 拓海から、由美から、千秋の死から逃れるために、沙良は少しずつ後ろに下がっていった。

怖くて怖くて、同仕様もなかった。


「ねぇ沙良。どこに行こうとしてるの?」


(見つかった!逃げなきゃ!)


 本能で後ろを向き、立ち上がって、脱兎のごとく逃げ出そうとした。だが、それよりも拓海が沙良の腕を掴むのが速かった。


「ねぇ。僕だけの沙良。一緒にいよう?一緒に行こうよ」


 そういった拓海の声は振り向かなくても真剣な顔をしているんだろうと思うほどには真摯な声音で。だけど、それを受け入れられるわけがなかった。受け入れて良いはずがなかった。


「……っ!やだっ!離して!」


 手を振り払おうとジタバタとする。だが、やはり男性の力には敵わない。拓海はびくともしなかった。


「ふっ……アハハハハハ!」


 突然すぎる拓海の笑い声にギョッとする。それは勿論、何の脈絡もなかったから、というのもあったが、何よりも、その笑い声がどこか歪で壊れた機械のようだったからだった。


「沙良。君の居場所は僕の横だけなのに。君はそれを拒絶するんだね。残念だなぁ。……でも、いつかそんな日も来なくなるよね?」


 刹那、沙良の身体が痙攣した。あぁ、スタンガンだ。そう思った矢先にはもう遅く。


「選ばないなら、選ばさせるしかないよね」


 そんな拓海の声だけが頭に残っていた。

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